■夢の中へ ◎キリ、ルディ、マシロ
カナヒラ邸にある寝室の一つ。ベッドが二つ並んでいて、窓際のほうにユミリが寝間着の状態で起きる気配はない。
「説明したとおりだ。ユミリの体感時間では一時間も経過していないそうだ」
ルディとキリはユミリの横で話をはじめる。
「時間庫に入っているようなものか。ユミリの周辺だけそうなっているんだろうけど、どうしてそんなことになったんだ?」
「眠り姫の原理だと聞いている。まわりとの――心の接触まで絶ってしまえば熱量を抑えこめると」
時間の流れを遅くするのは原理がわかってしまえば難しい話ではない。現在の技術レベルではもはや陳腐化しているほどだ。
「ユミリは自分でそれを?」
「おそらくな」
「このままってわけにもいかないよなぁ……」
キリがユミリに顔を少し近づけながらぼやいた。
「ためしにやってみるか、口づけを」
ルディは真面目な顔で言うものだから反応に困ってしまうキリであった。
「やめとく。起きなかったら恥ずかしいし、それこそ目を覚ましたら何を言われるやら」
「それもそうか。気が強いからな」
昔から困ったところがあるとルディは小声でつけ足す。
「話は聞かせてもらったよ」
室内にマシロが入ってくる。
「やはり夢に干渉するのが一番だろうね」
「可能なのか?」
「閉ざせるのであれば逆も可能さ」
――夢とは?
クエタの海に意識がもっとも近づく瞬間であると言われている。つまり夢を見ているとき他の干渉を受けている。思った通りの夢を見られない――そもそも思った通りの夢というものが理解できない。
その他の干渉を受けないようにすれば外界との繋がりを絶ち、自らのありたい世界を創り閉じこもることができる。ただし、それは恐ろしく矮小なものであるという。
「やり方としてはユミリの意識をこじ開けて、キリがバイパスになる」
「具体的には?」
「キリはとりあえずそのベッドに寝転ぶんだ」
「……? わかった」
キリは首を傾げつつも空いているベッドに寝転ぶ。
するとマシロが赤い糸を取りだしてキリの小指に結ぶとユミリにもう片方をユミリに結ぶ。
「……何をしているんだ?」
ルディが訊ねる。
「古来より運命の相手とは互いの小指と小指を通して赤い糸で結ばれているという。君にはこれが意味のない行為だと思うかい?」
「意味があるようには思えないが」
「それはそうかもね」
真面目に答えられてマシロは苦笑いを浮かべる。
「キリ、君は間もなく眠ってしまうだろう。ようく聞くんだ。ユミリの意識が君に流れこんでくる。つまり君の思い描く世界へ彼女がやってくるということだ。まずは目が醒めたら、それが夢であると自覚をすること。そうすれば多少の制御は利くようになるからね」
「自覚できないと夢の住人のままか……」
「きっと僕たちも干渉するだろうから思い通りにならないよ。夢も目標もそうだろう?」
「……そうかもな」
キリは瞼が重くなっていくのを感じていく。
「いってらっしゃい。必ずユミリを連れ戻すんだよ」
そこでキリの意識は途切れる。
「さて、僕らは部屋を出ようか」とマシロはルディの服の裾を引っ張る。
「これからどうなるんだ?」
「夢での繋がりは物理的に距離が近いほうが干渉は強いとされている。扉一枚とは言えど僕らは二人から少し距離を離れるべきなんだ。もちろん干渉はするけどね」
ムフフと意地悪な笑みをマシロは浮かべる。
「屋敷にみんなを集めたのはそれか?」
屋敷にはファランドール隊だけではない。レギルヨルド隊やスヴァンヒルト隊の面々も招かれていた。
「せっかくだ。みんなで参加してやろうじゃないか。古来より引きこもった娘を外へ連れ出すのは祭囃子と決まっているのさ」




