■新人類 ◎ティユイ
最初に枝繋式はしけいしきと読みます。
暗くて深い海の底に意識が沈んでいくような感覚をティユイは味わっていた。
――この声が聞こえるだろうか。
「聞こえます」とティユイは答えた。だが、それは自身の口から発せられたものではない。そもそもいまの自分に口があるのかも疑問である。では、どうやってしゃべっているのかというとうまく説明もできない。
――ようこそ、モノベ・ティユイ。ヒイラギ・レイアより新人類についての説明を一通り行うよう言われている。
声は男性のようにあるが、女性のようにもある。声が重複してどうとでも聞こえてしまう。おそらく意識をすれば、どのような声にでもなるのではないだろうか。
ただ、理解したのはこの声がガイダンスをしてくれるのであろうということだけだ。
「よろしくお願いします」と言った瞬間に話ははじまった。
――新人類の特徴は大脳皮質の縮小にある。結果として原始脳の一部が隙間が露出して“クエタの海”を認識できるようになった。
「クエタの海?」
――分子、原子、量子……。それらを構成するものと理解してもらえればいい。
むしろティユイからすれば分子、原子、量子こそが物質を構成し、世界を成しているものという認識であった。
「クエタの海を認識したら人類はどうなったんですか?」
――結果的に空間の認識が変わった。クエタの海はいわゆる世界を指す言葉だ。クエタの海を構成するものはエーテルと呼ばれる。
「エーテル?」
その疑問に答える形で、拳ほどの大きさの水球が現れる。おそらくただの水ではないのだろう。
――情報流動体という言葉に充てられたのがエーテルだ。エーテルとは情報が形を成していない状態を指す。
その水球のまわりに少し小さめの水球がいくつも現れる。すると中心点に対して水球が集合し、一つの水球になる。それで驚いたのは大きくなることがなかったことだ。
――特徴として、離れているエーテルは大きなものを中心として、小さなものが惹かれ合い結合して、収束するという特性がある。それが引力と呼ばれるものだ。
――他にも物質はエーテルに溶けるという特性がある。
飛行機が現れてエーテルの水球に吸い込まれると、本当に溶けてしまった。
――物質は情報の固定化を指す。固定化された情報は総量が固定されて、情報量が情報流動体に比べて少ない。
よって溶ける。ということは、自分がクエタの海に触れることがあればどうなるだろうか?
――当然、溶ける。物質は情報流動体の一部に過ぎない。この場合は還元されるというほうが適切なのだろう。
「現在、クエタの海に触れる機会はあるんでしょうか?」
――君のいる世界のほとんどはクエタの海が占めている。その気になればいつでも触れることは可能だ。
笑えない話である。これ以上は怖い話しか出てこないのではないだろうか。そろそろ話を変えたいところだ。
「最初の話に戻りますけど、どうして大脳皮質は縮小したんでしょうか?」
――ヴラシオとの接触が大きいと言われている。ヴラシオから送られてくる情報は従来の文字認識では解読できなかった。そのためには原始脳の活用が必要だったようだ。原始脳が大脳皮質に覆われていることによって阻害されていた能力があった。それこそがクエタの海のアクセスなのだ。結果的にクエタの海に記憶容量を預けられるようになった。
つまり、どういうことだろうか?
――当然、記憶容量をクエタの海から引き出すことが可能となった。それで起こったのが親の記憶が子に引き継がれるという現象だ。
「学校に行かなくてよさそうですね」
率直な感想が口に出てしまった。何せ読み書きが苦手だったからだ。
――ホモ・サピエンスの文字は二次元文字と呼ばれる。新人類は文字を三次元化して枝繋式へと昇華させた。読み書きが苦手であったというのは二次元文字の情報量が圧倒的に不足していたためだったと言われている。
ティユイの目の前に黒いもじゃもじゃした球体のようなものが現れる。よく見るとそれが細かいドットの集合体であることに気がつく。おそらく、これが枝繋式なのだろう。
実際、彼女はその黒いもじゃもじゃを情報と認識できた。
――枝繋式の認知により情報の高圧縮が可能となった。極めて小さな容量で膨大な情報量を扱えるようになった。
文字を空間に描くことから文章の始点も不要になり、新人類からすれば容量が膨大なだけで解読に時間も要しなかった。
以上がここ千年の間に行った人類の認知革命ということらしい。では、人類はここ千年の間に何を経験したというのだろうか。
話はここで一旦終わった。
お読みいただきありがとうございます。
引き続きよろしくお願いします。
感想、評価、お気に入り登録も今後の励みになりますので、ぜひお願いします。




