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4 残酷な白菫(2)

 ウォートン男爵は真っ白な顔で目の下を真っ黒にしていた。娘のハサナ様も顔色が悪い。

 待っている間、紅茶にもクッキーにも手をつけずにいた。

 バルディ様が到着し、客間に入ると。

「申し訳ございませんっ」

 男爵が床に膝をついて土下座した。ハサナ様もそれに習おうとするので慌てて止めた。

 とにかく話を聞いてからである。

 バルディ様が落ち着いた声でソファに座るよう促す。

「ここに来た理由はサントマリー男爵の件ですよね?アリシャには関係がないと思うのですが、違うのですか?」

 男爵が真っ青な顔のまま話し出した。


 ウォートン男爵家はラウフィーク侯爵家の寄子でハサナ様はヴァイオレット様の幼友達…といか、まんま家来のような存在だった。

 ヴァイオレット様は妖精のような美しい見た目とは正反対な苛烈な性格で、男爵令嬢ごときが逆らえる存在ではない。とにかく奴隷のように『はい』『喜んで』『ヴァイオレット様のおっしゃる通り』と従うのみ。

 昔からバルディ様にご執心で、絶対に結婚するのだと息巻いていた。

 幼い頃から『バルディ様と結婚する』と話してはいたようだが、その頃はまだちょっと我儘なご令嬢で恐ろしいと思うほどではなかった。

 それがこの一年で激変した。会う度に言葉が強くなり、命令口調で過激な発言が多くなった。

 そこにバルディ様婚約の知らせである。

 大爆発した。

 文字通り暴れまくって、ヴァイオレット様の部屋は大掛かりな大改装をすることになった。

 家具は傷だらけ、寝具やカーテンはボロキレとなり、メイドも二人ほど病院送りになっている。病院送りにならなかったが治療を必要としたメイドは数知れず。最後は男性使用人がドアを押さえて閉じ込めて、ラウフィーク侯爵と侯爵夫人にドア越しになだめてもらった。

 ハサナ様は巻き込まれないよう、廊下で震えているしかできなかった。

 癇癪がおさまり、やっと諦めてくれたと思ったら。

『社交界から消してしまいましょう』

 頬をバラ色に染めて、美しい笑顔でそう言った。他の取り巻き令嬢達は賛同していたが、ハサナ様は恐ろしくて仕方なかった。

 うまくいくはずがない。

 今は子爵家の令嬢だが、婚約者はあのファイユーム公爵家の二男である。

 公爵家が認めた令嬢に危害を加えるなど、そんな恐ろしいことに加担したくない。

 ハサナ様は父親に相談をして、とにかくできる限り存在を消して…、ヴァイオレット様に逆らわず、かといって公爵家に歯向かったと思われるような言動もしないように気をつけた。

 今シーズンを乗り切ったら男爵領に『病気療養』のため引っ込む。

 その前に事件が起きてしまった。


「ヴァイオレット様は懇意にしていたサントマリー男爵にヒルヘイス子爵令嬢を傷物にするようにと頼んでいました。男爵はやりたくない、気が進まないと苦笑しておりましたが…、最終的にはヴァイオレット様に押し切られました」

 サントマリー男爵がいる休憩室に私を放り込んで襲わせる。十七歳のご令嬢が考えたにしては悪辣な手段だ。

「そ、そうなった時は、わ、私が父に合図をして…」

「酔っ払ったふりをして、休憩室の廊下で騒ぐつもりでいました。部屋はわからずとも騒げば、誰か…第三者が集まってきてなんとかなるだろうと。結果的に聡明なるヒルヘイス子爵令嬢のおかげで最悪な事件には至りませんでした」

 代わりに、別の事件が起きてしまった。

「ヴァイオレット様はサントマリー男爵がいる部屋に向かいました」

 今夜は失敗したが、諦めはしない。

「男爵に多少、強引な手を使ってでもヒルヘイス子爵令嬢を傷物にしろと命令していました。サントマリー男爵はとても哀しそうな顔をしておりました」

 ヴァイオレット様はそんな男爵に『意気地がない』『やれないのなら、他の者に頼むだけ』『裏稼業の者を紹介しなさい』と、言いたい放題だった。

『貴方が引き受けてくださらないのなら、ミリアン商会にお願いするわ。そう、貴方が紹介してくれたミリアン商会。あの商会にお願いすれば、ほしいものは何でも手に入るもの』

 男爵は少し時間をくれと答えて、ヴァイオレット様達は一旦、夜会に戻った。

 そして…、三十分ほどだろうか。

 そろそろ心も決まっただろうとサントマリー男爵がいる休憩室に行くと、既にこと切れた男爵がいた。

「私には関係がないとは思えないのです…」

 ハサナ様がポロポロと涙をこぼす。

 そしてウォートン男爵とともに何度も謝ってくれる。

 バルディ様は難しい顔をしていたが、ウォートン男爵家に罪を問う事はないだろうと言った。

「アリシャを陥れようとしたことは許しがたいが、ウォートン男爵家ではラウフィーク侯爵家に逆らえなかっただろう。令嬢が苛烈な性格をしていることは、昨夜の短い接触だけでもわかる」

 まったく悪くないとは言えないが、誰が悪いかと言えばヴァイオレット様を野放しにしていたラウフィーク侯爵家と令嬢本人だ。

「そうですよ。私も子爵家ですからね。上位貴族の横暴には本当に迷惑しています」

 誰とは言わないが、特に公爵家の息子達よ。

 勝手に巻き込んでくれたせいで、こんな救いようのない事件が起きてしまった。

 ただ、バルディ様の婚約者が私ではなくごく普通の貴族令嬢だったら。

 サントマリー男爵に本当に襲われていたかもしれない。そんなことになったら、自害してもおかしくはないし、良くて修道院行きだろう。

 それほど結婚前の純潔は重いのだ。

 大体、女性にだけ『初めて』を求めるのもおかしいよね。それなら男性にもしっかりと貞操を守ってもらいたい。

「結果的に私は無事でしたが…、この後、ラウフィーク侯爵家は荒れるでしょう。巻き込まれないためにもハサナ様は早めに『病気療養』に入ったほうがよろしいかと思います」

「そうだな。事情を知る男爵には王都に居てほしいが、ハサナ嬢はラウフィーク侯爵令嬢に利用されかねない」

 すべての罪を取り巻きに押し付け、高笑いしていそうだ。

 清楚系美少女なのにもったいない。

 見た目だけならバルディ様とお似合いだったのに、さすがにアレを婚約者にするくらいなら私のほうがましねとため息をついた。




 本気でヴァイオレット様が仕掛けてくるとは思っていなかったが、念のため外出は控えて部屋でおとなしく過ごしていた。

 公爵家の家紋…百合の花とクロスした剣を刺繍している。複雑な家紋で盾のような形に葉や蔓の飾り模様もあり難易度は高い。

 安いハンカチで練習している最中で、たぶん二、三十枚も作れば人様に見せられるものになるだろう。

 お約束というヤツでそろそろバルディ様に刺繍入りのハンカチを贈らなくてはいけない。

 使ってもらえるかどうかは問題ではない。

 贈らなければいけないのだっ。

 この風習もそろそろすたれてほしい。というか、誰か電動の刺繍ミシン開発して。

 メイドと一緒に刺繍をしていると外が騒がしくなった。

 カーンッと一回だけ鐘がなる。鐘一回は『緊急事態発生、隠れろ』の合図。

「お嬢様」

「わかってる。手筈通りに」

 こんなこともあろうかと我が家では避難訓練をしていたのだ。矢面に立っている騎士達が心配だが、私に何かあるほうが皆の負担になる。

 すぐさまベッドの下に潜り込んで床の隠し扉を開けて身を隠した。

 建物は木造で、一階と二階の間に隙間がある。隙間がない場所は壁を二重にして隠し部屋を作っておいた。

 メイド達もそれぞれが隠し部屋に逃げ込んでいるはず。

 侵入者は弱い者に目をつける。

 人質にとられると騎士達も戦いにくい。

 とにかく息を潜めてじっとしてると。

 室内に人が入ってきた。

「なんでいないのよっ!」

「ですから最初から申しております。アリシャ様はメイド達と買い物に出かけております」

「そんなはず、ないわっ。この屋敷は見張らせていたのよっ」

「さようですか。しかし、この通り、本当にいないのです。あいにくと子爵様も奥様も留守にしておりますし…」

 これは本当。お父様は仕事、お母様はボランティアで教会、弟は学園で勉強中。

 突然、ダンダンダンッと床を踏みつける音が響いた。

「うるさいっ、うるさいっ、うるさいっ」

 ガッシャーンッと何か割れる音。

「何よ、こんなものっ」

 物が落ちる音や割れる音が続き、心の中で悲鳴をあげる。

 いや、ほんと、ヴァイオレット様の中身、どうなってんの、怖い。目の前に出て行ったら絶対に殴られるだけでは済まない。

 見つかりませんように…と震えていると。

「これは、どういったことだっ!?」

「バルディ様!」

 声のトーンが跳ねあがった。

「アリシャの部屋で何をしている!」

「私が来た時にはもうこの有様でしたのよ。きっとアリシャ嬢はひどい癇癪持ちね」

 ………ヴァイオレット様の心臓には毛が生えているのかな。神経はナイロンザイルより太いかも。船舶係留用のアンカーロープでも、ヴァイオレット様の図太い神経には負けそうだ。

「アリシャは落ち着いた女性で理性的だ。部屋を荒らすような下品な行いなどするはずもない。ましてや…、公爵家の紋章の刺繍を引き裂くなど、絶対にしない」

「そ、そんなこと、ないわっ。女ですものっ。影で何をしているか、わかったものではないわ」

「自己紹介ですか?自身の価値観をアリシャに押し付けないでいただきたい。ともかく、ここはアリシャの部屋だ。部屋の主がいないのだから、早々にご退出を」

「なら、バルディ様も…」

「私はアリシャの婚約者です。部屋で彼女を待ちます」

「でも…」

「うわっ、なんだ、これ。アリシャ嬢、無事なのか?それにしても、ひどい荒らされようだな。刺繍が引き裂かれてる…。悪魔の所業か?」

 グリフィン様の声が響いた。

「アリシャ嬢は無事か?…って、強盗でも入ったような有様だな」

 マークス副団長の声もして、次々と誰かが入ってきては『ひどい』『嵐の後だ』『こんなことができる奴は、絶対に性格が悪い』と言いたい放題をしている。

 子爵家の騎士には強く出られても、第五騎士団の面々にはさすがに怒鳴れないようでやっと帰っていくようだった。

 完全に安全だとわかるまで外には出られないけど。

 とにかくじっと待つこと数十分。

「アリシャ、いるのか?」

 小さな声に、ベッドの下の小部屋から這い出た。ちなみに出入口はスライド式で、取っ手は偽装されている。

 造った時は自分でも凝りすぎ…と草を生やして笑っていたが、まさか本当に使うことになるとは…。

「アリシャ!」

 這い出ているとぐいっと引っ張り出され、その勢いのまま抱き留められた。

「怪我はしていないか?」

「は、はい…、避難訓練のおかげで素早く動けました」

 私は無事だったが、部屋はひどいことになっていた。お母様が刺繍を施してくれたベッドカバーも引き裂かれている。本という本が書棚から床に投げ捨てられ、飾られた花は床に散らばり、どうやったのかお気に入りの椅子も壊れていた。

「使用人達は無事でしょうか?」

「今、確認に向かっている」

 深呼吸をしてなんとか落ち着こうと思ってはいるものの、動悸がなかなかおさまらない。

 もしかしてバルディ様に抱きしめられているせいでは?

 しかし…、離れようという気もおきない。

 しばらくして、メイド達の声が聞こえてきた。

「お嬢様、ご無事ですか!?」

「う、うん。みんなは?誰も怪我をしていない?」

「はい。私達は隠し部屋に潜んでいたので…、避難訓練のおかげで素早く動けました」

 騎士達も訓練通り、マニュアル対応をした。

 高位貴族が押しかけてきた場合は一旦、『主人がいない』と断るが、高圧的に出られたら屋敷に入れる。同時に誰かが騎士団に救援を呼びに行き、使用人達は執事を除き、全員が隠れる。

 執事はとにかく客に逆らわず、刺激しないこと。

 騎士達も応戦ではなく、受け流し、救援を待つようにと徹底させた。

 公爵家に嫁ぐことになれば嫉妬でどんな嫌がらせをされるかわかったものではない。

 屋敷に火を放たれたらもっと厳しいことになっていたが、夜襲の場合はまた避難経路が変わってくる。

 今後も避難訓練、続けよう、命大事である。

 つらつらと考えているうちに、ぷつんと意識が途切れた。




 お父様達も交えた協議の結果、私の身柄は公爵家に移された。

 これは仕方ない。私の部屋は改装が必要で、ついでに防犯対策をさらに強固なものにするとのこと。

 公爵家との婚姻が命がけのものになるとは…、みんなそうなの?


「そんなわけ、ないだろう」

 ルディス様にあっさり否定された。

「ラウフィーク侯爵令嬢が異常者なだけだ。普通はこんな騒ぎ、起こさない」

「だといいのですが…」

 一度あることは二度、三度と起こりそうで不安だ。

「心配しなくてもアリシャのことはオレが守る」

 ボッと顔が熱くなった。

 やめて~、イケメン光線に焼かれてしまう。

「あんな事があった直後だが…、サントマリー男爵家の調査に同行できそうか?」

「それは…、行きます」

 おそらく男爵はヴァイオレット様のことが好きで、好きだからこそ絶望して死を選んだ。

 人が一人、亡くなっているのに原因となったヴァイオレット様はすでに男爵のことなど忘れているような振る舞いだ。

 男爵家での調査がどのような結果になろうとも、同行した方が後悔しない気がする。

 この時は後味の悪い結末になるとは予想もしていなかった。




 男爵家の王都にある屋敷は簡素で最低限の手入れしかされていなかった。

 初老の夫婦が二人しかおらず、あとは通いで数人。通いの者達も高齢の者が多く、質素な生活をしていた。

「旦那様は食事は外で食べるからと、最低限の掃除と洗濯だけで良いとおっしゃっていました。通いの使用人もおりますが、住み込みは私達だけです」

 残された遺言により、男爵位は妹の子が受け継ぐ。妹夫婦が到着し準備が調ったら老夫婦には退職金が支払われて使用人達も入れ替えとなる。

 本当に妹の子が男爵位を継ぐかどうかは国が入って調整してからの話。

「わしら夫婦はいつ仕事をクビになってもおかしくない年齢ですから…。男爵様は優しい方でしたよ」

 そう言って屋敷の中を案内してくれた。

 調度品がほとんどなく、閑散とした室内だった。ここ一年は客を呼ぶこともなかったという。

 すでに第五騎士団の面々が屋敷内を調べている。

 日記も見つかり、ヴァイオレット様と出会い、人生が変わるほどの恋をしたと綴られていた。

 愛している人に『他の女を抱け』と命令されて…。

 どうやら私の他にも被害者が何人かいるようで、被害者なのに加害者で、加害者なのに…と何とも言えない気持ちになる。

 哀しい、哀しい、ただ…哀しい。

 美しいヴァイオレット様、残酷なヴァイオレット様、それでも愛しいヴァイオレット様。

 狂おしいほどの愛。

 他の女は抱きたくない。君に出会ってからは君だけが僕の全てなのに。

 そういった事が書きなぐられた日記を私も読ませてもらった。

 男爵の執務室も荷物が少なく、本当に必要な物しか置かれていない。機能的なデザインの机、椅子、棚…。

 棚には紅茶と思われるきれいに缶が並べられていた。私も商店で見たことのあるデザイン缶だ。円筒形で風景画が描かれている。

 それから白菫が描かれた油絵。薄紫色の可憐な花の絵はヴァイオレット様を想ってのことだろう。

 油絵は10号くらいのサイズですこし高い位置に飾ってある。

 バルディ様にお願いをして絵を外してもらった。

「額も外して調べたが何もなかった」

 何かあるのならここ…と思ったけど、何もなかったのなら気のせいか。

 元に戻そうと思ったが、なんとなく違和感というか。

「待ってください。額縁を完全に外してもらえますか?」

 額を外しても何の変哲もない油絵だ。木枠に画布が張られている。表から触れると絵具とは異なる凹凸があった。

「画布も外してください」

 バルディ様が布を外すと封書がはらりと落ちた。封はされていない。開いて読むと、乱雑な字で書かれている。


 君と出会ってから私の生活は一変した。

 男爵位である私が侯爵令嬢である君を手に入れられるとは思っていなかったけど、それで良かった。側にいたかった。

 無邪気に笑う君を見ていたかった。

 君が望むこと、すべて叶えてあげたかった。

 君が公爵令息と結婚したいと言った時も、本気でなんとかしてあげたいと思った。

 だけど…、日に日に辛くなってきた。

 出会った時は幸せだったのに、たった一年で私の心は真っ黒に塗りつぶされてしまった。

 毎日が苦しくて辛い。薬を飲んでも心が晴れない。

 君の幸せを願っているのに。

 同時に。

 殺してでも君を手に入れたいと欲している。




 バルディ様と一緒に男爵家を飛び出した。

 すでにサントマリー男爵は亡くなっている。直接、手を下せはしないが…、男爵の死因は毒物だ。菓子やお茶に忍ばせておけば、それが時限爆弾となる。

 間に合いますように…そう思っていたが。


 私達が着くよりも早く、ラウフィーク侯爵家より騎士団に訃報が届いた。

 ヴァイオレット様が突然死で亡くなった。

 不審な点はなかったという侯爵家に押し入るわけにはいかない。医師の診断書も提出され、近親者だけで葬儀が執り行われた。

 訃報から三日ですべてが終わってしまった。

 第五騎士団の代表としてお悔やみのために訪れると、ラウフィーク侯爵は少しだけホッとしたような顔をしていた。

「もともと我儘なところはありましたが…、この一年で別人のように変わってしまった。きっと娘も辛かったと思います」

 家具を壊し、使用人を傷つけ、それでもおさまらない怒りとはどれほどのものか。

 ラウフィーク侯爵はバルディ様と私にも迷惑をかけたと謝罪してくれた後。

「娘の部屋にあったものです」

 紅茶の缶を渡された。男爵家でも見たものだ。

「書棚の奥に隠されていました。うちの使用人が手配したものではありません。おそらく…ミリアン商会から購入したものでしょう」

 ミリアン商会はサントマリー男爵と懇意にしていた。そしてヴァイオレット様はサントマリー男爵の紹介でミリアン商会を利用していた。

 心臓が嫌な感じでドキドキしている。


 紅茶缶の中身、普通の紅茶じゃないってこと?




「普通の令嬢なら、もう、卒倒もんですよ、病みますよ。二度とごめんです。こんな目に合うくらいなら花嫁修業のほうがましです」

 大変だったね…と完全に他人事の顔で言うルディス様に、ビシッと言う。

「二度と事件に巻き込まないでください」

「でもね、結果的に今回も隠されていた手紙を見つけてしまったし」

「まぐれです」

「発見が早ければヴァイオレット嬢を助けられたかもしれないけど、死因は男爵が原因ではないかもね」

 苛烈な性格だったから、単純に恨みをかっていそうだ。

 とにかく、私は紅茶缶の中身なんて、知りませんっ。ヴァイオレット様は病死よ、病死、美人薄命っていうもの。

「ヴァイオレット様はとても可愛かったから、あれで性格が良ければ普通に幸せになれたのに」

「そうか?アリシャのほうが可愛いと思うぞ」

 いや、バルディ様、そこは空気読んで。

「今、そーゆーの、いらないです」

「耳まで真っ赤だ」

 全然、好きになんかなっていないのに、勝手に顔が赤くなって困る。ほんと、私の精神衛生のためにイケメンには半径五メートル以内に入ってほしくない。

 ルディス様も生暖かい目で見るの、やめてほしい。

「そんなアリシャ嬢に朗報。次の案件は事件ではありません」

「案件って…、その言い方がもう厄介ごと間違いなしですよね。無理です。私には何の力もありません」

「そう言わずに聞いてあげて。君達の結婚式のドレスを作ってくれるジフロフ子爵の困り事だ」

 バルディ様を見れば仕方なさそうに頷いている。

 面倒事は避けたいが物騒な事件ではないっぽい。嫌だけど。本当に嫌だけど、渋々、うなずいた。

閲覧ありがとうございました。

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