001 拓希と美希
四月、今日から新学期。
僕の名前は大森拓希、今日をもって高校二年生になる。
「五時か、まだまだ余裕だね。」
壁にある時計を見て、僕はこれから何をするか少し考える。
ポーズの練習か、それとも新しい呪文の創造か。むむむ、やることが多い。
ちなみに、僕はいま下着しか穿いていない。どうしてって言われると、それは魔力を生み出すためさ。
裸になって、朝日を浴びる。これが一番手っ取り早い体の奥に眠る細胞を目覚めさせることができるのだ。
細胞と言っても、普通の細胞ではない。この細胞からは魔力が生まれて、そして僕の力になる。僕はこれを魔細胞と呼んでいる。
「ふふん、誰も知らないだろう、こんな方法があるなんてさ。」
いや、知ってる人はいる、しかも大勢。でも、誰もこれをやらない、愚かな連中だ。
僕が両手を伸ばし、朝日のエネルギーを吸収して、この感覚を堪能している時に、無粋な音が耳に入る。
こんこん、こんこん。
「ちょっと兄貴、また変なことしてんの?」
扉の外から妹の声がした。
「変じゃないよ、これは僕の修行だよ。」
そう、これは修行だ、けっして変なことなどではない。
僕の反論に聞く耳を持たず、勝手に部屋に入ってくる妹。
なぜ入れるかというと、実は僕の部屋の鍵が壊れちゃってて、ずっと修理していないんだ。
「はぁ、なんであたしは毎日兄貴のパンツを見なきゃいけないの?」
ため息をつきながら、白い目で僕を見る。
なんだこいつ、勝手に人の部屋に入ってそれはないだろう、パンツに罪はないぞ。
チラッと僕のパンツを一目、ほっとしたみたいな感じがする妹。
「ま、せめてパンツはちゃんと穿いてるか。この前みたいになんも穿いてなかったらまたボコるよ。」
「なら僕が返事するまで入ってくるなよ!」
「さっき返事したじゃん。修行とかなんとかって。」
「そうじゃない!」
はぁ、こっちがため息つきたいよ。
紹介しよう。今僕の前に立ってちょっと怒っているこいつ、名前は大森美希、僕の妹だ。一つ年下で、髪が短くて、目が大きくて、自分で言うのもなんだけど、超かわいい。
妹と言っても、血縁関係があるわけではない。僕が七歳の時に父が再婚した相手の娘だ。
「早く服を着て!それともなにか?妹にパンツ見せるのが趣味?」
「そんな趣味はないよ!」
「はいはい、朝ごはんは出来たから、早く下りてね。」
そう言って部屋を出た。なんのために入ったきたのか、部屋の外で言えばいいのに。
僕は制服を着て、階段を下りる。
テーブルにつくと、美希はすでに着替えて制服姿になっている。
「そうや今日からお前も同じ学校か。」
「それより、別のことを言うべきじゃないの?」
「え?えっと、髪型を変えた?」
「違う!制服だよ、制服!」
「あ、そうか、制服ね。うん、似合ってるよ、かわいい。」
「なっ!兄貴のバカ!何言ってんの!」
頬を赤らめて怒鳴る美希。
僕はパンを一口噛んで、またも自分の世界に入っている。
「…にき…兄貴ってば!」
「な、なんだ。」
突然の大声で、やむを得ず思考を現実に戻す。
「ね、朝のあれ、もうやめたら?もし近所に見られたら通報されちゃうよ。」
「だめだね、それは修行だ。僕はいずれ魔王になる男、魔力の修行をしなくちゃいけないんだ。」
「でもさ、あれはアニメに出てるやつでしょ、信じる人は多分兄貴以外いないよ。」
そう、朝の魔力修行は、僕の大好きなアニメ『勇者バトル魔王』に、魔王が毎朝やってることだ。もちろん、全裸で。
だから初日これをやっているところをうっかり美希に見られてしまって、あとは大惨事。
「それは他の奴らが愚かなだけだよ。この左目に疼く魔力が僕に真実を教えている。」
手で左目を抑えている僕を見て、美希は心配してくれる。
言い忘れていた、僕は常に眼帯をつけている。別に目になにか病気があるわけじゃない。ただ、これがないと、上手く話せないんだ。
「傷、痛くない?」
「ああ、平気だよ。あれから一年経ったし、ちゃんと治ってる。」
眼帯でも隠し切れない、ナイフで傷つけられた跡が僕の顔に残ってる。その時は眼帯していてよかった、もしつけてなかったら、多分左目はつぶされて完全に失明だ。
「ならいいけど。」
美希は考え事をしてる感じで、あとは無言で朝食を食べている。
食事を済ませて、美希と登校。
「入学式さ、美希は新入生代表としてスピーチするんだね。」
僕の妹、大森美希、一言で言えばすごい、他の言葉が見つからない。
成績優秀、スポーツ万能、中学の時は陸上部に所属、全国大会にも出場して見事に一位を収めた。
子供の頃いじめられていた時も、いつも僕を助けてくれる。男の子数人相手でも怯えず、簡単に蹴散らしてくれた。もし僕が女の子なら絶対惚れたよ。
文武両道天下無双と言っても過言じゃないかもしれない。しかもかわいい。
「適当に言えばなんとかなるよそんなこと、大したことじゃないさ。」
「やっぱり美希はすごいよ、僕だったらあんな大勢の前に、緊張してなにも話せないよ。」
「兄貴はそれでいいの。兄貴に出来ないことはあたしがやる、何の問題もない。」
「なんかすみません。」
「いえいえ、もっとあたしに頼ってもいいのよ。あたしたちは家族なんだからさ。」
「そうだね、ありがと。」
たとえ血縁がなくても、僕たちは家族だ、この事実に変わりはない。
「ルル、ただいま参上!」
メイド服を着ている少女が元気よく自分の到来をこの場にいるすべての人に知らせる。
「無礼だぞルル!リシア様の前で。」
「構わない。」
リシアはハンナを宥める。
ハンナも苦労したものだ。城の事務や警備、すべてを任された身でも、時間を作って城のみんなを強くするために鍛錬させている。
誰かがその鍛錬に不満はあるが、今となってもはや些事にすぎない。
大事なのは、ここからだ。
「リシア様、その姿は久しぶりですね!かわいいです!」
「ふふ、ルルもかわいいよ。」
リシアは笑ってルルの頭を撫でる。
「リサちゃんも元気でよかったよ、昨日の鍛錬の時、地面に這いつくばって、もう死んだかと思った。」
「リサリサは死なないよ!だってリシア様から血をもらったもん!」
「それを言うならルルだって。」
「はい、そこまで。ルル、状況は分かった?」
「うん、来る途中でハンナ様から聞いた。」
「ならいいわ。護衛、任せられる?」
「はい!このルル、絶対リシア様を守って見せるよ!」
リシアの決意はみんなも知っている、止めても無駄だ。たとえ此度は危険極まりないとしても、あの方を探すためなら躊躇いはしない。
だが、その危険とは想像上のものである。未知の世界に何があるかは誰にも分からない、だから危険かもしれない。
リサは隣にある棚に収まった箱から一対のイアリングを取ってきて、その片方をリシアに差し出す。
「リシア様、これを持って行ってください。」
「これは?」
「通信機能を含まれてるの。一日に数分しか使えないけど、距離に制限は一切ない。だから、毎日無事をこっちに伝えて。」
「わかった。リサ、ご苦労。」
「さっすがリサちゃん、こんなにすごいおもちゃがあるなんて知らなかったよ、見た目も綺麗だ。」
「おもちゃなんかじゃない!何年か前に開発した時空超越ベータだよ、このためにね。」
リシアはイアリングを手に取り、耳につけた。
「そろそろ行くか。ルル、ついてきて。」
「はい。」
二人はマシーン後部の円盤の上に立つと、円盤が微かに光り始めた。
「リシア様、ご武運を!」
「着いたら無事を知らせて!絶対ですよ!」
リシアは微笑んだ。こんなに頼りになる部下たちがいれば、城はきっと大丈夫だろう。
光が徐々強くなり、リシアとルルの輪郭がぼやけていって、光が鎮めたころには、二人の姿はもういなかった。
「本当に行っちゃった。大丈夫なのかな。」
「大丈夫さ。ヴァンパイアの始祖を傷つけられる者なぞ、この世界にも、他の世界にも存在しない。それより、明日の鍛錬、覚悟してろ。」
「やだぁぁぁ!早く帰ってきて、リシア様ぁぁぁ!」