■ナーツァリの王女1 ◎キリ、カリン
アースカに奉納殿と呼ばれる神社がある。そこには皇室の秘宝と呼ばれる人機が納められている。
高さ三〇メートルはあるであろう鳥居をくぐると建屋があり、その中に鎮座している漆黒の人影。
それは隠り世の存在のごとく、其の地に在った。
――視られている。
キリは建屋に脚を踏み入れた瞬間にそう感じた。誰からだろうか?
ふと黒い人影を見あげる。
――まさかな。
キリはその可能性を否定する。あり得ないことのはずだからだ。
現状は可能性について考えるべきではない。任務を優先すべきだ。
それにしてもとキリはため息をつく。
せめて任務前にティユイと顔を合わせたかったとは思う。だが、レイア艦長から直々の任務である。従うべきは当然であった。
「祈りの時間だったな」
鎮座する漆黒の像の御前にて正座して対面する人の姿があった。
周辺に人の気配はない。
雨音が建屋の屋根を叩く音が響く。
正面は吹き抜けになっていて、緊急時のみシャッターが閉まるようになっている。外の雨音がよく響いて聞こえるのはそのためだ。
それ以外ではキリの足音があるだけ。
静寂があたりを支配する中でキリの視線は自然とその人物に寄せられる。
(女の子?)
キリ引き寄せられるような足取りで黒い人影の前に正座する女の子へ近づいていく。
祈りを捧げられる人機は特別な存在である。祈りを多く捧げられた人機には意志が宿る。意志が宿った人機は人神機と呼ばれる。
人神機とマグの性能差を単純比較しても、その差は指摘しづらい。意志があるのかないのかで性能差というものをどうやって比較しろというのか。
ただ、人機を人神機と呼ばれるにまで至らしめるには祈りを捧げなければならない。
祈る者は自らの生命を人機に捧げる。もちろん、すべてをというわけではない。ほんの少しだ。ほんの少しの生命を人機へ捧げるのだ。
この女の子のやっていることはそういうことだ。
そして、この黒い人影に祈りを捧げているのだ。そんな人物はこの世界でそんなにもいない。
彼女が纏っている衣装というのは和装の白衣に赤い袴という絵に描いたような巫女衣装である。
祈りが終わったのかゆっくり立ちあがろうとするが、体のバランスが崩れてよろける。それをキリが近寄って支える。
「大丈夫ですか?」
女の子の汗が額からうなじにかけて流れる。息も少し荒い。
「少し頑張りすぎたみたいです」
身長はティユイよりも少し高いくらいか。キリがちらりと垣間見た横顔はどこかあどけなさがある。くせっ毛のミディアムヘアは少ししっとりしていた。
「どうやらそのようだ。職務なのはわかるけど、命を削っているんだ。無理はいけない」
キリは女の子に肩を貸すために少し傾ける。
「お気遣い、ありがとうございます」
最初は少し戸惑った仕草をするも、すぐにキリの肩に女の子の重みが伝わってくる。
「建屋を出ましょうか、ホノカ・カリン王女殿下」
この場でナーツァリを象徴する赤い袴の巫女装束とくれば心当たりは一つしかなかった。
「ご存じだったんですね」
カリンは少し驚いたようだった。
「この場合、消去法でしょう」
キリは少し照れくさそうに笑う。女の子とここまで顔を近づける機会はそうそうない。
大きめのくりっとした瞳がたまにまばたきをしている。そのときに長いまつ毛が汗を弾いているのが垣間見えた。か細い体ながらも女性特有の柔らかさがキリに伝わってくる。
灯のように温かみのある少女だった。
「何か?」
カリンは顔だけを振り向けてくる。
思わず面と向かいあうことになったキリは心臓がバクつくのを抑えながら、何とか「いえ」という言葉が絞りだす。
「そこで照れるんですね」
カリンからおかしがられる。
それがなんともむずかゆかった。
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