■一〇時三〇分 ◎物部由衣、式条桐
それは土偶が空に浮かんでいるという表現がしっくりくる。
足の形状はとてもではないが、地上を闊歩することは叶わない。
腕も上げ下げできるような代物ではない。
とにかく、あらゆる部位が可動しそうにないのだ。
ただ人型なだけで、それが浮遊をしている。
「あれはグラバドス・ジュンナというんでしょうか?」
「どうやら、そうみたいだな。所属不明機か」
桐は目の前にディスプレイを表示させて、目を左右上下に動かしている。情報収集をしているのだろう。
「後退する」
おそらく由衣に言ったのではないだろう。実際に車両とともにタブロードも同時に下がりはじめたからだ。
それから土偶の腹の模様から光線が発射されるも、こちらまで届くことはない。透明な壁がいくつもあって、どれもが六方向に拡散されたからだ。
「衝撃攪乱幕だ。あらゆる攻撃がこうやって拡散できるんだ」
光線とは高熱の流体が光を放ちながら高速で撃ち出されたものだ。これを無効化できたということは、質量兵器に対して概ね有効であることを示している。
「すごい」
由衣は感嘆の声をあげる。
「ただ、弾数制限がある。いつまでも防げない」
つまり弾切れになる前に勝負を決める必要があるということだ。
「どうするんですか?」
グラバドス・ジュンナの可動範囲を見るかぎり格闘戦を想定していない。あちらは多数の射撃兵器を使った物量作戦でこちらの進行を妨げようとしている。
対して、タブロードは護衛することに重点が置かれたため兵装は最低限に抑えてある。
「時間稼ぎに徹して、援軍を待つ」
桐たちが現状を鑑みて判断して出した結論である。
「それと攪乱幕が張ってある間はこちらの攻撃も通らない。使える兵装も限られる」
「攻撃が防げる代わりに反撃ができないと」
「そういうことだ」
車両とタブロードはじりじり後退する一方でグラバドス・ジュンナはその場を動こうとしない。
「どうして相手は動かないんでしょう」
「あんな形してるが、全身砲台だらけだからな。定位置についたら動く必要がないんだろうよ」
要するに模様に見えているものはすべて砲門であるということだ。ということは背面や横面にも砲門があると思っていいだろう。
「土偶を呼び出した女の人、足元なんかにいて大丈夫なんですか?」
「そりゃ、危険に違いはないだろうけど……」
女性はミニのタイトスカートにニットを着ているだけの軽装である。機体から出る衝撃を緩和するような服装ではないのはたしかだ。まあ、別の措置を講じているのかもしれない。傾いた登場のせいで整合性など考えようとすらしなかった。
『キリ、待たせた』
車両に桐ではない男性の声が響く。
同時に上空から青い人型機体が降り立つ。
「援軍の到着だ」
「援軍って、人型巨大メカのことだったんですね!」
由衣は目を輝かせていた。いまにも巨大メカ見たさに車両を飛び出しそうになっている。
「人神機っていうんだけど、説明はあんまり必要ないか」
由衣の前にグラバドス・ジュンナと青い機体が対峙している姿を映像で映す。
「ルディ、そいつは砲撃特化の機体だ。僚機がいる可能性が高い。おびき出せたりしないか」
『事前に確認はしたが、僚機の存在は認められていない』
確認したのは地上、上空だ。
「砲撃特化の機体がこの場面で通せんぼ目的のためにやってくる。……わからないな」
桐は白兵戦用の僚機がいると睨んでいる。だからといってルディの報告を疑うわけでもなかった。
「この場面、仲間の危機に地面を割って助けが来るっていうのが定番ですよね」
由衣が嬉々と語る。桐としてはあまり想定したくはない。ないが、僚機が現れるとすればその可能性は十分にあり得た。
青い機体がグラバドス・ジュンナへと一歩踏み込むと同時、タブロードと車両の手前の道路が割れる。
由衣の言葉通り地下から二〇メートル以上あるであろう巨人が現れる。
『ティユイ皇女をこちらに引き渡せ』
男の声が聞こえた。もちろん桐でもルディのものでもない。
「こちらは皇女護衛の命を受けている。その交渉には応じられない。もし、交渉が必要なのであれば部署を紹介するが?」
桐が事務的な口調で応答する。
『そちらが応じない場合、実力を持って目的を達成するよう命を受けている。その場合、皇女の生死は問わないともな』
「だったら、なおさら応じられないな。実力でというならやってみるがいい。できるものならな」
由衣は「殺害をためらわない」という相手へ、堂々とした返答をする桐に感心した。なお、これが軍のマニュアルにあるテンプレートの一つであることを知ることになるのだが、それはもう少しあとのことである。
巨人は重々しい歩みを取りながら、一歩ずつこちらへ向かってくる。
タブロードが車両を守る形で前面に出る。そしてキャタピラが立脚して人型の姿へと変形をした。
車両から覗くと二体の巨人が対峙をする。タブロードとの対比で余計に相手が巨大に見えてしまう。いや、実際にタブロードのほうが小さいのだ。それに相手は格闘戦が得意そうなのに対して、タブロードはどちらかというと苦手そうだ。
「大丈夫なんですか?」
この“大丈夫”には様々な意味が込められている。それ故に絞り出せた言葉がこれだった。
「相手は姿を晒したんだ。やりようならある」
桐がそう言うなり映像をタッチしながら操作をする。それからしばらくすると方角にして南側から巨人の右肩に巨大な槍が突き刺さった。
槍の柄がピストンをするとブシュンという何かが注入される音が響くと、それから槍が爆音をあげて燃え上がりはじめる。
巨人はいともあっさりと槍が刺さった部位から弾けて崩壊していく。まるで土塊だとでもいうくらいに脆い。
「爆炎槍、間に合ったな」
爆炎槍とは巨人に突き刺さったモノの名称であろう。ピストンしたときに液体の燃焼物を染み込ませてから、燃焼、爆発させるものと説明が出てきた。実際はもっと複雑な機構なのだろうが、由衣の理解度としてはこれで十分だろう。
「すごい威力ですね……」
「もともとは地下室に籠もったテロリストを皆殺しにするために造られたらしいけどな」
「ああ」と由衣は妙に納得してしまった。要するに焼き殺すのではなく、地下室の酸素を燃やし尽くすのが本来の仕様なのだろう。そうすれば中にいるものは一酸化炭素中毒にかかる。
巨人は全身が燃えて、崩れていく。もはや歩くことも叶うまい。
一方でグラバドス・ジュンナは青い機体によって押されはじめていた。
「所属不明機に告げる。まだやるか?」
『……今回は退こう』
それからしばらくしてグラバドス・ジュンナは青い機体に集中砲火を浴びせつつ、上昇をはじめる。男とも音信不通になった。どうやら強制的に通信を切ったようだ。追跡をふりきるための処置だろう。
「由衣、周辺の安全が確認できるまで車内で待機しててくれ」
それから数分後、周囲の安全が確認されたということで車両が走りはじめる。
タブロードと青い機体によって応急処置された道路からトンネルに入る。
「一部の区画を利用して昔の町並みを再現するっていう取り組みがある」
「そんな話、はじめて聞きました」
「ケイト内で二〇二〇年代の京都市を再現した街が造られた。回顧都市計画の一つとして」
何もかも聞いたことがない単語。
トンネルを抜けた先。そこは港があり、軍港のように思えた。
「いまは二〇二七年じゃない。だったら何年経っていると思う?」
由衣は首を横に振る。見当もつかない。
「一千年だ。一千年以上が経過している」
由衣はにわかに信じられない。
「これから話すよ。君に真実を」
視線の先、未知の世界が広がる。
彼女はようやく知るだろう。
世界がついた嘘についての全貌を。
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