■彼方への旅立
ガレイは目を開くと全身に炎をまとった紅の鳥がいた。
「目が覚めたかい、種を蒔く者よ」
「何だ、貴様は? 俺はこれから別世界で王となり君臨するのだ。邪魔をするな」
「残念だけど、その予定は変更になったよ。とある少女たっての希望により君はあらゆる世界を巡ってもらう」
「何だと?」
「僕はこれから君に因子を与える。あらゆる世界で君に接触した者に何かが起こるという因子だ」
「ほう。悪くないな」
「勘違いしないでほしい。君は因子を与えるだけで、どこへ行っても常に平凡な役まわりだよ。その代わり、君は常に人間として転生して巡っていくことになる」
「俺にあらゆる世界の出来事が蓄積されるということだろう。成功が約束されたようなものだ!」
「いや。君には常に虫けらのような人生を送ってもらう。それが彼女より君に与えられた罰だ」
――君は私の遣い。
ガレイの視界はぐにゃりと歪む。
――あらゆる世界を私は駆けよう。あらゆる姿であなたたちを見守ろう。私は炎を纏いし鳳凰。世界は繋がり、やがて一つになるのだ。
ガレイの中にあらゆる瞬間が流れこんでくる。
――あるとき誰かの腹をナイフで刺した。
――別の生ではトラックに乗っているときに居眠りをして人を轢いた。
――ある人が落としたハンカチを拾って届けた。
自分はどんな人生でも平凡ですらなく、うだつのあがらない生き方をしていた。そして自分がそうした人間たちは異世界へ転生をしたり、あるいは独裁者になったり、戦争を引き起こす原因であったりした。
「私の人生の汚点はあなたという人間に出会ってしまったこと。だから、あなたの前で自殺するの。自殺って悪い思い出を殺すってことなのよ。自殺は不幸な人の行為なんかじゃない。幸せを掴むための行為なのよ」
そう言って彼女は言葉通り自死をした。
――もういい! もうたくさんだ! 俺はこんな人生を望んでいない!
『ダメだよ。君は永久に繰り返すんだ。あらゆる世界で因子を蒔きながらね。君はどの世界でも前世の記憶を何一つ生かせないまま惨めに死んでいくんだ。そんな君を永遠に見守ることが僕の役目さ』
様々な人生が地獄のように押し寄せてくる。もうたくさんだと思っても逃れられない。それがいつまでも続くのだ。
いつまでも――。
――◇◇◇――
キリが紫宸殿を出るとそこには戦友たちの姿があり、皆が安堵の表情を浮かべていた。
ふと、ルディ、アズミ、ホノエ、キハラの姿が目に映るもすぐにゆらりと消える。
「キリ!」
胸の中にニィナが飛びこんでくる。
「よかった。本当によかった」
胸の中で震える彼女の頭を優しく撫でる。
「言っただろ。帰ってくるって」
「うん。でも、平気なの?」
ニィナは顔を見あげて訊ねてくる。するとキリは少し目を見開いたあとに少し笑う。
「平気とは言えないけど、……たぶん大丈夫だ」
キリはニィナの手を取り建礼門を出る。正面には片膝立ちをしたヴラシオの姿。そして御所を囲うようにして多くの人々が集まっていた。
口々に彼らは海皇の帰還に祝福の言葉を贈ってくる。海皇が帰還を果たした瞬間であった。
群青が広がり、陽光が降りそそぐ。
思えば、あの日もこうだったとキリは空を見あげて思い返すのであった。
次回で最終話となります。
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