■歯車はまだ廻る
「どういうことかぁっ!」
ガレイは玉座の肘つきをドンと叩いた。それを報告に来ていたのであろうダイトは顔をあげようとせず正座で下を見たままである。
「父上、落ち着きを」
「これで落ち着いていられるというのか。あんな、どこにでもいそうな小僧がヴラシオに乗ったのだぞ! これでは俺が海皇の座に着くという根拠が失われるではないか!」
「そのためのクーゼルエルガであります。ミキナからアスア皇女を確保したという報告も受けております。まだ、終わりではございません」
努めて冷静に伝えるもガレイは顔を真っ赤にしながら目を見開いてダイトを睨んでくる。
そうは言ったものの趨勢は圧倒的に不利であった。たしかにまだ機会は十分にある。だが、犠牲がそれに見合うものかはダイトでも判断がつかない。
それほどにガレイへの支持が低い。やはりガレイの虐殺と呼ばれる一件が効いているのだ。もっともこれは身から出た錆とも言えるのであるが。その点は擁護のしようもなかった。
「新生四天王と名乗らせておきながら何の役にも立たん連中だった。それどころか俺を窮地に立たせるとは御しがたい連中だ。ダイトよ。貴様は自らの役割をわかっていような」
「もちろんです。そのために私は妻や子をクーゼルエルガに捧げました」
「おお、よくぞ覚悟をしてくれた。お前には期待している。お前だけが頼りだ」
「はっ。身に余るお言葉です」
「いままで色んな自分の子供を見てきたが、やはりお前こそが最高の息子だ。それにくらべてミキナときたら……。だが、アスア皇女の確保は大義であった」
ガレイは落ち着きを取り戻しつつあった。それにダイトは思わず安堵する。とにかくガレイは気に入らないことがあるとモノにあたる傾向があった。
それにしてもとダイトは室内を見渡す。なるほど。ヒズルから伝え聞く通りである。派手な室内に豪華な玉座。正直、この場では相応しい装飾とは思えないというのがダイトの思うところである。
とはいえ、せっかく機嫌が直ったのだ。いまさら悪くする必要もない。ここは合わせておくほうがいいだろう。
「して、オーハンのほうはどうするおつもりですか?」
「トウキのほうは抑えてある。問題ないだろう」
そうではなく、皇位をガレイが就くことについて人々の納得を得ているかという問題がある。この信任が得られなければガレイは皇位を簒奪したと見なされる。
千年の間に培ってきたソウジ家が皇位を得るロジックは現在、崩れている状態である。ヴラシオに乗れた人間が男性なのであれば、それはその者が皇系の資格ありであることを示すものである。何より乗りこんだということは皇位を継ぐ意志ありということだ。
つまり皇系の問題はすでに解決済みになったのである。この状態でガレイが訴えが届くであろうか。それについてはもはや未知数というのは優しい物言いである。
レイアたちはケイトへ来る。それは間違いない。ただ、そこに至るまでに彼らが仕掛けてくるのは違いなかった。
対してガレイ側にどれほどの者が残ることであろうか。いずれにしても態勢が不利な状況は続く。もう追いつめられた段階なのだ。
きっとレイアたちはずっとこの瞬間を狙っていたはずだ。それこそソウジ家が皇家の血統を締めあげて男児が生まれず、女児だけが生まれるという瞬間と同様に簒奪を仕掛けようと表だって動きだす瞬間を。
そして世にソウジ家の行いをさらけ出し、審判を受けさせようというのだ。
「最後に笑うのは俺だ。そのためなら何でもやってやる。その尖兵をダイトよ、お前が務めてみせよ」
ガレイはたったいま自分に苦痛の中に身を置いて存在を消滅させよと言ったのである。それに対してダイトは一言「御意に」と答えるのである。
ダイトはどうあれ最後までこの父親であるガレイの尖兵をもとより貫くと決めているのである。
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