000 序章
「もう五百年か…」
広間に、一人の女性が呟いている。
玉座の隣に立ち、月の光が天窓を通して女性の体に降り注ぐ。心なしか、その後ろ姿が寂しく見える。
「いったいどこにいるんでしょう、我が主…」
首に飾ったペンダントにそっと手を添えて、その人のことを考える。
絵になるこの状況を打破したのは、突然の大声だった。
「報告!」
服装から見て、メイドだろう。一人のメイドが駆けつけて、片膝をついて身を屈めた。
「ハンナか、どうした。」
女性は後ろを振り向き、さっきまでの気弱さが嘘みたいに消えて、凛とした声でハンナに問った。
「リシア様、成功しました!」
メイドのハンナは頭を上げて答える。その目からはやり遂げたという希望に満ちた光が見える。
「それは本当か!」
にわかに信じられず、リシアは思わず声を上げて問い返す。
「つい先ほど、研究室から連絡がありました。例のマシーンの開発、無事に終わったそうです。」
「そうか、そうか…魔力の痕跡を辿る、まさか本当に成功するとは…これで、魔力の根源を特定できるだろう…」
感慨深くこれまでの経緯を振り返るリシア。
あの方がいなくなってから、探すのを一瞬でも諦めていなかった。魔力を感知する力があったとしても、それには限界があって、せいぜい町一つという範囲、それ以上広く感知するには彼女の力では無理だ。
リシアはその足で、この世界の町をすべて歩いた。一つの町に到着するが早いか、魔力探知を使い、あの方がこの町にいるかいないかを探る。もしいたらなによりだ、いなかったら次の町へ向かい、この過程を繰り返す。
全ての町を探知した結果、可能性が低いと事前に分かったとしても、改めて現実と向き合わされて、さすがにこたえた。
このままではだめだとリシアは悟った。ゆえに一度城に戻り、研究を担当しているリサにこう命じた。
「わたくしのペンダントを預けるわ、主にもらった大切なものだ、中に魔法陣が刻まれている。その魔力の根源を特定できるマシーンを開発してくれ。頼んだ、リサ。」
「あいよ~、リサリサはすごいんだから、絶対できるよ!任せてください、リシア様!」
目の前にいる両手をふりふりして子供体型の女の子を見て、リシアは少し笑った。
「じゃあ任せた。」
次の瞬間、リシアはもうその場にいない。
町はすべて探した、次は山、その次は海。すべてリサに託すのはさすがに荷が重い、指導者として自分のできることはすべきだ。
それから、文字通りこの世界の隅々を探し回った、四百年もかけて。でも、いなかった。
残るはリサだけ、研究が上手くいくように祈るしかない。
五百年が経って今日という日に、ついに開発に成功した。
思い更けているリシアに、ハンナはこう言った。
「リシア様、研究室に行きませんか、リサが待っています。」
「そうだったな、すまない。行こうか。」
二人は広間を後にし、研究室へ向かった。
リサは目の前のマシーンを眺めて、頷く。
「この程度のこと、リサリサには朝飯前よ!リシア様、まだ来ないかな、かな!」
扉の開く音がして、二人の姿が現れる。
「リシア様!それに、げっ、ハンナ…」
「なにがげっ、だ!明日の鍛錬二倍にする。」
「わわ!ごめんごめん!リサリサが悪かったよ!謝るから、鍛錬だけは増やさないでよ!」
「そうはいかん!その貧弱な体を見てみろ!魔王軍として恥ずかしくないのか!」
「だって…リサリサは戦闘員じゃないもん…」
言い争っている二人を見て、いつものことながら見ていて面白く感じているリシア。
「二人とも、そこまでだ。」
このままだと埒が明かないと感じ、二人を止める。この芝居を見るより、マシーンのことがもっと重要だ。
「リサ。」
「分かりました、リシア様。」
リサは一歩左に移動し、後ろにあるマシーンをリシアに見せる。
大きさはおおよそ5メートル、前は操縦台、後ろに円盤らしきものが地面にくっついている。
「これが魔力探知マシーンです!名付けて時空超越アルファ!リサリサの生涯で一番の傑作だよ!」
「名前などどうでもいいわ、肝心なのは機能だ。」
リシアは胸に芽生え始めた期待を抑えて、冷静を装って言った。
「ブーブー!名前も重要なんだよ!」
「はいはい、分かった分かった。で、魔力は特定できた?」
「それはもちろん!これを見てください!」
リサは懐から小さな瓶を取り出し、それをマシーンの操縦台の上にある四角い装置に置いた。
「瓶の中身はリシア様のペンダントから採取した魔力です。これでマシーンは作動するよ!」
リサの言葉と共に、時空超越アルファは作動し始めた。操縦台のモニターにいろんなデータが現れ、しばらくすると、一つの座標が映し出された。
「ここです!あの方はやっぱり生きています!」
リサはモニターを指さして嬉しく言う。知ってはいるけど、もう一回探知しても、この胸にある高揚感はやはり止まない。
やっと…見つけました…
リシアは嬉しさのあまり、一筋の涙はその美しい頬を伝って地に落ちる。
「どこだ、あの方はどこにいる!」
「リサ、もったいぶるな!明日の鍛錬を三倍にするぞ!」
「その前に、リシア様、落ち着いて聞いて欲しいのです。」
リサが突然真剣な表情になって、これから話すことはとても大事なことだと、その顔を見てリシアはそう感じた。
何も言わず、リシアはリサの目を見て、話の先を促す。
「いい知らせと悪い知らせがあります。」
二人は黙り、リサの言葉を聞く。
「いい知らせは、あの方は生きています、しかも位置も特定できたのです。」
これを聞いて、リシアはどきどきした。胸の鼓動がだんだん早くなる。
「悪い知らせは…」
リサはリシアの期待に満ちた目を見て、歯切れが悪くなり、やがて決心がついたように、続きを言った。
「悪い知らせは、その…あの方はもう、この世界にいないのです。」
「それは、どういう…」
意味を理解できず、リシアは疑問をこぼす。
「リサ、明日の鍛錬は五倍に!」
「わかったよもう!言うよ!っていうか増やしすぎ!」
ため息をついて、リサは再び真剣な顔になる。
「あの方は生きています、これは本当のことです。厳密に言えば、この世界ではない、他の世界で生きています。そのモニターにあった座標が具体位置です。」
「ほかの、世界?」
「そうです。別の世界、異世界、何とでも言えます。実は、このマシーンはとっくの昔にできていました。でも、位置が分かっていても行けない、それが一番の問題です。リサリサはこの数百年間、ずっとこの問題に挑んでいました。そして今日!ついに成功しましたよ!超絶転移魔法を!だから時空超越アルファっていうかっこいい名前をつけたのですよ!」
自分の研究結果を語るといつも熱くなるリサ。
「なら問題はなかろう。こうももったいぶるとは、やはり明日の鍛錬は十倍にする。」
「やだやだ!ハンナ嫌い!助けてください、リシア様!」
リシアに抱き着くと、リサは心配そうに言う。
「ほんとに行っちゃうの?どこに繋がるかわかんないよ、危ないかもしれないよ…」
「大丈夫だ、心配してくれてありがと、リサ。」
そっと軽く、リサの小さな背を叩いて、優しく言葉をかけるリシア。
長年の経験により、リシアは理解した。そのマシーンの後部にある円盤に立つと、多分リサが言っていた転移魔法が発動するだろう。自分が未知の世界に飛ばされるということも。
「わたしも行きます、リシア様。お一人では危険です。」
ハンナは自分の考えを素直に話した、でも断られた。
「だめよ、ハンナは城に残る。わたくしが不在の間、すべてあなたに任せるわ。」
「しかし!」
「そうね、ならあのおてんば娘を連れてこい、護衛をやつに任せる。」
「ルルですか、承知しました。」
ハンナは研究室を出て、その人物を探しに行った。
「リサ、いい仕事をしてくれた。感謝する。」
リシアは本心から感謝を伝える。
「さて、ルルが来るまで、すこし準備をするか。」
リシアはリサから少し離れて、体から白い光が放つ。
次の瞬間、リシアはもう大人の女性の姿ではなく、少女になった。
「やはり、別れた時の姿で会いに行く。これで主はわたくしを見た瞬間思い出してくれるに違いない。ふふ、主よ、覚悟してください。五百年間の思いは、ちょっと重いかもしれませんよ。」
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