■月輝読、起つ ◎ティユイ
異文明の人間が玉座に鎮座する黒い影を見たらどういう反応をするだろうか。文明によってはどうやって座っているのか理解できないと狂乱するかもしれない。
何でも鍵穴を合わせるように幾何学的に座らせているということであった。
もし異文明との接触があればラゲンシアを見せるのがいいとされているのはそのためだ。それで相手の文明レベルが理解できるという。
「これは?」
三角錐型の乗り物だろうか。翼らしきものが畳んであって、機体を支えている。
「リーバといいます。そうですね……空飛ぶクルマの呼称と思ってください」
機体について解説してくれたのは女性スタッフである。開発元の榊社から派遣されたと言っていた。
このリーバはコックピットになるそうだ。
人機というものがそもそも一個の確立した機体であり、内部にコックピットを組みこめない構造になっているらしい。
脱出ポットにもなるし、前腰部に接続される方が安全性も高いということだ。
「たしか機体が搭乗者を選ぶと聞きましたけど」
それはと女性はリーバのほうを指さす。機体下より座席が降りてきている。実際に乗ってみてくれということだった。
「リーバにはアシストしてくれる神使がいますから」
「わかりました」
ティユイはシンシという聞き慣れない言葉に首を傾げつつもリーバへと向かった。
指示があったとおり機体下にたどり着く。
すると上部のハッチが開いた箇所からアームが降りてきて先端から五指のように開く。
五指座席というものらしい。大きな指がティユイの背中からお尻の部分を包みこむように掴むと、そのまま開いた上部ハッチへ持ちあげられる。
シートの座り心地といっていいのかはわからないが、フィット感は悪くない。下部ハッチが閉まるとアームも止まり、座席が固定される。
明るかったコックピットは徐々に真っ暗になっていく。そう思っていると、視界の前方部分だけ画像が映し出されて、外の景色がスクリーンに映る。
それに伴って手元もぼんやり明るくなっていく。いったいどういう技術だというのか。『衝撃吸収気体注入確認。空気圧正常値確認』と頭の中に女性だか男性だかわからない声が響く。
『あなたは誰?』という言葉が頭に響く。
「モノベ・ティユイ。高校一年生です」と思わず返してしまう。
『音声確認。皇族の血統を確認。あなたはラゲンシアの搭乗者です』
認められたということか。本当に自身は皇女ということなのか。彼女にいまのところ実感はなさそうだ。
「はじめまして、ティユイ」
自分の目の前を黄色いスズメくらいの大きさの小鳥が翼を羽ばたかせながら滞空している。
「僕の名前はポリム。神使という名称を聞くのははじめてかい?」
ティユイは首を何度も縦に振る。
とりあえずびっくりして声がでないのだ。
「神使というのは人神機の付属品と思ってくれていい。役割は君のサポートをするのが主になる。他にも使い魔とか表現してもらってもいいね」
「サポート、ですか」
「基本的性能は人型であるかぎり量産型と大差ないよ。ただ演算処理能力があがっているんだ。その分、機体が意志を持っているかのように搭乗者を選ぶということも発生したけどね」
黄色い小鳥――ポリムは早口で饒舌に語る。
「つまり、あなたもその副産物的なものであると」
「そういうことさ」
ポリムが言うに自身は情報体を具現化させたものらしく“実体のある幻”という表現が適切ということらしい。それを言われてもますます意味がわからないというところだが。
「どうして意志があるんでしょうか?」
「では、そもそも意志とは何だと思う?」
質問に質問で返されてしまった。
「意志――心、ですか?」
「その心とはどこからくるのかだね。心は体の内にあると考えるのが当時は一般だった」
――しかし、違うとポリムは言う。
心とは体の内ではなく、外部との繋がりから発生するもの。
それは人と人の間だけでなく、人と空気の間にも発生する。
それは石と石の間にも発生する。
心は生命だけではない。モノにも備わっている機能である。
故に二つの間に心において壁はない。
それは世界と自身が繋がっているということを示していた。
世界とは全である。
そこに個は存在せず。
すべては繋がっている。
故に終わりはなく、世界は永遠である。
少女たちの祈りにより世界と繋がりを持った人機は人神機と呼ぶ。
はたして、それを心と呼んでいいのであろうか――。
「ティユイ、操作法はわかるかい?」
ポリムに問われてティユイは手元に視線を落とす。両手にはいつの間にかボール状のものが握られている。
マリモと呼ばれる操作機器である。これで世界共通のあらゆる機器が操作できるようになっている。
ボール状であるが五指の位置にスティック・スイッチが取りつけられており、ボタン操作を可能としている。またマリモそのものを上下左右に動かす操作にも対応しており、非常に複雑な操作にも対応している。
そのため人機の操作であれば本来は片手で十分であるのだが、予備動作の機器として左右に取りつけられている。
余談であるが、足での操作も可能である。もっとも、そういった操作をする人間は稀であるが。
――わかる。
ティユイは不思議と操作の方法を理解できた――いや、できていた。昔から知っていた。そんな感覚に襲われる。
「行きます」
その言葉のあと、ティユイの脳裏にフラッシュバックが起こる。
死にかけそうになりかけた。それを命がけで助けてくれた教官――それは紛れもなくレイアの姿だった。安堵した表情でこちらを覗きこんでいる。
「ごめんなさい、レイア長官」
「バカね。五体満足なことに感謝をなさい」
レイアは手を差しだしてきて、その手を自分は掴む。
かなり以前の出来事のはずだ。レイアはかつてといまも姿はそのままだった。これがひょっとしてティユイの母親の記憶なのだろうか。
リーバが浮きあがっている感覚が伝わってくる。その下では何か言いたげだが、それをこられるようにしてティユイを見守るレイアの姿があった。
黒い影が玉座より大地を揺らしながら起ちあがる。
「ラゲンシア、発進します」
ティユイの声がコックピット内に響く。
機体が起ちあがるとともにリーバは前腰部に接続される。
周囲にピキピキ、パキパキという陶器が割れたような音が間接部が動きに合わさり、シューッというエーテル吸引音、それとブーンというエーテルジェネレーターの重低音が響きわたる。
すでに黄昏時は終わり、暗夜が空を駆け巡る。
世界を覆う曇天は間もなく晴れようとしていた。
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