005 兄妹
「美希、リシアが言ってたのは、嘘…だよな?」
「ごめん、兄貴…」
「なんで美希が謝るんだよ。」
「隠すつもりはないの…ただ、話すタイミングが見つからなくて…」
美希の声がだんだん小さくなって、その声から不安を感じ取る。
「じゃあ、本当に、その、人間じゃないのか。」
「悔しいけど、彼女の言う通り、あたしは人狼族、人間じゃないの。」
ずっと傍にいてくれた妹が人間じゃないなんて、例え事実でも、はいそうですかって言えるわけがない。
「もし彼女たちが出てこなかったら、このことは一生、兄貴に言わないと思う。ううん、言えない、怖いの…もし兄貴があたしが人間じゃないって知ったら、きっとあたしを妹として見てくれなくなるの、きっとあたしを見捨て…」
「そんなことはない!」
「え…?」
涙を流しながら悲しんでいる美希を見て、俺は心が痛い。ああ、とても痛い、まるでナイフで刺されたように、鋭い痛みが俺を狂わせる。
ごめんな、ずっと悩んでいたよな、兄として気付いてあげられなくてごめんな。
心細くて、しくしく泣いているこの女の子、間違いなく俺の妹、大森美希だ。人狼族だろうがなんだろうが知ったこっちゃない!お前は俺の妹、ただそれだけのことだ!
俺は美希の肩を掴み、無理矢理に目を合わせさせる。
「いいか、よーく聞け!お前は大森美希、俺は大森拓希。たとえこの世界が滅んでも、お前は俺の妹ということに変わりはない。それに、こんなかわいい妹を見捨てる兄なんて、いるわけないだろ!」
「兄貴…ううう…兄貴!わあああ!」
まさか突然の号泣。そういえば美希が泣くのを、初めて見た気がする、どうしていいか分からなくて、ちょっと対応に困る。
美希は俺に抱き着いてずっと溜まっていたストレスを涙という形で発散している。その震えている背をポンポンと軽くたたいて、俺は言葉をかける。
「その、えっと…よしよし、よしよし。なんなら昔みたいにお兄ちゃんって呼んでもいいよ。」
「バカ…」
拳で俺の胸板をたたいて、美希は顔を見せてくれない。多分涙でぐちゃぐちゃになってるだろう。
そんな俺たちを見て、リシアはばつが悪そうに言う。
「あの…申し訳ございません、さすがにこの状況は望んでいませんでした。」
俺たちに謝るリシア、俺が何かを言うより前に、美希が話を切り出す。
「リシア、感謝する。」
「感謝?」
「ええ、おかげさまで、長年抱えた秘密を兄貴に打ち明けることができた。すっきりして今はいい気分だよ。」
いつもの美希に戻った。明るくて元気でかわいくて、顔に涙の痕もない。あれ、もしかして俺の服で拭いたの?涙は…まあ許容範囲内にしておくとして、鼻水はやめてよね!かわいい妹と言えど、鼻水はさすがにだめだぞ!
「これで心置きなく戦える!さっきは兄貴にかっこ悪いところを見せたけど、今度は負けないよ!」
「ルルとまたやるって言うの?そのにやけ顔、ぐっちゃぐちゃに、ぐっちょぐちょにしてやる!」
美希とルルは火花を散らす勢いで互いを睨み合っている。
「はぁ、二人とも、もう喧嘩しない!平和が一番だよ。」
俺は仲裁に入り、二人がこれ以上争わないように間を取り持つ。
朝日が昇り、日光が窓を通してリビングに当たる。
「もう朝か、長い夜だった。」
今夜は…いや、昨夜はいろいろあったな。
謎の二人と出会って、そのうち一人が俺を主と認識し敬意を表していて、もう一人が真逆の態度でどういうわけか俺を敵視しているらしい。しかも二人そろって人間じゃない、ヴァンパイアとかエロエロサキュバスとか、しかも魔法も使える、今でも夢を見てる気がしなくもないよ。当然一番びっくりしたのが美希の正体、まさか妹まで百鬼夜行の列に加わったとはな。
今この屋敷に四人がいて、一人しか人間がいないと、誰が想像つくだろう。ここって東京だよね!人間の町だよね!
なんか自分が魔王を名乗るのがばかみたいじゃないか。いや、よく美希にバカって言われるけど、それはそれ、これはこれ。
「主、今日はなにをされるおつもりですか。」
リシアは日光の暖かさを感じながら俺に問う。
「とりあえずその主って呼び方、やめてくれないかな。正直に言うけど、俺がお前が探してる主だとは思えない、昨日が初対面だからな。」
「いいえ、主、わたくしは確信を持っています。」
「はぁ、好きにしろ。」
「はい、好きにさせていただきます。」
俺が諦めたのを見て、リシアは薄笑いをした。
夜明けの光が彼女の笑顔を照らし、綺麗だと俺は思わずその美しさに見惚れてしまった。
「コホン、兄貴。」
不機嫌そうな声が聞こえ、俺は慌ててリシアから注意を逸らす。
ふとあることに気付いた。
「リシアお前、ヴァンパイアなのに、太陽の光は大丈夫なのか。」
「えっと、それはどういう意味ですか?」
「いや、てっきり日に当たると灰になって死ぬかと思ったよ。」
「この眼帯マスク!リシア様を呪ってるの!」
「違うって、心配してるだけだよ!」
「心配してくれたのですか?嬉しいです!」
「ちょっと兄貴!そこに直れ!」
なぜ朝っぱらからこんなに疲れるのか、その答えを教えてくれる人はいなかった。
朝食は四人で一緒に食べた。
「なかなかの腕前だったね、わんちゃん!」
「誰がわんちゃんだよ!このちび!」
客観的に見れば、たしかにルルの方が背が低いが、悪口はだめだよ、そっちもそっちだけど。
でも、わんちゃんか…そういえば子供の頃に一度だけ、美希の人狼姿を見た気がするけど、あれは夢じゃなかったのかな。
「なあ、美希。」
「うん?どうしたの兄貴?」
「その、見せてくれてもいい?」
「なにを?」
「ケモ耳とかしっぽとか。」
「嫌だ。」
「ええ!」
「嫌なものは嫌なの!」
なぜか顔を赤らめている。え!そんなに恥ずかしいことなの?
「そんなことより早く支度して。そろそろ学校いくよ。」
「あ、ああ、もうそんな時間か。」
美希は皿を洗い終えると、自分の部屋に戻った。着替えでもする必要があるだろう。
俺も、制服に着替えようと部屋に戻ろうとした時、後ろからリシアが声をかけてくれた。
「主、わたくしも行きます。」
「え?なんで?」
さすがに驚いた。学校までついてくる気なの?
「主のいるところがわたくしの居場所ですから。」
「それはたぶん無理だな、部外者は入れないんだ。」
「ご心配なく、ルルに任せます。彼女はこの手の仕事に慣れていますから。」
なんかことがおかしくなってきたけど、本当に大丈夫なのかな、変なことにならないのかな。
私立ウェルドン高等学校、ホームルームの時間。
ガラガラガラ…
教室の引き戸の音が響いて、二年A組の担任の先生である高橋真理が入ってきた。
噂話なんだけど、実はこの先生、高校時代はヤンキーだったらしく、このあたりを自分の縄張りにしたとか。
信じる生徒と信じない生徒が五分五分。信じるほうの話によれば、この先生は教学に関してかなり厳しくて、怒ると感じるんだ、てっぺんを取ろうとする勢いを。
信じないほうは、ただ信じないだけ。こんな美人の先生、まさか不良だったと思えない。
そんな彼女だが、厳しいけど生徒たちに好かれていて、はっちゃんって愛称まで付けられていた。
なぜ名前の真理からじゃなくて苗字の高橋からって?それははっちゃんの口癖が「わたしの言葉が真理だと思え!それと、真理って呼ぶな!」
という流れで、最終にはっちゃんで定着したそうだ。
はっちゃんごと高橋真理は教壇に立ち、かけている眼鏡を人差し指ですこし調整して、口を開ける。
「みんな静かに。その、なんだ。新学期の二日目だが、転入生を紹介する。」
誰だろう、今時転入生なんて珍しいな…
僕はある人のことを思い出して…
まさか…