■冬の星月夜 ◎キリ、リルハ
王宮の建物は一階建てで屋根が高くならないように設計してあり、丘の上であることが多い。そのため夜に外へ出ると天気さえよければ満天の星空が見られる。
街からも少し離れているし、王宮内に人がほとんどいないというのもあって、灯りはあまり届かない。
宮中の中庭は開けているので特によく眺めることができた。
キリはこんな星空をいままで見たことがあっただろうかと思うほどである。
「ダイツに住んでいたのに知らなかったんだ」
「夜の王宮を出歩ける人間が世にどれだけいると思っているんだよ……」
勝ち誇ったようなリルハにキリは呆れかえる。
二人の吐く息は白い。チオルたちはもう寝ているようで寝室は暗くなっていた。
「星空だけでも案外と明るいもんだな」
「そうだね」
ニィナは次の日に用事があるということで自宅に帰っており、キリは次の日に男手が欲しいということで王宮に泊まることとなっていた。
寝る前に風呂に入ろうかというタイミングでリルハに連れ出されて現在に至る。
「どこへ行くってワケじゃないんだよな?」
「ん。そうだね。せっかくなんだから話したいと思って」
それをわざわざ寒空の下でする意味はあるのかとキリは首を傾げてしまう。
中庭は儀礼の場ということもあり屋外劇場のような造りになっていて観覧席が設けてある。その端っこのあたりに二人は座っていた。
「ね、寒いからもう少し引っつこうよ」
「十分近いと思うけど……」
たしかに体が触れあうくらいの距離感にはなっていた。それでもリルハはもっととせがんでくる。
「寒いじゃん」
これでも着込んできたつもりだが、寒さは思った以上である。キンとした空気があたりを張り詰めている。その一方で澄んだような清涼感も不思議と感じられた。
「だったら何で外に出るんだよ」
リルハはキリのあたりに腰に両腕をまわしてくる。それにキリは特に抵抗もせず受け入れることにした。
「星空見せたかったし、それと言い訳かな」
『言い訳』とは何のことだとキリは首を捻る。わかっていないという表情のキリにリルハ「仕方がないな」という半ば諦めのような顔で見つめてくる。
「キリはつらくないの?」
その問いにキリは「いまがでいいのか?」と聞き返す。するとリルハは「うん」と頷く。
「そりゃつらいよ。あの時、何もできなかったのは一生引きずると思う」
襲撃のこと、ティユイのこと、とにかくいろいろだ。
「私もお姉ちゃんが死にそうになって、国王まで亡くなったって聞かされて、それで私だけ無事だったから……」
リルハが俯いているのをキリがその頭を撫でる。
「それでリルハの無事を喜ぶことはあっても責めることはないさ。俺も無事でいてくれて嬉しかったよ」
「うん……」とリルハが返事をすると両腕に力がこもるのが伝わってきた。
「ニィナから聞いたんだけど、キリはあの件で誰かを憎んだりしてないって。本当なの?」
「憎しみがないわけじゃない。ただ、燃えあがるような激しさはないってだけさ。俺はそんな強い思いを持続できるほど意志の強い人間なんかじゃない」
するとリルハは首を横に振って否定してくる。
「強いとか弱いとかじゃないよ。キリは誰かと一緒に同じ傷を負って背負ってあげる人なんだよ。その優しさにティユイは惹かれたんじゃないかな。だから、いまのはキリらしいと思うよ」
結果的に褒められてしまってキリは照れくさくなって星空を見あげる。すると火照った頬が少し冷まされていくのを感じた。
「星空いいでしょ」
「それについては文句なしだよ。でも、あれは本当の星空じゃないんだよな……」
たしか本来は太陽のような恒星の光なのだという。水母の外はクエタの海が広がるばかりで恒星など存在のしようもない。
いま王宮から見える星空は一種の映像ということらしい。水母内での生活が千年続いているにも関わらず、人類は相変わらずかつてを再現することに余念がなかった。しかし、それが意味することを説明できる人間はもはや存在しないのではないだろうか。
一方で忘却しても尚それにこだわろうとする何かが人類には存在しているのだ。それが決して取り戻せないとしてもである。
「たしかに偽物かもしれないけど、私からすれば本物だよ」
何とも難しい言いまわしだとキリは思うが、果たしてリルハはわかっているだろうか。昔から意味深なことを言うことはあっても本人は案外と何も考えてないということがしょっちゅうである。
――これも付きあいが長い証拠だよな。と、そんな風にキリは思ってしまう。
「そろそろ中に入ろうか?」
その問いにリルハは心なしか顔を赤らめて「うん……」と小声で返してくる。
「風呂に入って寝るとするよ」
「……私もまだなんだよね、お風呂」
リルハの両腕には力がこもる。それにキリを見つめるたしかに強い意志を宿した視線。尖らせた唇。
「マシロとカリンのこと聞いてるから」
「そりゃそうか」とキリは「ははは……」と笑いながら頬を掻く。
ただの幼なじみではもういたくはないというリルハの抗議にキリは心境はどうであろうか。
しかし、彼はそれほど悩むことなくリルハを受け入れることにしたのである。
お読みいただきありがとうございます。
引き続きよろしくお願いします。
感想、評価、お気に入り登録も今後の励みになりますので、ぜひお願いします。




