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7 白百合とタンポポ

 秋に貴族学園を卒業して三カ月。現在、私は公爵家で花嫁修業中だった。

 高位貴族と下位貴族では必要となる知識が異なる。

 いままでは声をかけられてから自己紹介で良かったが、今後はこちらから声をかけなくてはいけない。

 結果、顔を合わせる可能性がある貴族、全員の名前を覚える必要があった。いや、覚えてなくても。

「あなた、お名前は?」

 と聞けばいいけど、聞いておいて『そんな家、知らない、誰、それ』となるのもね。知らないのも『恥』になるから難しい。

 人数が多くて覚えられないため、暗記用に表を作ってそこに簡単な似顔絵付きで書き込んでいく。

 領地に関しても地図を自分で描いて、国の年表も覚えやすいように書き直した。ついでに近隣諸国も同じように地図と年表を作る。

「アリシャ様が描かれた地図はとてもわかりやすいですわ」

 ネモフィラ様にお褒めの言葉をいただいた。

 前世にオタクが入っていますからね、こういった作業は得意なのです。

 本当はさらっと読んで記憶できればいいのだが、そんな頭脳があればもっと幼い頃に何かしらの結果を残している。

 残念な脳みそに覚えてもらうためには工夫が必要なのだ。

「今は外出もできませんし…、とにかく勉強を頑張ります」

 そう答えるとネモフィラ様が困ったように笑う。

「あまり気落ちされていないようですわね」

「まぁ、そうですね」

 私も苦笑しながら答える。

「だって、あまりにも現実とかけ離れた噂で…」

 そう、現在、社交界には私に関するとんでもない噂が出回っていた。

 地味で存在感の薄いヒルヘイス子爵家の娘。それが現実だというのに、噂では何倍も誇張されている。

『アルク・クルハーン伯爵令息を誘惑して堕落させた悪女』

『タニア・ジフロフ元子爵夫人と大喧嘩して、夫人を病院送りにした野蛮人』

『ヴァイオレット・ラウフィーク侯爵令嬢を病ませて追い詰めた非道の女』

『ハリエット・キールベイル男爵令嬢も裸足で逃げ出す魔性の女』

 他にはなんだっけ。

 ミリアン商会の不正に関わっていたとか、道端で老婆を虐待していたとか。

 ツッコミどころが多すぎて、否定して回るのもめんどうだ。

 いや、よく調べているな…とは思うよ。思っているけど、この程度の噂、社交でバルディ様と仲良くしていればすぐに吹き飛ぶよね?

 今はルディス様とネモフィラ様もいるし。

 ただ、外に出て何かあってはいけないからと外出は禁止されて公爵家に滞在していた。

 その際、ネモフィラ様も教育があるからと二人一緒に滞在が決まったのは僥倖。ネモフィラ様は本当に可愛らしくて優しくて、怪しい紅茶を飲まなくなったおかげでなんだか良い匂いもしていた。

「外出禁止のおかげで事件現場に呼び出されないのは良かったかも」

「そうですね。私、そんな場所に呼ばれたら倒れてしまいそうですわ」

「毎回、そんな凄惨な現場でもないのですが…」

 普通の貴族令嬢は指を切っただけでも気絶することがある。逆に危なっかしくて、そんな場所に呼べない。

「それにしても、どなたなのでしょう…」

 私の悪い噂をバラまいている人。

「誰でしょうねぇ。私が考えても答えなんて出ませんから、バルディ様達におまかせします」

 強がりでもなんでもなく、本当に。

 こういったことは本職と腹黒い人に任せるのが一番だ。


 私は外出禁止だがネモフィラ様は普通に社交を続けていた。訪問先は公爵家にいる社交全般を管理している家令と相談している。

 迷った時は公爵夫人にも相談。

 お義母様は社交界の華と呼ばれるにふさわしい美人だが、見た目ほど高嶺の花でもなかった。

 ずっと娘がほしかったのよとにこにこと笑っている。

「アリシャちゃん、最近、厨房に出入りしているんですって?」

 午後のお茶の時間に聞かれて、頷いた。

「前世で食べたスイーツを再現してもらいたくて…、一部はすでに売られていますが、まだないものもあるのです」

 どら焼きやたい焼きは似たものがある。お餅もあるし、きな粉やゴマも食材としては珍しくない。

 今、私が目指しているものは上生菓子。白餡に求肥を混ぜて練り切りを作り、それを花の形に成形していく。厳密には前世で使われていた練り切りとは異なるだろうがだいぶ近いものが作れるようになっていた。

 話しているところにお茶が運ばれてくる。

 今日は緑茶と百合の花を象った和菓子で、さすが公爵家の料理人、かなり美しい出来栄えだ。

「まぁ、きれいねぇ。花の形をしているのね」

「食べるのがもったいないです」

「餡子のお菓子なので紅茶ではなく緑茶と呼ばれているお茶をご用意しました。すこし苦いお茶ですが、和菓子の甘さとは相性がよいのです」

「このお菓子、いろいろとアレンジできそうね」

 その通り。着色すればありとあらゆるものを作れる上に、なんと。糖質は高いが脂質がほとんどなく、一つか二つでそれなりに満足感がある。

 つまり、私のダイエットには欠かせない甘味となってくれるだろう。

「結婚式までに痩せないと、ドレスが着られるか心配で…」

「まぁ、その時はお直ししてもらえばいいのよ?」

「最悪、それも仕方ないと思ってはいますが、その…、それだけでなく」

 隣に人類の最高峰とも言えるイケメンが立つのだ。さすがに何の努力もなしで並ぶ度胸はない。見劣りするのは仕方ないにしても、自分なりに納得できる最高の状態にしたい。

「あら~、本当に気にしなくてもいいのに」

 と、お義母様は言うがネモフィラ様はわかってくれた。

「わかります、私もルディス様の横に並ぶのはちょっと…、気後れします」

「ですよね?二人で話すのはだいぶ慣れましたが」

「私はまだ全然です…、緊張しちゃって」

「顔が良すぎるから、最近は顎の辺りを見るようにしています」

「私は胸のポケットとか、背後の壁とか見ておりますよ」

 お義母様に笑われたが、やはり簡単に慣れるものではない。


 公爵家での生活は思っていたよりも自由なものだった。

 家庭教師やマナーの先生はいるが、そこまで厳しくはない。基本的なことは子爵家に来ていた家庭教師と学園で習っているから、復習と補完中心となっている。

 私はお調子者で褒められたら喜んで頑張ってしまうし、ネモフィラ様はおっとり控えめな性格で厳しくされると萎縮してしまう。結果、二人とも褒められた方が頑張れるわけで。完全にあまやかされるばかりでもないが、キツイ言葉や体罰がないので学びやすい。

 日課としている運動をする時間もあり、当初、一人で体操やジョギングをしていたがネモフィラ様も一緒にやるようになった。

「街中で奇声をあげた老婆が現れた時、本当に驚いて、一歩も動けなかったのは良くない気がするのです」

 私のように老婆にラリアット…ではなく、動くべきか、動かないべきか。たとえば馬車に飛び込むとか、近くの店に駆け込むとか。

 そういった判断もできないままでは危険が迫った時に困る。

 ほんの数十メートルでいいから、自分の足で逃げるだけの体力が欲しい。

 そうなんだよね。

 普段、身体を動かしていないと、咄嗟に動けない。あと、どういった理屈かわからないけど、身体を動かしていると精神的にもちょっと強くなれる気がする。健全な精神は健全な肉体に宿るってことかな。

 運動はダイエットも兼ねている。

 ダイエットはしたいけど、午後のティータイムも大切な時間で、社交の場で用意するお菓子と軽食に関しては日々、研究を重ねている。

 子爵家ならば市販品で十分だが、公爵家だとそうもいかない。高い品質とオリジナリティが求められる。

 前世の記憶があやふやな上に料理上手でもなかったが、公爵家の厨房には料理人がたくさんいる。自領地で栽培している野菜や果物の新作料理なんかも研究しているため、私が行くと皆、歓迎してくれた。

 雑談しているとポロッと『今までにないアイデア』や『ヒント』になるようなことを言うらしい。

 公爵家に滞在しているのでバルディ様との会話も増えた。

 毎日、夕食後に一、二時間くらい話す時間を作ってくれて、雑談だけでなく情報の共有もしていた。

 私に関する噂も隠さず教えてくれるのでありがたい。


「広まっているのは若い女性を中止に、だな。ただし、半信半疑で信じている者は少ない。面白がっているだけだ」

「それも迷惑な…」

「根も葉もない噂ではあるが、微妙にあっているのがなぁ」

「そうですね。公爵家並に情報を収集できるとなると…、高位貴族が関わっていますよね」

「まぁ、そうだな。下位貴族の中にもそういった者達を使っている家はあるが、うちの密偵に尻尾を掴ませないレベルは限られる」

 公爵家と同等レベルの密偵なんて、その辺にいないよね。

 バルディ様が少し黙り込んだ後、ボソッと言った。

「実は…、当たりはついている」

「え、本当ですか?」

「聞きたいか?」

「もちろん。私に敵意を持っているってことですよね?聞いておかないと、危ないじゃないですか。私も知っている人ですか?」

 頷いて、教えてくれた。




 荒唐無稽な噂話はしばらく囁かれていたようだが、バルディ様達が耳にするたびに否定してくれたおかげで噂話を超えるようなとんでもない事態にはならなかった。

 面白おかしい作り話。

 そういったものにいちいち目くじらを立てて騒ぐのもみっともない。

 貴族は体面を気にする。

 春になる頃には噂もおさまり、私もやっと外出できるようになった。

 まだ公爵家に滞在中だが、月に一度は実家に帰っているし、今後も月に一回程度は里帰りしてよいと言われている。

「公爵家に嫁入りしたからって、実家がなくなるわけではないもの。遠方で数カ月帰ってこない…なんてことでなければ大丈夫よ」

 お義母様が優しい方で良かった。絶対ダメだという義母もたまにいるからね。

 春になるとお茶会や夜会も増えたが、ネモフィラ様と私は一人での参加を止められていた。

 伯爵家と子爵家の娘で、まだ高位貴族からの圧力に対抗できない。

 メイドや護衛騎士はよほどの緊急事態でなければ反撃できないため、直接的な殴られでもしない限り我慢するしかない。

 ヴァイオレット様ほど過激な方は少ないけれど、子息、令嬢以外にも引っ掻き回そうとする人はいる。


 予期せぬトラブルでもない限り、表面上は穏やかに過ごせた。

 そう…、例えば高位貴族のご令嬢とドレスのデザインがほぼ同じとか、不運な偶然なんて滅多に起きない。

 起きないはずだった。

 薄紫色のドレスに百合の花の総刺繍はお義母様が若い頃に着たドレスをリメイクしたものだ。

 ネモフィラ様も薄紫色のドレスだが、そちらは刺繍ではなく総レース。

 問題は刺繍のほうで、百合の意匠を好んで着ているフィーター侯爵のイリス様のドレスとそっくり同じものだった。

 偶然とは言えないレベルで似ている。

 というか、たぶんお義母様が着ているのを見て、似たものを作ったのだろう。

 ネモフィラ様が真っ青な顔をして今にも倒れそうだった。

 さすがに私もこれは…、怖いし、何をどう言えばいいのかわからないし、動揺していると。

 ぐっと腰を支えられた。

「アリシャ、紹介したい人がいる」

 見上げて…。

 これ、イリス様は無視していいってことだよね。頷いてバルディ様と一緒に歩き出す。

 ネモフィラ様もルディス様に支えられるようにして、壁際へと歩き出した。

 静まり返っていたが、私達が動き出すとさわさわと音が戻り始めた。

 そっと振り返るとイリス様が微笑みを浮かべて私達のほうを見ていた。

 何の感情も見えない笑み。

 貴族としてはそれが正解なんだけど…。

「イリス様は…、バルディ様のことを好きだったのでしょうか?」

「さぁな。幼い頃からの知り合いではあるが個人的な付き合いはないし、そういった素振りもなかった。見るからにプライドが高そうで、実際、プライドが高いからな。こちらに媚を売るような真似、できないだろう。自分の婚約者の醜聞を聞いても取り乱すことなく淡々としていたと聞いている」

「そう、ですか…。百合の花の意匠は公爵家の家紋でも使われているから、無関係とは思えない…」

 二人、同時にお互いの顔を見て、視線があった瞬間に引き返していた。

「兄上のほうか」

「ですね」

 ネモフィラ様は真っ青な顔のまま壁際のソファに座っていた。ルディス様も側にいる。そこにイリス様が飲み物を片手に近づいていくのが見えた。

 水…のように見える。

 イリス様が微笑みながらネモフィラ様に声をかけ、グラスはルディス様が受け取った。

 声が届く距離まできた。

「わざわざ気にかけてもらいすまないね」

「いいえ。ネモフィラ様はお体が弱いのかしら」

「そんなことはないよ。普段はとても元気に過ごしているし、最近ではアリシャ嬢と一緒に鍛錬もしている」

「………鍛錬?」

 眉をひそめられた。あぁ、ですよね、鍛錬って貴族令嬢には似つかわしくないですよね、鍛錬ではなく体力作りですから。

 よし、現場に到着。

「ルディス様、おかしな言い方はやめてください。鍛錬ではなくお散歩ですわ」

「ははは、そうか、地面を転がり、塀に登り、よくわからない段差を走り抜けるのも散歩か」

「その通りです」

 平地を歩くだけだと飽きるし負荷がかからないためフィールドアスレチックに似た施設を作ってもらった、お金持ち、すごい。施設は公爵家の騎士団の方々も利用している。

 ちなみに子爵家は領地に戻れば天然のアスレチックスコースが至る所にあるためわざわざ作る必要がない、大自然、万歳。

「ネモフィラ様、ご気分はいかがですか?」

「アリシャ様…」

 真っ青な顔で震えていたのに、私を見た瞬間、キリッとスイッチが入った。

「はい、大丈夫です」

「無理はなさらずに…」

「いいえ、本当に大丈夫です」

 そう言って、ルディス様を見て…、パッとグラスを手にして飲もうとした。

 え、ちょ、それは……。

 グラスを取り上げたほうがいいかと手を伸ばしたところで、ネモフィラ様の動きがピタッと止まった。ルディス様もグラスを取り上げようとしていたが。

 ネモフィラ様は真っすぐイリス様を見つめていた。

 イリス様はいつものように優しく微笑みながら。

「どうかなさいまして?」

 グラスをルディス様に返した。

「いいえ。ただ…、他の飲み物飲みたくなっただけですわ。ルディス様、お願いできますか?」

 グラスを見て、ルディス様を見て、それで何かを察した。

 私も察した。

 やっぱりグラスに何か入ってたーっ。

 イリス様は『まぁ、婚約者に甘えているのね』と言い、ネモフィラ様が『そうですね、婚約者ですからあまえちゃいます』と応戦して。

 わずかな期間で随分としっかりしたなぁ。

 いや…、そうじゃない。ネモフィラ様はもともとしっかりとした才色兼備のお嬢さんだった。

 イリス様が立ち去ると、ネモフィラ様がホッと肩の力を抜いた。

「お疲れ様でした」

「はい…」

 ふぅと息をついて、ルディス様を見た。

「それ、水のように見えますが、あのお茶の成分が入っています」

「本当に?」

「わずかですが、匂いがしています」

 ルディス様も匂いを確認してみたがわからないようで首を傾げている。

「少量しか入っていないのか、それとも…、改悪されたものか」

 どこからともなくお仕着せ姿の女性がそばに来た。

「これを調べるように」

 女性はグラスを受け取ると足音も立てずにすすす…と人混みに紛れた。

 わぁ、漫画みたい。

「イリス様はルディス様狙いだったのですね。私を攻撃していたのでバルディ様のほうかと思っていました」

「あぁ…、そうなの、かな。昔からやけに百合の意匠にこだわっているなと思ってはいたが…」

 似合うから着ている。その程度の認識だった。

 ルディス様は公爵家の跡取りで婿入りはできない。イリス様は侯爵家の一人娘。結婚相手にはならない。

 興味がなければいちいち深読みしない。

「公爵家は恋愛結婚推奨だというのに」

 ルディス様の言葉に『えぇっ』と小さくない声が出てしまった。

「なんだ、その反応は。多少は家格のことや環境も考慮するが、好きでもない女と結婚なんかできないだろ」

 そ、そう、なんだ…。ルディス様なら損得で最もお得な女性か、便利に使えそうな女性を選ぶと思っていた。

 なんか意外…でもないか?

「ストレスが多い仕事なんだよ、家にストレス源みたいな女がいたら、まったく休まらないじゃないか」

 ネモフィラ様は確かにほわほわしていて癒される。

 では、私は?

 バルディ様を見ると、ニヤリと笑った。

「おもしれぇ女だからな」

 ですよね、知ってます、おもしろい事をしているつもり、まったくないですけどねっ。


 イリス様が持っていたグラスには確かにあのお茶…というか、あのお茶をもとにした麻薬が入っていて、飲んだ場合、幻覚作用など引き起こしたのではないかと説明された。

 現在、ミリアン商会がどこから入手したのか、流通経路を調べている。

 イリス様がどうやって入手したかは…、本人に『横を通ったウェイターから受け取っただけ』と言われてしまえば追及できない。

 イリス様を完全に避けることは難しいが、何度か夜会やお茶会に参加するうちに『今日は欠席か』という日が増えて、夏が終わる頃に『自領地に戻って領地経営に専念する』との噂を聞いた。




「イリス嬢は表面上は淡々として変わりないように見えたが…、段々と言動がおかしくなっていったようだ」

 同じことを繰り返す。聞いたことを忘れる。見えない何かと話している…などなど。

 フィーター侯爵が気づいた時には、中毒患者のようになっていてやむを得ず領地に帰すことにした。

 本人と話せていないため心情はわからない。

 ルディス様のことが好きで、家格、年齢、容姿…と釣り合いが取れているのに結婚できない。ルディス様にもまったく相手にされていない。

 こじらせてしまったんだろうか?

 せめて性格のよい男性と結婚できればなんとか前向きに生きられたかもしれないが…。

 婚約者をメイドに寝取られて、そのメイドは既に亡くなっている。婚約者も捕まって、自分の耳に入った時には何もできなかった。

 なんていうか、この浮気男、バッチーンッってビンタでもできれば少しはスッキリしたのにね。それができない性格だからこんなことになってしまったんだよね。

「何にしても、私、関係ないのに…」

 バルディ様が苦笑する。

「格下だと思っていた子爵令嬢がオレと結婚するんだ。関係なくても、ムカついたんだろ」

「………確かに。子爵家で、成績もど真ん中、これといった目立つ要素なし、見た目もパッとしない…タンポポですものね」

「タンポポ?」

「女性を花に例えたり、しません?例えば真っ赤な薔薇のようだとか、白百合の君とか…。で、私は子供の頃から、タンポポって言われてたんです」

 ハニーブロンドだからそこまで黄色くないのに。まぁ、色ではなく雰囲気だよね。タンポポ、嫌いじゃないけど。

「そうか、子供の頃から可愛かったんだな」

 ………え?

 穏やかな笑みを浮かべているバルディ様に、もう、もう…っと。

 顔に熱が集まってくる。

 ほんと、イケメン、ずるいっ。




 さらに一年後、予定通り、私達は結婚式をあげた。ジフロフ子爵領の最上級の生地を使ったウエディングドレスはため息がでるほど美しかった。そしてため息さえも全て吐き出せと、メイドさん達にギチギチに体を絞られた。

 おかげで人生初、そして今後は無理ってほど細いウエストを作ることができた。

 結婚式といえば、当初、ルディス様達は半年から一年遅れでする予定だったが、結局、二組合同で行われた。

 ネモフィラ様とは仲良しだから問題ないけど。

 ネモフィラ様のほうはよんどころない事情によりウエストはそこまで絞られなかった。絞らなくても私よりほっそりとしているけど。

 さらに半年も過ぎれば、私もおばちゃんになる予定。なんだか現実味がない。

 現実味がないといえば、今、隣にいる人が一番…。

 教会で結婚式を終えて移動をはじめたところに一人の騎士が走ってきた。参列してくれた第五騎士団の団長と副団長が呼ばれて。

 マークス副団長が私達の元に駆けてきた。

「すまない、こんな日に。緊急事態だ」

 え?

「国境付近で事件が起きている。だいぶ異質なもので、我々に捜査協力の要請があった」

 連続密室殺人事件で半年で八名死亡、一人重傷。犯人はまだ捕まっていない。至急、来られたし。って…。

 へ、へぇ、じゃ、バルディ様、いってらっしゃ…。

 ひょいっと抱き上げられた。

「まさかでしょ!?」

「新婚旅行みたいなものだ」

「いやいやいや、新婚旅行先で連続殺人事件なんて、それ何て二時間ドラマ、絶対に嫌です」

「大丈夫、犯人は捕まっていないようだが、たぶん、安全だ」

「たぶんって、なんですかっ」

 バルディ様がその長い足を生かしてスタスタと歩きながら、何事かと駆けてきた護衛騎士やメイド達に次々と旅行の指示を出していく。

「待って、待って、残ります。残ってネモフィラ様と一緒に赤ちゃんグッズ作ったり、お義母様とお菓子作りしたり…」

「アリシャ」

 名前を呼ばれて、ちょんっとおでこにキスされた。

「オレ達も早く子供、欲しいな」

「って、今、言うなぁっ!」

「ははは、オレはアリシャに似た女の子がいい。きっと可愛い」

 教会の外に出たら、迎えの馬車が停まっていた。早すぎるっ。あぁ、駄目、駄目、私は地味で平凡な子爵令嬢で…。

「前世の知識が役立つとは思えませーんっ!!」


 祝福の花びらが舞う中、新婦を抱えた新郎が颯爽と走り去り。

 数日後、国境付近の街で起きた連続殺人事件が解決したかどうかは………。




「ひねりのない犯人、予想通りの仕掛け、なんで密室トリックでもテンプレ踏んでるの…」

 現場に到着して一時間で解決し、バルディ様がよしよし…と私の頭を撫でてくれる。うぅ、結婚式…、披露宴…と嘆く私に、お土産となるお菓子をたくさん買ってくれた。

閲覧ありがとうございました。ここで完結予定でしたが、あと1話、後日談があります。

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