■此方よりの帰還
御所への道中。もう街中へヴラシオは入っていた。
「キリ、お別れだよ」
「ポリム、行くのか?」
「僕はティユイとの約束を守るつもりだ。君は自分の生きる道を歩むといい」
ポリムの言葉にキリは頷く。
「生きるとは自分は一つではなく、すべては繋がっているという実感を得ることだよ。それだけでいいんだ」
キリの目の前をポリムが羽ばたくと全身に炎をまとっていく。
「僕はこれからも君を――君たちを遠くて近いところから見守っていよう。新たな海皇よ、君には改めてヴラシオを託そう。本当によく頑張ってくれた」
再度、ポリムが羽ばたくとコックピットをすり抜けて飛び去っていく。
「いままでありがとう。そしてさようなら、ポリム――鳳凰と呼ばれしあらゆる世界を巡り繋ぐ者よ」
キリはぽつりと一言つぶやき、ポリムを見送る。
それからしばらくして嵐が嘘のようにピタリと止む。その雲の合間から陽光が御所までの道を照らす。
建礼門が開くのがこちらからも見えた。目的の地は間もなくである。
――◇◇◇――
嵐の中、ガレイは何もできない状況に焦れていた。
「アスア皇女はもう来ているのであったな!」
侍従を強引に払い除けてガレイはアスアのいる部屋へ向かおうとする。その進行を遮ったのはミキナである。
「お待ちください」
「うるさい!」
もう躊躇などできるものか。ガレイは服を脱ぎはじめて一糸まとわぬ姿となる。
「お待ちください。アスア皇女のことでお伝えすることがございます」
「……何だ?」
ガレイはすごみを持たせてミキナを睨む。しかし、それに対してたじろいだりする様子はない。それがガレイの勘に障る。
「アスア皇女の懐妊が確認されました」
「嘘をつくな」
「この状況で虚偽を報告する必要が?」
何のために一月はここに連れてこなかったのか。ガレイは徐々にその理由に気がついていく。
「……誰の子か?」
「説明する必要があるとは思えません」
わかるでしょとばかりの口調にガレイは否が応でも察した。
この状況でアスアを襲ったとしても決してよくはならないどころか悪化することくらいはわかった。
「貴様ぁ! 謀ったな!」
襲いかかってくるガレイにミキナは迷うことなく銃を引き金を引く。銃弾が耳をそがれて血が流れる。
「それともう一つ。私も懐妊しました。誰の子かお伝えしましょうか?」
ミキナは愉快そうに笑顔を浮かべる。ガレイはどんな表情になっていただろうか。
「あなたのそんな表情が見たかった。あなたはお母様をクーゼルエルガに捧げましたよね。自分の都合の悪いことはゴミ箱に捨てるようにね」
「だ、黙れ!」
窓から日の光が射しこむ。
「ヴラシオが到着したんですね。どうしますか?」
「くぅ……」
ガレイは呻くとミキナから背を向けて走りだす。行き先は転移装置のある地下室だ。
――自分に逆らう者はすべてクーゼルエルガで永久の苦しみを与えてきてやった。これからもみんなそうしてやるつもりでいた。
だが、それはもう叶わない。
――自分の思い通りならない世界なら自分はいらない。もうこんな世界に用はない。
地下室へ到着するとガレイが入れるくらいのカプセルがあった。ガレイはコンソールを叩いてから慌ただしくカプセルへ入る。
カプセルが閉じると内部に黄色い液体が満ち満ちていく。
「これで誰も俺を裁けぬ。裁くなどさせるものか。俺はこの世界を統べる王となるのだ」
――どうして? どうして誰かを支配しようとするの?
そんな問いかけが耳を風のように通り過ぎた気がした。そして、ガレイは気がつく。カプセルのガラス一枚越しに見つめてくる少年の姿に。間違いないキリである。
「あなたはきっとここにくると教えてもらった」
怒るでもなく、悲しむでもなく、さりとて憎んでいるという様子もない。静けさを讃えた瞳で見つめてくる。
「小僧、貴様のような人間に海皇の役目が務まると思うなよ」
「どうしてそう思う?」
「俺のように能力のある者こそが支配者としてあるべき姿だからだ」
「能力とは何だ? 能力があるというのなら、ここに残って自分が有能であると証明すればいい」
「残れば貴様らは俺を罪人として裁くだろうが!」
「優れた能力があるからといってとあなたが何をしてもいいわけではない。皆があなたに贖罪を望むのであれば、あなたは答えるべきではないのか?」
「愚かな民衆が崇高なる私を裁ける権利などあるはずがない。貴様らのように血統で権威を維持しようなど古い時代の因習をいまだに支持しているような者どもにはな」
「しかし、その因習こそ長きに渡って維持されてきた。古きものだからといって優れていないという説明にはならない。むしろあなたの言う能力がある者こそが権力も権威も手中に収めるべきという根拠は何だ? なぜ個人の能力で決める必要がある?」
「愚かな者たちは優れたる者が導くようにできているのだ。それが私だ。ソウジ家の長年の夢を実現するために不老不死体を手に入れ、邪魔する者はすべて粛正してきた」
「それは能力によるものではなく、あなたのエゴが生みだした行動の結果だ。それともあなたはそれが自身の能力であると思っているのか?」
「黙れ、小僧! 不老不死体の俺が永久に貴様らを支配してやると言っているのだぞ!」
「だが、あなたの支配を望む者は少ない」
「だからこそ蹂躙し、嬲るのではないか! 服従心が芽生えるまでな。それこそがこの世界を意のままにできる支配者の姿よ」
「そうか。他者の干渉があって思い通りにはならず、時には寄り添い離れる。それが世界の有り様ではないのか? あなたの言う世界が俺にとっては矮小な世界に映るが、あなたには素晴らしい世界なんだな」
「ふん。何とでも言うがいい。俺はもうこの世界を去るのだからな」
「そうだな。ならば行くといい。あなたの一族は我々が丁重にお奉りしよう。よき護国の神として。安心して旅立つといい。あなたに罰を与えるのは我々ではない。さようなら、ソウジ・ガレイ。さようなら最後のホモ・サピエンスよ」
ガレイは何かを言おうとしたが、そこで意識は暗転した。
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