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■稲妻より出づる

 ――生意気な女だ。たしかに覚えたぞ。あちらの世界でたっぷり可愛がってやるからな。


 スムはいやらしい笑みを浮かべている。そんな時だった。


 グリオンが通った地面のほうから光が漏れはじめて、やがて天上へと一閃の稲妻が繋がっていく。


 雷鳴が鈴の音のようにしゃんしゃんと鳴り響く。その稲妻を辿っていくようにガルダートが天空へとのぼっていく。


 鈴の音は徐々に大きくなってあたりに響きわたり、呼応するように暗雲が裂けて光が漏れて地上へと降り注ぎはじめる。


「な、何だ? 何が起こっているんだ?」

 スムは状況に混乱しはじめていた。


 空の裂け目から遥か時空の彼方へと追いやったはずのヴラシオがゆっくりと舞い降りてくる。


「馬鹿な!? ビッグバンの威力を耐えたなんてありえない!」

 スムは悲痛な叫び声をあげる。そして土塊であったヴラシオが人の姿になっていることに気がつく。


「ふ、ふん。だが、ずいぶんと貧相な姿じゃないか。そんな姿で僕のグリオンと戦えるものか」

 スムの指摘通りヴラシオの関節部分は土塊が挟まって可動範囲もかぎられている。くすんだ土器のようだ。とても動くように見えなかった。


「まあいいさ。今度こそ完膚なきにまで存在を――」

 スムは言いかけて口をつぐむ。


 ヴラシオから産声のような声が世界の果てまでも響きわたるようだった。


 それとともに土塊に亀裂が入り、それは幾何学的な文様が浮きあがると合間から金色の光があふれ出す。


 瞳の部分の土塊がぼろりと落ちる。そこにはたしかな意思をスムは感じ、背筋がぞくりとなるのを感じた。

「ひっ」とスムは悲鳴をあげる。


 ヴラシオの土塊は徐々にはがれて、黄金の粒子となって舞いあがっていく。同時に機体は地上へとゆっくり向かっていく。


 その全貌があきらかになったときスムは絶句せざるをえなかった。


 全身が黄金のボディ。それはまさしく陽光の煌めきを放ち、世界中をまばゆいばかりの天の光で照らす。そのまばゆさにスムは目を覆うほどである。


 像は定まらず――人間のような口があるようにも思えたら、口元はマスクに覆われているようにも思える。

 二本の角があるかと思えば一本のようにもあり、あるいは冠を被っているようでもあった。

 鋭角のボディがときに丸みを帯びたものに変化する。ヒロイックな姿であると思えば、やけに無骨で兵器のようにもあるし、妙に古めかしいようにもある。


 外見は千変万化して姿は一定に定まらず印象は常に変わる。それはかつて自身がどこかで見た姿でもあるように思える。唯一、変わらないのは双眸に映る意思をたたえた瞳だけである。


「僕は何を見せられているんだ?」

 信じられないモノを見せつけられている気分であった。


 ヴラシオが右手の人差し指の先に一つの空間が映る。それがヴラシオを引きずりこんだビッグバンを起こした空間であることにはすぐにスムは気がついた。


 そして彼は理解する。宇宙とは無限に存在するのだということを。その中の一つにヴラシオを閉じこめたはずだった。しかし、それは思い違いだった。


 ヴラシオを閉じこめるにはソレはあまりに矮小であったのだ。自分は一人で何でもできるという思いこみ。エゴだけ肥大して驕り高ぶった自身の姿を否が応でも見せつけられる。


 スムは雄叫びをあげる。自身がここに存在していることをまわりに伝えるために。何よりヴラシオに挑むために。


 グリオンが拳をヴラシオに向けて振りおろす。

「圧壊しろ!」


 衝撃破によって拳が振りおろされた地面は亀裂が入り、クレーターができる。だが、ヴラシオを潰した手応えは感じられない。


 そう。ヴラシオはグリオンの巨体から繰り出される拳を左手一本で受け止めていた。それも力を振り絞った様子はなく、直立のまま羽でも受け止めているかのように軽々とである。


 それからヴラシオの背面にマウントされていた翼のようなスラスターが開き、黄金の粒子がスラスターから噴出される。


「なんてパワーだ!?」

 フルパワーで押してもビクともしないどころか逆にグリオンは押し返されはじめ、こちらが踏ん張らないと転倒させられそうだった。


 スムはグリオンの背後にアージの外へ出る異空間転移の扉を開く。ここは一時撤退がいいだろうと考えたためだ。


「ふふっ。お前はこの水母ごと消し去ってやる」

 捨て台詞を吐いてスムは異空間へと逃げこむ。移動そのものは一瞬である。アージの水母から少し離れたところにアージの水母が見える。


 だが、その視界を遮るがごとくヴラシオの姿もあった。

「何でお前がここにいるんだ!」


 スムが混乱をきたしているとガルダートがどこからともなくヴラシオのまわりを無軌道に飛びまわる。その前両足と後ろ両足には銃、盾、それに剣が二本握られていてヴラシオに渡していく。


「あの龍のメカはさっき潰してやったはずだ。どうしてああも動けるんだ?」


 香具山(カグヤマ)という銘の銃。

 細石(サザレイシ)という銘の盾。

 白焔(シロホムラ)という銘のツルギが二本。


 カグヤマにサザレイシを装着してシロホムラは両腰脇にマウントされる。


 ヴラシオがスラスターを広げると黄金の粒子が舞いあがる。左腰にマウントされたシロホムラを抜き放つと黒い炎のようにゆらめいた刀身が白銀の光をまとっていく。


 ヴラシオの双眸がグリオンを捉えて、右肩が少し落ちて盾を前面に構える。左手はツルギを突きたてながら、スラスターから噴出される粒子を翼のように広げながら突き進んでくる。


「うわあああっ!」

 スムは拳を振りあげるもヴラシオは体を回転させながら、腕のまわりぐるりとかいくぐって前進してくる。


 グリオンの分厚い胸板があるというのにヴラシオは減速することもなく、むしろ加速して突っこんでくる。


 グリオンの胸部に触れるあたりまで接近してきたヴラシオは盾のを当てこみながら押し出す。


 そしてツルギを突きたてられると胸部装甲表面から、内部にかけて分解されていくのがわかってしまう。ヴラシオが胸部をぶち抜こうとしているのはあきらかであった。


「よくも!」

 ヴラシオはグリオンの胸部から背中までを天上まで昇るように打ち貫く。振り向きざまにこちらへ顔を向けたかと思うと、アージの方へすぐに飛び去っていってしまった。


 もう勝負はついたとばかりにである。


「そ、それで勝ったつもりか!? このグリオンは複合の知的生命体の集まりなんだぞ。たかだか胸部に穴を開けられたくらいで……」


 そこでスムは気がつく。グリオンの体組織が徐々に崩壊していることに。

「な、何でだ!?」


 複合知的生命体は個々へと戻っていき、分離をはじめていた。先ほどのヴラシオの一撃のせいだろうか。クエタの海に存在が溶けはじめていく。


 それはやがてグリオンが消滅して、自身をもクエタの海に還ることを意味している。


 気がつけばスムはもうそこにはいなかった。

お読みいただきありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします。

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