■水の巻 流転のエピローグ
今宵、大きな満月が夜空に浮かぶ。
月下には人影が一つ。誰だろうかとキリは注視しながら歩いていると、それがティユイであることに気がつく。
彼女とこうして面と向かうのはとても久しく思えた。ケイト脱出から今日までそれほど日数は経っていないというのにだ。
「どうして――」
どうしてここにいるのかとキリが訊ねようとすると、ティユイが胸に飛びこんでくる。
「ティユイ?」
「どうして」の問いかけが「どうした?」へと変わる。
「キリくんに逢いたくて……」
声が震えている。泣いているのか? キリは困った表情を浮かべる。幸いにしてティユイは顔を自分の胸に埋もれさせたままだ。
「俺も会いたかった。それで君に聞いてほしいんだ、話をさ」
「……私もです」
ティユイは顔をあげて、キリの顔を覗きこんでくる。
「俺が皇子らしいってのは聞いた?」
「はい。キリくんは私が年上なの知っていたんですか?」
「……知ってたよ」
「私はキリくんがモテているの知りませんでした」
「いや、それは……」
途端にキリは歯切れが悪くなる。
そうこうしているとティユイはキリの体から離れて月のあるほうへ行ってしまう。その方向にはキリが住む家があるのだ。
だが、一瞬だけキリは月がティユイをさらっていくのではないかと頭によぎる。
月を背にしたティユイがまばゆく輝いて見える。
彼女を繋ぎ止めておかなければとキリは思わず口に出す。
「ティユイ、結婚しよう」
ティユイは最初、目をぱちくりさせる。単純に驚いたのだろう。
「私でいいんですか?」
その言葉は「本当に?」と強調するような口調である。それは禁忌を犯すがごとく。警告のような調べ。
「私、キリくんの子供を作ってあげれません」
「それを言ったら、俺が皇子で海皇候補なんてのもおかしいじゃないか!」
キリは叫んでしまう。目頭のあたりが熱くなるのを彼は感じていた。
「俺はティユイと一緒にいたいんだよ……。そのための方法を探ろうとして何が悪いんだ」
キリはうなだれる。するとティユイが近づいてきて、その顔を胸に埋めさせる。
「キリくん、ありがとうございます」
「俺は何かができる誰かになりたかったはずだけど、これは違うって思うんだよ。俺には荷が重すぎてさ……」
「今晩はゆっくり話すとして。いきましょうか、キリくん」
ティユイはキリの手を優しく引いた。
月明かりに照らされるティユイの顔を見て、キリは絶対に手放したくないと思ってしまう。
だから、今宵は彼女に伝えよう。
いつまでも一緒にいようと。
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