■黄泉路への誘い ◎キリ、カリン
丑の刻になろうという頃。カリンはふと目を覚ます。あたりに漂う重苦しく淀んだ空気のせいだ。
周辺は暗雲たる靄がかったものが目視できる。その中から這いずるように髪の長い顔のただれた女性が現れる。
(……ティユイ皇女?)
カリンは両手を口に当てて驚愕した。
その女性は眠ったキリへと向かっていく。そして彼の頬を愛おしそうに撫でながら接吻をしようとする。
カリンはそれが直感的に危険な行為であると気がつく。
「ダメです!」
キリの女性の間をカリンは自らの体で遮る。
すると女性は気が狂ったような叫び声をあげる。
「キリさんをまだそちらへは行かせません!」
キリはいま生と死の間の世界を跨いでいる。つまり、どちらにでも転べるということだ。それを生者の世界に留めることこそ彼と共に生きる者のの務めであった。
「彼には生きて為すことがあるのです!」
叫ぶ女性に対してカリンは怯まなかった。それどころか両手を広げてキリをかばおうとしていた。
「どうしても連れて行くというのなら私を連れて行きなさい!」
すると女性がケタケタと大笑いをはじめる。
「罠だ!」
キリの声がしたと同時にカリンは腕を引っ張られて抱き寄せられる。
「我々はあなた方に仇を為す者ではない! 去られよ!」
キリが女性に対して威を示すと、女性はすくみ上がり霧散していく。
「カリン、よかった……」
キリはカリンを優しく抱き寄せる。
「あの女性がティユイ皇女のように見えました」
「嫌がらせだろうな。明確な意志はないと言われるが、ああいうことをたまにやるんだ」
カリンは体を震わせている。
「どうしてです?」
「カリンが魂と交流しただろう。それが自分たちへの嫌がらせだと思ったんだ」
「だから、キリさんを狙ったんですか?」
「ああ、かなり危なかった。カリンが体を張って守ってくれたおかげだ」
「でも、私怖かった……」
「わかってる。ありがとう、カリン」
少しカリンはキリから体を離す。
「やっぱり離れて寝たのは失敗でしたね。……いまからは一緒の布団で寝ませんか?」
カリンは熱に浮かされたように顔を赤らめている。それの意味することをキリはもちろんカリンもわかっているようであった。
「カリン」
キリはカリンを抱き寄せる。
「……あ」とカリンが呻くとキリに押し倒された形になる。
「キリさん、私――」
カリンの潤んだ瞳がしばらくキリを捕らえるのであった。
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