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此方より幻想へ。彼方より現実へ。~皇系戦記~  作者: あかつきp dash
第九話 平穏は終わり、そして……
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■惨劇のはじまり ◎ティユイ、ガレイ

 輸送艦を出たトラックはクラシノ邸の正門と裏門を塞いで屋敷内の人間の逃げ道を絶つ。


 憲兵たちはトラックの荷台から降りてきた者たちの姿を見て驚いた。それが自動人形であることに気がつくのにはそんなにかからない。


 ただ、私服で老若男女の姿は一瞬だけ銃を向けることに躊躇させるには十分だった。


 憲兵たちが自動人形たちによって死体になるのにはそう時間がかからなかった。


 ドロイドたちは銃弾が尽きればその場で無作為に自爆をした。それは五カ国会議の場であってもである。


 それは突然のことであった。


 一体の自動人形が部屋に入ってくるなり銃を乱射した。為す術もなく王たちは凶弾に倒れ、それから自動人形は自爆したのだ。


「何ということを……」


 ティユイは右目が開かないことに気がつく。左頬もやけに熱い。爆風と熱風で自分がどういう状態なのか定かではなかった。


「ふはっ! はははっ! でかした! よくやった、エリオスよ! 小煩い王どもはもう一言も語らなくなったぞ!」

 ガレイの高笑いが響く。


 ティユイは開いている目でガレイを睨みつける。

「語り合おうという場を暴力で制圧するなどソウジ家も語るに落ちましたね」


「皇女よ、すっかり醜くなったな。その顔では男の面前に出られまい」

 ガレイはくくくと含み笑いをする。


「あなたはシキジョウ・キリという男をわかっていません。彼は私のいびつな魂を深い慈しみで包みこんでくれました」


「そんなものでは富も力も手に入らん。男にとって不要なものだ」

 ガレイは(あざけ)る。


「おかしなものですね。あなたが決してできないことをやってのける人間に敬意を抱くこともなく鼻で笑うとは」


「それこそが力を持つ男の証明よ。そのために傲慢であるべきなのだ。野心とは自らが優れている存在である証明だ!」

 そんなガレイに向けられる視線は哀れみであった。それがガレイの勘に障る。


「かつて問うたことを再度問います。これがあなたの言う民意なのですか?」


「民とは愚かである存在。故に優れた者は道を示し導かねばならぬ」


 ティユイの射貫くような眼差しをガレイは一笑に付す。


「あなたもまた愚かと見下す民の一人ではありませんか。民を見下すということは自らもまた卑下する行為に他なりません」


「私は愚かなる民を導く優れた存在である。一緒にしてもらっては困るな」


「あなたが彼らより優れているという根拠は何ですか? 肉体ですか? それとも知性ですか?」


「あまねくすべてよ。私に宿る優れた肉体と精神は世界のすべてを統べるためにもたらせたもの。いわば天命。故に権力のみならず、権威も手中に納めるのだよ」


 するとティユイは憐憫のまじったため息をつく。


「自分が誰より優れた人間であるなど錯覚です。その姿形が他の誰かと大きく違いますか? 優れた個体であるかどうかは一時の状況でしかありません。それは環境によって求められるものは変わるからです」


 人間が果たして自分こそが優れた個体かと思っているかは甚だ怪しい。リーダーとは群衆にとって生贄であるからだ。その一方で頂点を目指す者は後を絶たない。生存本能とは果たしてどちらの方向を向いているのだろうか。


 体格がもっとも優れた者をリーダーにする時代、知性がもっとも優れた者をリーダーにする時代。あるいはどちらでもない時代。


 正解はなかった。本当に状況によって変化させていくのだ。かつてのリーダーの地位にどれほどしがみつこうとしても群衆の意志はそれを圧倒する。


 個性だと強みだと信じていても変わりゆく状況の中では淘汰されていく存在でしかない。すべては無意味、故に有意味。


「皇女よ、私の野心はそのような言葉で揺らいだりはせぬ。新人類など所詮は愚かな群衆の集まりに過ぎん。ソウジ家千年の夢は貴様の妹を手中に収めることで成就される」


 この男はどこまでも傲慢だった。孤独であることを知らず自らこそが真実であると信じて疑わない。

 誰もが知るべきだ。この世界に存在する悪の本質とは悪行を指すのではないと。


 邪悪とは自らを正しいと疑わず、それを他者に強要することであると。


「では、ソウジ・ガレイ閣下にお訊ねします。あなたがやろうとしていることをあなたのご家族やご親族、ご友人は喜んでくれましたか?」


 ――どうして家族が出てくる? 俺の親は俺が努力すればするほど馬鹿にしてきたのだぞ。親族連中もいつの頃からか俺から距離をとりだした。


「原石とは磨いたからといって光り輝くとは限りません。最後までくすんだままのこともあるのです」


「それが俺であると?」


 声が震えていたような気がした。一方でティユイは首をゆっくりと横に振る。


「わかりません。ですが、まわりはあなたから輝きを見いだせなかったのではありませんか?」


 ガレイの表情から余裕が消える。代わりに奥底から湧きあがるどす黒い感情が表情に現れだす。


 どれほど頑張っても誰も自分のことを認めようとしてくれなかったことを思い出す。自分は認められたかったというのか? 

 

 自分はそんな俗人のような考えを超越した存在になったのではなかったのか?


「……黙れ」


 ――友人だと? 俺に腰巾着のようについてきていた連中なら、いつの間にかいなくなっていた。あれは本当に友人だったのか?


「あなたは言葉が凶器であると知るべきです。傷は塞がっても遺ります。一度傷つけられたら二度と治らない! その傷が弱者の証だと思いこんでいるから嘲るばかりで、目を背けて拳を何度も振りあげる」


「黙れぇ!」

 ガレイの拳がティユイの顔面にめりこむ。その巨躯から繰りだされる拳にティユイの体は容赦なく後ろへ吹き飛ぶ。


「小娘、俺は貴様ごときに見下される筋合いはない! 俺がどれほどかけてこの地位を手に入れたと思っているんだ!」


「あなたってそうやって相手より自分が優れているところを探しますよね。どうしてそこまで相手を見下す必要があるのです?」


 それを隠し通せていると本人が思っているのが哀れであった。

「劣等感を認めるのがそこまで恐ろしいのですか? 他人にあなたより優れている部分があるなど当然ではありませんか」


「俺を哀れむような目で見るな! 俺はすべてにおいて他を圧倒している!」


 もう一度ガレイは拳を振りあげようとする。すると、その拳を振りあげる腕が自動人形によってがっちり掴まれる。


『やめたまえよ、皇女を殴り殺す気かい?』

 エリオスの声であった。


「貴様、どういうつもりだ?」

 ふうふうとガレイは肩で息をしている。

『あなたを迎えに来たんだよ。脱出経路は作っておいた。さっさとついてきたまえ』


 自動人形は半ば強引にガレイを部屋から連れ出してしまう。その間、自動人形はティユイに何もしなかった。


(この場合、助かったと考えるべきなんでしょうか?)

 ふいにティユイは足元に散乱する割れた鏡に自分の顔が映る。


 最初は驚いた。自分だとはとても思えなかったからだ。


 ――ああ、そうか。顔が熱いのはそういうことか。


 あまりに冷静な自分がどこかおかしくて。


 でも、涙は止まらない。


 どうしよう?


 こんな顔で愛おしい彼の胸に飛びこむ自信はなかった。


 彼はこんな自分でも受け入れてくれるだろうか?


 確信が持てない。拒絶されるかもしれないと恐ろしかった。


「それでも逢いたい……」


 自分が生きている意味。それを問うてみる。


 答えは自然と一つだった。


「キリくんを助けにいかないと」

 それでも愛しい男性の名前には違いない。彼はおそらく戦っている。


 行かなければ。


 拒絶されようが関係はない。


 愛とは一方通行でも構わない。


 自分に課せられた最期の務めを果たさなければ。


 ティユイはラゲンシアを呼ぶ。


 役目は自分が果たすべきだ。


 自分は彼と出会ったのは今日のためのはずだから。

お読みいただきありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします。

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