■水母の存在 ◎ティユイ、シンク、レイア
水母はくらげと読んでもらったら大丈夫です。
クラゲ表記でないのは生態系が違うものだからです。
演説後にティユイは三〇人くらい入れそうな広さの部屋に連れてこられていた。
連れてきたのはレイアだ。それと壇上にいた男性も同伴している。
ティユイからすれば通っていた学校の教室みたいな部屋というほうがしっくりくることだろう。対してレイアの説明はミーティングルームである。
教室という呼び方は現在に至っては狭義だからという理由であった。
「彼はコクラガワ・シンク。第一三独立部隊の旗艦ファランドール副長。実質ナンバーツーよ」
レイアがシンクを紹介する。それに合わせてシンクは笑みを浮かべて、ティユイに手を伸ばせば届くところまで歩み寄ってくる。
「レイア艦長から紹介にあったコクラガワ・シンクです。立場は彼女の紹介したとおりです」
シンクが手を差し出してくる。ティユイは相手が握手を望んでいるということを理解するのにしばらくの時間を要したが、ティユイは握手に応じた。
柔和で優しげな雰囲気で身なりを整えた姿は好意的な印象といえる。
年齢で言えばレイアと同じくらいだろう。にも拘わらず、年齢相応には見えない雰囲気を纏っているのを感じる。
「とりあえず座りましょうか」
「はい」
レイアから手近にあった椅子に座るよう促されて、ティユイはお尻を押さえてスカートを伸ばしながら座る。
「ティユイ、あなたは護衛対象です。よって私たちとともにファランドールに乗艦してもらいます」
レイアの口調からも決定事項ということなのだろう。もっともこの状況で拒否をする気もなかったが。
「話が性急すぎたな。ティユイ、君はどうして自分が軍に護衛されないといけないのかを理解していない状態にある。だから我々は君を保護下においたと考えてくれ」
「皆さんはいわゆる正義の味方ではないんですか?」
「損な役まわりを受け持ったという意味ではそうかもしれない」
シンクはニヤリと笑みを浮かべて、レイアに視線を向ける。レイアはぷくりと頬を膨らませてシンクを睨んでいる。まるで少女のようだった。
おそらく彼にしか見せない表情ではないだろうか。何となくそんな気がした。
「ティユイ、君の立場は軍が保護しないと守れないくらい危ういと考えてくれたらいい。君のことというより体制として君の扱いが真っ二つに割れている。絶賛、政争中の状態にあると考えてくれ」
「私を巡ってということに理解が追いついていませんが」
「いまはそれでいい。嫌でもそのうちわかるようになる」
そこで会話は一旦打ち止めとなる。その機を見てレイアはシンクに目配せする。
シンクは首肯して、再び話をはじめる。
「そちらの状況を理解したうえで無理なお願いがある。君にこれから発令される作戦に参加を要請したい」
民間人である自分が実は皇女で、軍の作戦に参加ときている。ここまでくると自分はフィクションの住人ではいかと疑ってしまう。
「現実だよ。起こるべくして起こっている現実だ」
シンクは迷いもなく言い放つ。虚言などではなく、確信に満ちた口調だった。
「参加するかどうか、とりあえず作戦内容を聞いてから判断してほしい」
白い壁の一面が黒に変わる。続いていくつかの点がポツポツと映し出される。点にはそれぞれ奥行きがあり立体的である。立体画像というのは飛び出してくるというイメージなのだが、この立体画像は奥行きがあるような感じだった。それでいて点がどの位置にいるのか不思議とティユイは理解できた。
「これから我々は旗艦ファランドールにてケイトを出港する。それから目的地であるアースカへ向かう。アースカにあるモノを入手して、ブカクへ帰港というのが大雑把なスケジュールだ」
ブカク? アースカ? ケイト? 今更ながら意味不明な単語の羅列にティユイは混乱するしかない。
こんなときにまわりの空間が急に暗転して、例の便利な解説がはじまるわけだ。
――正式名称は水母式居住与地という。一般的には水母の名称で呼ばれている。
クエタの海は物質世界をエーテルへ昇華させてしまう。物質を保つためにエーテルを物質の中間に変換して被膜を張る必要がある。
水母にはその機能が備わっている。
水母はクラゲをもとに造られた人工生命である。エーテル被膜を生成することでクエタの海に吸収されないようになっている。
水母の傘の中に生物は暮らせるようになっており中心部が海、外縁部は地上になっている。
そうか水母が人間が住む場所になっているのだ。ティユイはそう理解した。自分の好きなSFロボットものでいうスペースコロニー的なものなのだ。
要は機械的なものの中ではなく、生物的なものの中で生活しているということなのだろう。
――実際、生殖機能も備わっているし寿命もある。生物と見ていいだろう。
わざわざ補足してくれたことにティユイは感心をした。
――この水母にはそれぞれ名前がついており、それが先ほどのブカクやアースカの名称となる。
あなたがいる水母はケイトと呼ばれている。
空間の暗転がここで終わる。いや、切り替わると言った方が耳聡いかもしれない。
「おかえり」
シンクから声がかかる。
「どうも。ただいま戻りました」
相当な時間をブラックアウトしていた気がする。どれくらい時間が経過したのか確認してみると一分も経過していなかった。体感時間では一分ということはないはずだとティユイは思っていた。
「時間の経過は情報量によって変わる。この世界では常識になっているわ」
覚えておくようにとレイアは言うが、ティユイにとってはしっくりこない話だった。それに気がついたレイアはシンクから話すよう目配せする。
「一般的に情報量の多いものの近くにいると時間の経過は遅くなる。ただ枝繋式による情報の移動によって、実体時間の流れに関係なく大量の情報を送れるようになった。体感時間の差異はそれが原因だな」
この話の内容だと時間の経過というものが個々人によって違うということになる。しかし、そうなると時間とはなんぞやという話になるのではないだろうか。
するとレイアからドリンクの入ったコップが差し出される。すこしざらつきのある変わった感触だった。
「それは飲み終えると消えてなくなるコップよ。一旦、休憩しましょうか」
しばしの休息だった。
話はまだ続くのだ。
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