■九時三〇分 ◎物部由衣、式条桐
――世界が私に嘘をつく。
普段なら冗談だと一蹴したかもしれない。だが、桐の真っ直ぐな眼差しはかつて彼女に告白をしたときと被った。
「桐君の言うことは信じてみたいですけど……」
どう返していいのかわからなかった。
「由衣、一緒に来てくれないか」
桐は手招きして車両停止装置をすり抜けていく。由衣は神妙な面持ちになりながらもおそるおそるという足運びで桐の後に続く。
車両停止装置の向こう側には戦車のような姿をした車両があった。もちろん戦車など由衣は実物を見たことなどない。あくまでネットなどで見た程度である。
だが、そんな彼女にもそれがいわゆる戦車とは何かが違うというのは理解できた。
色調はグレー。キャタピラは片側に二つついている。だが、どちらかというと立脚するのではと匂わせるような構造で、言うなれば脚にキャタピラがついているような印象である。
本来であれば砲塔であろう部分の両側から腕のようなものがついている。腕という確信が持てないのは手首から先の部分が砲身になっているからだ。両肩らしきところにはミサイルランチャーのようなものがそれぞれ取りつけられている。
高さだけでいうなら五メートルはあるはずだ。
「高速戦闘車両――通称、タブロードだ」
「はじめて見ました」
相当進んだ技術で造られている。それは由衣でも理解できた。
「こいつが護衛につく。俺と由衣はこの軍用車で目的地に向かうぞ」
「はい」
タブロードの横に迷彩色の四輪駆動と思しき車両があった。
「由衣は助手席に乗ってくれ」
桐は何の迷いもなく運転席に乗りこむのを見て、由衣は思わず足を止めて目を丸くした。彼はいつ自動車免許を取得したのか。
「どうしたんだ?」
運転席の窓を開けて桐が顔を出してくる。声をかけられて我に返った由衣は助手席に乗りこむ。
「すみません」
乗りこんでシートベルトを締めると、由衣は思わず謝ってしまう。
「大丈夫だ。それよりヘルメットを被ってくれ。ダッシュボードに置いてある」
「はい」
由衣は桐の指示に従いヘルメットを被る。あごひもを固定して由衣は桐に顔を向ける。
「車って普通はハンドルとかブレーキがありますよね」
だが、この軍用車両にそういった車を操作するものが一切ついていないことにいまさら気がついた。
代わりに桐が左手に握っているのは黒い球体状のものだ。
「ひょっとして桐君はマリモで操作するつもりなんですか?」
「そうだけど、普通だろ」
そうは言うが、マリモとは由衣の認識だとゲームのコントローラーである。
「これからどこへ向かうんですか?」
由衣は次々浮かんでくる疑問を呑みこんで、敢えて行き先を訊ねることにした。
「とりあえず縦貫道から京都市を出る。話は最中にしよう」
「はい」
「出発する」
車両が先頭を走り出す。それに合わせて後方から一定間隔でタブロードが付いてくる。
「質問いいですか?」
「いいよ」
由衣は右手をあげる。桐は助手席のほうに顔を向けてくる。態度からもかなり余裕があるように思える。そもそも運転にあまり集中する必要がないのかもしれない。
「どうして車で移動するんですか? 空とか高速で移動する手段なら、他にもありそうですけど」
「慎重を期すってやつだ。襲撃の可能性が高い場合は特に」
「は、はあ」
つまり高確率で襲撃があるということかと思うと由衣の顔は引きつる。
「そう気張る必要はないよ。実戦での死亡率はずっと一パーセントを越えたことはないんだ」
桐は笑って見せた。どうやら安心させるための嘘というわけでもないらしい。彼はおそらく本気で言っている。
「由衣の認識だといまは西暦何年になってる?」
「二〇二七年の一月、でしょうか」
その返答に桐は眉間にしわを寄せて、右手に顎を当てる。
「それについて違和感を抱いたことは?」
桐の言う違和感が何なのかが由衣にはまず理解できないでいた。
「桐君の言っていることがよくわからないんですけど」
「それもそうだよな」
桐はそれについて納得したようだ。すると由衣の前に突然、映像が映し出される。
「これは?」
「俺が口で説明するよりいいと思ってさ」
映し出される映像はニュースソースのようである。
題名は『隕石が落下するまでのニュースピックアップ』というものだ。
由衣はニュースソースをゆっくりとタップをはじめる。
二〇一五年。ヴラシオから送られてくる文字は一般公開されるようになる。
二〇三五年。国際連合にて常任理事国である某国が内部分裂。南に民主国家、東に軍事国家、西へ主義国家が樹立された。
それに伴い既に形骸化していた国連の枠組みは事実上の崩壊を告げた。
以降、国連に対して資金を出す国家は減少していき、発言力も失われていく。代わりに国家間の同盟が重視されるようになっていった。
二〇四〇年代。弾頭発射停止装置が開発される。あらゆる弾道兵器の発射を外部から停止するというもので、これに該当するあらゆる兵器が実質的に使用不能となった。
これを機に国際間の国防意識が大きく変化していくことになる。
二〇五〇年代。極東にある島国出身の子供がヴラシオから送られてきた文字の解読に成功する。その子供は親の記憶まで引き継いでいた。人類の進化は新たなステージに突入したことを示していた。
同年。立体文字の発見。送られてきた文字は立体的であり、その配列方法によって様々な意味を持たせる事が可能である。後にその立体文字の配列方法を枝繋式と呼ぶようになる。
二〇六〇年代。隕石衝突の対策として隕石破壊ではなく、地球圏脱出のほうに世論が傾きはじめていた。すべて生物を地球から脱出させるのは不可能であり、脱出をする前に選別の必要があった。
人類社会全体に不穏な空気が漂うようになっていく。
二〇七〇年代。新人類の台頭がはじまる。枝繋式の解読並びに構築は彼らに委ねられていた。実際、彼らはヴラシオからのメッセージをほぼ理解しつつあった。
二〇八〇年代。新人類はエーテルエネルギーの発見を発表する。それと同時にヴラシオが衝突しても人類の存続は可能であると世界中に向けて発表をする。
二〇九〇年代。極東の島国の王族が地球に残ることを表明する。
それでもホモサピエンスの多くは地球脱出を選択する。しかし、脱出できる人類は選別しなければならず、これが争いのきっかけになっていた。
由衣は映像から視線を外して、横にいた桐に顔を向ける。
「これはいったい……?」
この映像は未来の出来事だとでも言うのだろうか。
「由衣が戸惑うのは当然だ。君は二〇二七年の時代を生きているはずだから。でも、実際は違う。――違うんだ」
国道九号線から間もなく縦貫道へのジャンクションに入っていき、車両の速度をあげていく。
それからしばらくして桐が神妙な表情に変わっていく。
「何かありました?」
この先は新老ノ坂トンネルがあり、その手前に人影が一つ。由衣は一瞬見間違えたかと思ったが、目を何度こすっても消えたりはしなかった。
高速道路の真ん中に生身の人間が立っているだけで由衣は十分に驚いていた。あまりに現実離れした光景である。
『おいで、グラバドス・ジュンナ』
由衣の頭に女の声が響く。それが何を意味するのか疑問を持つことも許されない。
上空より飛来する人影の圧倒的な存在感に由衣は唖然とする。
天空より飛来し巨人。汝の名はグラバドス・ジュンナなり。
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