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第四話 兄の嫉妬はとてつもない

 それからしばらくは勉強してる時以外は、兄さんとこまめに連絡を取り、返事が遅れない時間帯でも連絡をほしがった兄さんのためにメッセージを送り続けた。

 兄さんは些細なことでも知りたがった。

 今お風呂とか、今音楽聴いているとか、今図書館だとか。


 一回だけ、心臓が冷えそうになったときがあった。


「明日友達と飲み会に行ってくる、と」


 歯ブラシで歯を磨き、寝る準備をしながら一日の最後の連絡を送れば、兄さんから既読が速攻でついた。

 それだけならまだいいのだが、兄さんから何か言いたげでむっとしている動物のリアクションであるイラストが送られてきた。

 イラストはこのアプリの特性で、課金すれば可愛らしいイラストを送れるんだ。

 小さめのイラストは今にも不満ですと言いたげな顔。

 どうしたんだろう、と悩んでいれば数分後に通話がかかってくる。

 びっくりして通話に出れば、ホストクラブ独特の音楽から少し抜けて、兄さんの声がする。


「誰と」


 むっとした声。

 なんだ、どうしたんだ兄さん?

 兄さんにとって、俺はきっとただの双子の兄弟で、過保護なだけなんだ。

 こんな反応に期待しちゃいけないと言い聞かせる。

 思い出せ、この人は本命チョコを女子からバレンタインに貰っても、お返しをチロルでしたひとだぞ。


 

「高校の時の友達だよ」

「……ああ、あの。いけすかない黒髪?」

「黒髪いっぱいいるでしょ……」

「俺とお前は元は茶髪だ。金色に染まってるけどお前は」

「そうだね、父さんの血が入ってるからね。須崎と遊ぶんだよ」

「そうそう、須崎ってやつだった。思い出した、思い出したくなかったけど」

「兄さん?」

「……いいけど。かわりに、一時間ごとに連絡くれ」

「ええ? 一時間!?」

「こっちは30分ごとにだっていいんだぜ」

「本気の声だ……わかったよ」

「あと呑む場所も送っておくように」

「はいはい、それじゃおやすみ」

「……なあ。章吾」

「何、兄さん」

「お前はさ……なんっも知らないままでいてほしいけど。いざ知らないままだといらだつなあ?」

「はあー??」


 そのままぶつっと通話はきれた。

 なんなんだ、兄さん。

 しかしさすが天上天下唯我独尊状態の兄さん。不思議ちゃんで宇宙人で、浮世離れしてるのに、そこだけは成長するにつれて強くなっていったところだ。

 兄さんの世界には、兄さんより上の人がいない。

 だから、兄さんのSubは滅多に誰へも跪かなかったのかもしれない。





「浮かない顔してどうした」


 久しぶりに再会した須崎は丸い瞳をぱちっと瞬かせた。

 可愛らしい童顔に、愛されやすい大きな黒い瞳。つやつやの黒髪は今の私生活が充実してるのだろうと思わせる。

 服装もモード系で、レモンサワーを傾けた。


「ああ、いや。いやなことがあってね」

「それはさっきスマホいじってた件と関係あるの?」

「まあ……僕の兄さん知ってるよな。高校一緒だったし」

「うん、あの目立つけどおとなしいひとだよな、どうしたの」


 丸い瞳は僕をのぞき込むようにずいっと迫り、須崎は焼き鳥の串をかじりつく。

 僕もシーザーサラダに手を伸ばしながら、うーん、と思案し言葉を探す。


「僕は、さ。Switchなんだ」

「えっ、お前Domだろ? 強いDom性しか感じないんだけど!?」

「ち、違うんだ。普段はDomなんだけど、兄さんにだけ強制的にSwitchで交代しちゃって。Subになっちゃうんだ」

「……へえ。それで?」

「兄さんにばれてて。僕のコマンドの欲が解消できていなくて、それで失敗しちゃうのも。しばらくはコマンド欲の解消するために。通い詰めるみたいなんだ」

「それって……兄弟でそこまでするかあ?」

「そうだよな……」


 僕はシーザーサラダの卵をかき混ぜながらレタスをつんつんとフォークで突き刺す、行儀悪い真似をし。それを須崎は見守っている。

 須崎は一回視線を泳がせてから悩み、レモンサワーを呷った。


「昔からそうだよな、作哉って」

「え。どうして」

「昔から章吾に近づくやつに、通り過ぎざまにすげー目で見てくるんだ。ボクなんかよく敵視されていたよ」

「えええ……なんでそんな」

「これはさあ。お前に言うべきか悩んでたんだけど、在学中。お前は作哉避けてたし。でも今そういう関係なら言って良いのかな」

「何だよ、はっきり言えよ」

「作哉はお前のこと好きなんじゃねえの」


 レタスを突き刺していたフォークが皿とぶつかり、ごきんと大きな音が鳴る。

 僕は顔に熱が集まるのを自覚しながら、まさかあとつぶやく。

 あの色恋に疎い、残酷な兄さんが?

 女子からの告白に全部「夕方にアニメがあるから早く帰りたいし」って断っていた兄さんが?


「それは……さすがに」

「お前って作哉のことになると自信なくすし自分を保てないよな」

「それはないよ。兄さんは自分が一番だから」

「……相手の中の自分を信じるのって大事だとおもうけどなあ」


 須崎はうーんと小首かしげながら、次は、と焼酎を頼む。

 須崎の言葉に僕はあり得ないと信じ込みながら、シーザーサラダをやっと食べ始めた。


「コマンド欲って、ボクはSubだから分からないけれど。解消されないとそんなに大変なの?」

「多分毎年受験で体壊すのそれが原因じゃないかって……」

「じゃあそれはしっかり直したいところだなあ。あ、そうだ! ボクにコマンドしてみる?」

「須崎に?」

「誰でも良いかどうか試してみたら。最近誰にも解消してなかったんだったら、ボク相手でも解消されるかもだろう?」


 須崎は酒からくる陽気さとその場の空気で提案しているのだろう。

 それもそうか、と思案していれば、後ろの席でがたん!!!と大きな音。

 びっくりして振り返ってみてみれば。


「……え、どうして」

「やあ」


 変装しているけど兄さんだ。丁寧に黒髪のウィッグまでつけちゃって!


「浮気現場だな」


 兄さんの柔らかな笑みに、冷たさが宿っていた。


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