■策謀は渦巻いて ◎ガレイ、エリオス
セイオームのケイトは上都と呼ばれている。その御所をソウジ・ガレイは居城にしていた。
彼はすでに自らの地位に疑いを持っていなかった。この行動はその現れである。
「えらく派手な内装になっているね」
「不服か?」
エリオスが招かれた一室は金細工を各所に用いた絢爛豪華な意匠であった。
「他人の趣味に口を出すほど野暮じゃありませんよ」
何ならこの部屋の意匠にさえ興味がない様子である。
「ふん。異世界で戦いになど明け暮れているから文化に理解がない人種に育つ」
「あなたの人を見下すのを隠す気のない。いや隠せないのかな? とにかく正直なところは好感が持てますよ」
皮肉のつもりかはわからないが、だったらとエリオスは皮肉を返す。この男にどう思われようが、知ったことではないのだ。
だから遠慮する必要などない。問題はそれをガレイが理解しているかだなとエリオスは思う。
「この場で撃ち殺してやっても構わんのだぞ?」
さきほどのやりとりで苛ついたのがわかりやすく伝えてくる。だが、その脅しをエリオスは鼻で笑う。
「そういうところ小物感が溢れてていいですねぇ。もう少し他人は自分のままにならないと学んだらいかがです?」
憤りをあらんかぎり向けてくるガレイをエリオスはひるまない。むしろ挑発ともとれる行動だ。やれるものならやってみろと。
実際、エリオスはこの場で撃ち殺されても何ら構わなかった。このガレイという男はそこを致命的に見誤っている。誰も彼もが自らの命を惜しんでいるわけではないのだ。
そして一年前の侵攻で軍備の補強が追いついていない現在はエリオスに頼るしかない。むしろ頭を下げるべきだろうと思っていた。
「ふん。食えぬヤツだ」
肘置きに乗っている手は相変わらずわなわな震えたままだ。何とか抑えているということらしい。
「それはどうも」
一室にある玉座のような椅子にガレイは腰かける一方で、エリオスには床に座らせる。
つくづく人を見下す手段に余念がないとエリオスはその執念に感心した。
「私はこう床に座ることに慣れていませんので、無礼があれば申しつけください」
「ふん。白々しい」
ガレイは鼻を鳴らす。
「貴様を直接、呼んだ意味はわかるか?」
「ヒズル殿を差し置いて、私に直接出したい――いや、出さないといけない命令があるからでしょうか」
ガレイは満足そうに頷く。自分の意図を汲んでくれる都合のいい回答に溺れる――典型的だなとエリオスは悪態をつく一方でヘラヘラと笑顔を浮かべていた。
「あのお方は矜持を重視する。しかし、私は自らの力を王族たちに見せつけ従わせるべきという実をとりたい」
エリオスは腹を抱えて笑いたくなる衝動だった。言っているのは暴力でねじ伏せて力尽くで従わせる。ただそれだけだったからだ。
「私としては遺憾ですねぇ。そのような蛮行が得意であると思われていたなんて」
「できるのか、できないのか?」
決断を迫ってくる。だが、すぐに答えては面白くない。
「皇子の存在を王族たちが認める可能性がある。ま、あなたが焦る気持ちはわかりますよ」
これはまことしとやかに囁かれている噂だ。皇子の存在が確認されたと。
「ふん。そんな噂レベルの話が何になるというのだ。私は滅びそうになっている皇族の救世主であり、守り手であらねばならんのだ」
「へぇ。ソウジ家には皇家簒奪の意志があるというのにかい? だから皇族の血筋を細らせて女系の選択を迫るまでじわじわと細らせていった経緯があるというのに。それであなたは自らを救い手と自称するわけだ。とんだマッチポンプですね」
「私を……我が家を罪人と呼ぶようなことはやめろ。これ以上の無礼は許さん」
感情をどれほど殺そうと努めようとも溢れでてくる怒りの感情を抑えてきれていない。
「おっと失礼。口が過ぎました。まあ、ご両親や周辺の方にも散々言われて直らなかったんですよね。だったらあなたの人間の矮小性について、赤の他人である私が指摘したところでどうにもならないことでした」
エリオスはけらけら笑う。
「さあ、それよりさっさと要件を教えてもらえますか。あなたといつまでも同じ部屋の空気を吸っているのは耐えられない」
まるで相手への敬意を感じさせない態度。わなわなとひじ掛けに置かれたガレイの腕が振るえている。
「五カ国会議を制圧する。それをお前にやってもらいたい」
エリオスは目を見開いて少し驚いた仕草を見せてから、すぐに満面の笑顔に変わる。
「私に直接の依頼ということは私の流儀で構わないと。それでいいんですか、あなたは?」
「ヒズル殿は手ぬるいところがある」
それは手ぬるいのではなく、手堅いというのだろうとエリオスはガレイの言いまわしに失笑する。ものは言い様だと。
「ま、いいでしょう。一月後、でしたね。後ほど必要な物資を伝えますので確実にそろえてください」
「そこまで言うのだから失敗は許さんぞ」
エリオスから表情が消える。それから立ち上がりガレイのところへ顔を近づける。つくづくくだらないことを言う男だ。
「君は私のことを心底見下しているようだけどさ。私はそういう君の人間性を心底見下しているわけだよ」
ひどく冷たい酷薄な視線をエリオスは向けている。対してガレイは怯えた表情になっている。
「実際、いまの君は蛇に睨まれた蛙じゃないか。見下している人間に見下されるっていうのはどんな気分なんだい? ぜひ、ご教授願いたいね」
エリオスの視線から放たれているのは研ぎ澄まされた殺気であった。お前などいつでも殺せるという意志表示である。そのためガレイは動くどころか言葉を発することもできなかった。
ガレイから冷や汗が流れ、恐怖を表情に貼りつけたのを確認したエリオスは満足そうに笑みを浮かべるとガレイから離れて部屋を出ようとする。
「ああ、それとゴミ箱に八つ当たりにするのはやめたまえ。まあ、反論もしてこないし、軽くて蹴りやすいのは理解するが。それでもみっともなくて滑稽だろうからね」
ガレイの顔がみるみる真っ赤になっていく。悔しくて何も言い返せない様子である。エリオスにしてみれば最高に面白い玩具でしかなかった。
この高笑いもさぞ苛つくことであろう。なおさらエリオスは愉快でしかなかった。
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