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■夜の軍港より ◎ティユイ、シンク

ちょっと長いかもしれません。

 ティユイが人機について知ったことがある。

 一つは腕は飛ばない。

 二つは目からビームが出ない。

 三つは技名を叫ぶ必要がない。

 四つは単独飛行するのに別個の飛行端末なるものが必要である。

 五つはコックピットは分離式で前腰部にある。


 四つ目はシチュエーションによってはロマンの塊だ。

 五つ目は前腰部にあるということだが、それだけで何だか地中に埋まっていそうな印象である。つまり古代のロマン的な要素を感じていた。実際、建造されたのは数百年前らしいのだ。ティユイはニヤつくのを我慢できなかった。


 残りの三つに関しては心底残念であった。カテゴリーとしてはいわゆるスーパーロボットではなく、リアルロボットということになる。しかし、昨今ではその境も微妙である。あまり気にする要素ではないと判断する。


 そんなことを考えながら建物の外にいる。一方でレイアは一足先に艦へ行ったため、ここにはもういない。

 いまはシンクとティユイの二人でいる。


 ティユイはあれから簡単な運動検査を行った。シンクは護衛を兼ねた付き添いである。

 外はすっかり真っ暗であたりを照らしているのは外灯のみ。見上げれば星空がどこまでも広がっている。


 とても水母内――人工居住区内とは思えない。それを感じさせないということは恐ろしく広大ということなのだろう。しかし四季や昼夜の概念が存在するのは不思議だった。どういう仕組みなのだろうか。

 ちなみにいまは迎えの車両を待っているところだ。シンクは間もなく来ると言っている。


「ファランドールは軍艦なんですよね?」

「軍艦の条件は戦闘能力があることと、人機を五機搭載できること。ファランドールは紛れもなく軍艦だよ。しかも二〇〇年ぶりの新型艦だ」

 そういえばレイアがそんなことを言っていたなとティユイは思い出す。


「私の印象だと新型ってぽんぽんできるイメージですけど」

 少なくともティユイが視聴していたロボットアニメなんかはそうだった。

「現実では難しいかな。企画が通ったとしても製造から運用試験まであるんだから実用までは時間をかけるようにしている。いまの人類は資源も時間も無限にあるから二〇〇年くらいどうってことないのさ」

 寿命という概念は既にない。そう彼は告げている。


「どうして、そこまで時間をかけるんですか?」

「成果というものを個人のモノにしたがる連中が一定数いるんだよ。だから規模の大きいものは一世代で完結できないような仕事にするんだ。現在では天才という存在は勘違いだというのが一般認識だからね」


「天才はいないですか?」

「発明とは経験が群体として蓄積された結果、確率的に起こる現象。特定の誰かの成果ではないとされている」

「でも、それで大金持ちとかになってましたよ。しかも歴史の教科書に載ったりしますし」


「歴史上の人物にも同じことがいえる。彼らは単独で成果だしたわけじゃない。成果はあくまで群体がだすものであって、その代表者として名前を連ねているにすぎない」

「つまり、成功者というのは……」

「運がよかっただけということになるな。そりゃ多少の差異はあるかもしれないが、基本的には同じ姿形をしているんだから。その中に飛び抜けて優秀な個体がいるなんて、よくよく考えるとおかしいだろ」


 ――実際、新人類が現れたときに没落したのはホモ・サピエンス内のエリートと呼ばれる層である。新人類はホモ・サピエンスのエリートに対して、彼らが別段優れた存在でないことをデータで示した。エリートというのは人類の勘違いであると。

 新人類は個体を評価するのではなく、群体として評価する種であったたためである。


「データでどうやって示したんですか?」

「例えば歴史上の人物がある程度の年齢になったところで、別世界に転生させてみるとかだな。まあ大半の結果は……」

 シンクはそれ以上語ろうとしない。語るまでもないということか。


「現実の物語に主人公はいないんですね」

 ティユイは残念そうにため息をつく。

「それは違う。誰かが物語を語るかぎり主人公は必要だ」


 シンクは優しげに微笑む。そこでようやく車両がやってくる。屋根のないオープンのいかにも軍用という車両である。

 ティユイが目を丸くしたのは運転席と助手席に誰も乗っていないことだ。無人で動いている。


「自動運転は珍しいかい?」

「二〇二七年の段階で自動運転は未実装ですよ」

「そういえばそうだったな」

 常識がずれているというのはこういうことなのだろうとティユイは感じた。両者の当たり前が違うのだ。


 シンクが右側に座るとティユイは左側に座る。シートベルトは自分で締めるようになっていた。

 ティユイがシートベルトを締めるの確認して、シンクがコンソール操作をすると車両が発進する。


「この車両は艦の所有でね。艦内まで車両で行ってくれる」

「助かります」

 車両は時速で言うと四〇~五〇キロほど。それでも目的地まで距離があるようで停車する気配はまだない。


「ファランドールはこれから受領する手はずになっている。よって河童バハムート社のドックに行かなくちゃいけない。少し遠いのはそのためだな」

「企業が存在するんですね」

 国が未だに存在しているのだから、企業が存在していても不思議ではないかもしれない。


「軍事関係だと河童社を含めた三社が最大手になるかな。艦の建造になると仕切れるのはその三社に絞られる。事実として他の二社も新型艦を建造している」

 軍事に関しては大きな影響力を持っているとシンクは言う。


「お詳しいんですね」

「まあ、副長だからね」

 シンクは照れくさかったのか頬を掻きながら微笑を浮かべている。何故か大事なことをはぐらかさられたような気がティユイはした。


「ここから軍用の敷地じゃなくなるぞ」

「注意することはありますか?」

「特には。通告義務みたいなものだよ。先ほどの話にあったとおり河童社の私有地に入ったということだから、こちらの流儀が通じなくなる」


「力押しが通じないと?」

「軍隊とは民衆の支持があってこそ存続が可能になる組織であるというのが現在でもっとも常識的な見解だ。何の根拠もなしに力押しなんてやらないよ。そもそもお互い様の世界だ。仲良くやろうの精神だよ」


 そんな話をしていると明るい箇所へ徐々に近づいていく。夜ということもあってか明るさがより強調されている。

 まだ遠方なのにソレが巨大であることをティユイは十分に理解した。桟橋に接岸しており船体らしきものは半分ほど姿を見せて、それより下は海の中ということだろう。


「いまさらですけど、ファランドールというのは潜水艦の類ではありませんか?」

「そのとおり。クエタの海は死の世界。そこを行き来するのは潜水艦の役目になる。俺たち人類にとってはまさに命の方舟というわけだ」


 ライトに照らされて船体が青く塗装されているのはわかった。しかし近づくに連れて全体像がわからくなっていく。それくらい巨大だということだろう。

 船体の後方にあるハッチが開いており、そこから物資なんかを輸送するようだ。もう積みこみはほぼ終わっているようで人の出入りもまばらである。


 まだ、ハッチを閉めないということはティユイとシンクを待っているということなのだろう。

 車両はハッチへと向かっていく。


 ティユイは胸の高鳴りを抑えきれそうになかった。

 いよいよはじまるのだ。自分を探すための旅が。

お読みいただきありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします。

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