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第二話 初めてのコマンド


 あのとき座り込んだはげのおっさんは僕のグレアが消えると慌てておびえて逃げ出した。

 女性の店員さんも周りがサブドロップしないように気遣い、買い物どころじゃなかった。

 結局違うコンビニに行き、用をすませたときに。帰り際に兄さんが、スマホをかざした。


「連絡先。ちょーだい」


 さすがホスト、さすが兄さん。あざとい。

 あざとすぎる!!


 僕はまだ混乱したまま悩んでいるとまたコマンドを使われそうな気がして、慌てて交換した。

 またあの多幸感はまずい。あれは麻薬のように甘く、摂取し続けてはいけないものだ。

 兄さんなしでは生きられなくなるほどの、甘い甘い蜂蜜(めいれい)!!


 

 自宅のマンションに戻って、玄関に鍵を閉めれば顔が真っ赤なのを自覚しながら、扉を背もたれに座り込む。


 初めて浴びた兄さんの、コマンド。

 胸がじくりと蝕む、はっはっと呼気が荒くなる。


「あ……」


 いけない、このままでは気持ちいいことにとりつかれてしまう。

 脳が甘さでいっぱいになるまえに頭を振ると、スマホがぴこんと通知がなる。

 兄さんからの連絡だった。

 メッセージアプリに、仕事帰りに僕の家に行くと書いてあって、僕はどんな顔をしていいか分からなくなった。


 勉強は手につかなくなるも、うたた寝だけはしてしまう。

 メッセージアプリに送った地図に迷うこともなく、兄さんは次の日の午前七時にやってきた。


「俺が、知らないと思ってた? お前が、Switchで。俺にはSubなの」

「……どこで知ったんです」

「そうだなあ。気づいた箇所はそれぞればらばらに幾つかあったんだけど。最終的には直感だな」

「はあ……世界一返答にならない返答ありがとう。中に入ってください」

「おみずちょうだあい」


 兄さんは部屋にあがると、僕のベッドに勝手に寝転がり、僕はミネラルウォーターを冷蔵庫から取り出して手渡した。

 兄さんに手渡す前にボトルキャップを緩めて手渡すと、気づいた兄さんが苦笑した。


「章吾。コマンドずっとどうやって解消してた?」

「なんです、関係ないでしょう」

「いや。……お前が大学落ちる原因、というか。体調悪くなる原因それじゃないかとおもってな。コマンドあまり使ってないんだろう」

「……誰を。相手にしても。満たされないんです。Switchだからどちらも満足できそうなのに」


 確かにあの日分かってから、一度も満たされたことはなかった。

 誰かを従わせて管理しても、心のどこかで兄さんに管理されたいとそわそわし。

 兄さんがSubだと思い込んでいたから、僕は兄さんの相手にはなれないのだと思案し続けていた。

 兄さんは水をぐびぐびと静かに呑んだ後に、僕にいきなりコマンドを出した。


「Kneel」

「やめ、やめ、てください、兄さん」

「Kneel」

「兄さん!」

「……ねえ。章吾。心配なんだよ。解消してあげるから。ほら」

「……兄さん」

「Kneel」


 僕はコマンドに逆らえず、ぺたんと座り込む。

 ベッドの縁で座っている兄さんがうっとりと微笑み、兄さんは僕の頭を撫でたがまだ、ケアがされない。どうしたんだろうと思えば、うーんと悩んでいる。


「そうじゃないな。お前に似合うお座りじゃない。こっちにおいで」

「兄さん……、こ、れは」


 膝の上に僕を座らせて上機嫌の兄さんだ。

 ご機嫌に「今度からはこうだな」と微笑んでいる。ああ、天使のような笑みで言われては否定もできない。

 数年ぶりに兄さんの香りが間近で頭がくらくらする。


「いいこだね。いいこだ。すっごくいいこだよ……」

「っく……」

「ずっとこうされたかったんだよな」

「はずかしい!」

「でも、よだれ垂れてる。顔も赤い」


 そりゃこんな脳内アドレナリン分泌量すごければ、そうなる!!

 多幸感でいっぱいでふにゃふにゃになりそうで、怖いので腹に力を入れて堪えている。

 意地でもサブスペースにはなってやらない!!


「章吾。ねえ、俺と。こうしていようよ」

「……兄さん、僕たちは……兄弟で」

「……そうだな、だから最初からずっと一緒だった。素敵なことだね」


 ああ、久しぶりに宇宙人語の兄さんと話すと、胸がじわじわと甘く疼く。

 この人宇宙人のように浮世離れしてるくせに、人たらしなんだ!


「ねえ。Say、章吾はどうしたい。俺と、時折会って。こうやっていようよ」

「……わ、かりました、僕も兄さんといたいです。受験のためですからね!? 受かるまでの関係性です!」

「うんうん。良かった。兄ちゃん安心したよ」


 にこにこと頬笑む兄さんは、僕のほっぺにご褒美のようにちゅ、ちゅと吸い付いた。

 たっぷりすぎるケアに体の力が抜けていく。いけない、それだけはいけない。

 腹に力を込めて、気合いを入れて、一生懸命自分を保っていた。


「じゃあ今度カラー買いに行こう。何が良い、指輪? ネックレス? チョーカー?」

「目立つから要りません」

「駄目だよ。余計な受験の邪魔をする虫が寄ってくるだろう? ほら、何が良い?」

「それなら……ピアスを」

「? でも、章吾穴空いてないだろう?」

「だから!!! 言わせる気ですか!? 貴方の手で、開けてください!」

「ああ、分かった。いいよ。格好良いのつけような」


 兄さんは意図に気づくと、花咲くように頬笑んだ。

 甘いとろける顔をよくするようになった、ホストになったからか!?

 どうせ、どうせなら。貴方の手で、消えない傷をつけてほしい。

 どうせひとときだけなら。貴方のものだったって、形に残るものをください。

 そんな願いを、持つのも。どこか恥ずかしく。

 兄に頭突きした。


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