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同棲中断、まずは世界を動かす。

 

 森林に隠される様に佇む一軒の住宅。この家で魔王と勇者が同棲していたと聞いて信じる者がこの世界に何人いる事だろう。対話を重ね、着実に親交を深めた一週間は、これまでの経験の中でも随一に上る幸せな体験で、宝物のようでもあった。


 しかし現在その家は、日々の喧噪が嘘のように閑散としており、ダイニングで一人半べそをかきながら座る魔王の姿など、まして想像出来る者はいない。


「ゆー寂しいわ。ゆー、ゆー、ゆーっ」


 ここ一週間、片時も離れず一緒にいたパートナーである勇者の姿がない。それもそのはず、和平という夢を掲げた彼は実践に起こすべく、人界へと帰ってしまったのだから。別行動でそれぞれに出来る事をしようというのが、作戦として決めた。


「それだと、ゆーと一緒にいられないわ!!」と猛反発したものの、忌まわしき寄生虫(ティアとローラ)が彼を連れて行ってしまった。曰く、「一週間も貸したんだから別にいいでしょ?」と。


 和平締結前に世界を滅ぼそうかと考えたが寸前で思い留まり、今に至る。



 抱えきれない程のストレスに悶々としていたところ、結界に反応があった。その来訪者はひとまず予定通りで、今すぐ迎撃行動へ移る必要はない。


 コンコンコン。


「魔王様、アルベルト参上いたしました」


「よく来たわね、入りなさい」


 姿を見せたのは、顔立ちの整った騎士姿の男だった。

 清潔感溢れ、何人もの異性を虜にして来た美貌を持っており、極めて部下からの信頼も厚いという、モテる要素を余すことなく持ち合わせている。


 玄関で片膝をつき、首を垂れる。


「魔王様、ご無事で何よりです」


「ええ。貴方も私が不在の中で魔界軍を良く取り仕切っていたそうね」


「魔王幹部の座を頂いている身ならば当然のこと」


 彼は、魔王幹部の一人であった。

 誠実な受け答えがあって、一まずは安心する。


「それで……本日はどのようなご用命ですか?」


「私はこの一週間、人間についての監視及び観察を行っていたわ。現在我々が闘争を繰り広げる相手が如何なる存在で、何を思い何を好み、何の為に武器を振るうのか。そして、その結果。私はある一つの結論へと至った」


 アルベルトはごくん、と喉を鳴らす。


「人間は決して争うべき対象でない。寧ろ、同じ知性を持ち同じく必死にこの世を生き長らえる種族であり、我々は彼らと共に発展していくべきではないかと」


「それは……人間共と手を組むということですか」


「ええ、その通りよ。多くの人々はきっとこう言う。何百年と争い続けた魔族と人間が共に手を取り合うことはできないと。でも、私はこの一週間である一人の人間と友誼を結び、分かり合うことが出来た。決して無理なんかではなかったの」


 魔族には様々な思想を持つ者がいて、それは人間側も同じなのだ。この争いが続いているのは、お互いの過激派同士が常に己こそが優れた種族であると主張し戦い続けていただけ。だが蓋を開けてみれば、そもそも戦争を望む者がどれだけの割合でいるのか。


 試していないだけで、実はお互い興味があるのでは。


「なるほど。たった一週間で魔王様に何が起こったのかは分かりかねますが、元々魔王様は人間共と戦う事をあまり良しとしていなかったですからね。調べる必要のない彼らの生態を、毎晩書斎に忍び込んでは読み耽っていたのは、魔界軍ではかなり有名な話ですから」


「む、昔の話はいいのよ。それで、もう察しはついているだろうけど、今度魔族は人間達と和平を結ぶ対談を行うわ。そこで、貴方にはそれまでに国民達に人間の良さを知ってもらう手助けをして欲しいと思っているの。具体的な案は、既に勇者パーティーの者から意見を頂いているわ」


「ゆ、勇者パーティーですって。まさか彼らと魔王様お一人で対談なされたのですか、危険すぎます。いつ彼らが牙を剥くか」


「だから、その思考こそ既に人間に対して偏見を持っている証拠よ。見ての通り私は無事だし、傷一つついていない。洗脳の類を受けていないのも、貴方なら見たらわかるでしょう?」


 アルベルトは話を聞いて押し黙る。

 これは一種の賭けだった。ガルバドスの様に、人間を忌み嫌い、戦いこそ正義であると考えていた連中と違って、アルベルトはその対極にある穏健派閥に属している。


 和平を結ぶに際して、魔王側の独断で話が決められない以上、一番信用に値する者に協力を仰ぐ必要があった。そしてその第一歩目の結果は───。


「……そうですね、実は兼ねてより人間が作る料理に興味がありましてね。機会があれば是非ともご教授願いたいと考えていましたが、これを一個目の交流会とでもしましょうか」


「あはっ、アルベルト!」


「この話を広めるには、少し慎重になった方がよさそうです。いきなり過激派の耳に入って、内戦を起こす前に、まずは国民に我々の考えを浸透させた方が宜しいでしょうね。こちらの計画については是非とも私にお任せください。必ず、魔王様のご期待に沿ってみせます」


 さすがはアルベルト。期待以上の答えが返ってきた。


「魔王様は、あちらの国王様と詳しい日取りや場所などを勇者達を通して対話を重ねるのが先決ですね。トップ同士が不仲であれば、元も子もありませんから」


「ええ、それについては任せて頂戴」


「では、私はこれにて」


 玄関から一歩も動かず話し込んでしまったが、少し早急すぎただろうか。


「ええ? お茶していかないの?」


「宜しいのですか? ならば、一杯だけ」


「分かったわ、少し待ってて。用意するわ」


「なりません。私にも手伝わせてください」


 上下関係には、かなり敏感なアルベルト。

 客人としてもてなす予定が何故かキッチンの方へ。


「ええと、確かコップは……」


 と、食器棚を開けて……硬直する。

 おやおやおや、これは早々にピンチでは?


「(私の馬鹿ぁぁ、ゆーと同じミスをしてどうするの!?)」


 二組の食器。二組のコップ。

 ペアもので、如何にも同棲してますよ感満載の数々。

 全く反省を活かせていなかった。


「ほう……随分と仲が宜しかったのですね」


「え、ええ。仲良しの証明ってことね、えへへ~」


 ふにゃぁぁあ……やらかしたぁぁ。

 アルベルトの瞳に光が失われていく。

 事態は悪化するか、とも思われたが。


「それは何よりですね。魔王様にも仲が良い友が出来ることはこちらとしても喜ばしいことですよ。相手が人間だからこそ、身分という垣根を越えて、親交を深める事が出来たのでしょう」


 アルベルトは、つまらない事で怒るような子供ではなかった。


「ふう、ローラさんとは大違いね」


「はい?」


「ううん、はい。お茶をどうぞ。美味しいわよ」


「ええ、では遠慮なく───」


「頂きますよ。ほら言ってみて?」


「はい。頂きます……」



 □■□



「くしゅん!?」


「おいおい、どうしたローラ。風邪かよ」


 王宮でローラの可愛らしいくしゃみが木霊する。

 国王との謁見最中、緊迫した雰囲気を突き破るそれで、場の空気は一転して和んだ。


「あ、すみません陛下……陛下の御前で失礼を」


「よいよい、もしや其方を噂する者がいたのかもしれんな」


 噂する奴とは誰だろうか。

 ぱっと思いつくのは、最後まで火花を散らして口論を続けていたマナくらいだ。よりによって謁見の最中に仕掛けるのは如何にも彼女らしいが。


 何週間ぶりかになった人界。

 生まれ育った土地でもあり、随分慣れ親しんだはずなのに、たった一週間暮らした魔界とはまるで異なる環境で違和感がある。


 空はちゃんと青いし、空気も軽い。

 敵に後ろから刺される心配もなく安心できる。


 勇者一行と、国王との対談は順調に進んでいる。


「それで、日程については既にこちらで目星は付けております。しかし、驚きました。まさか陛下があれ程簡単に和平の申し出をお認めになるとは」


 ローラが素直に驚嘆を吐露した。

 事前に皆で打ち合わせを行い、国王が渋った際の対応を何パターンか考えていた。断られたら、どう切り返すかも入念に準備していたがその全てが無駄になったのだ。


「一重に貴殿らの努力故よ。魔族討伐に最も貢献した勇者とその仲間が和平を提唱したならば、それに付き従うのが道理。元より、貴殿らが前線を離れては初めから勝負にもならんよ」


 現実的な意見というか、消去法的な意見というか。

 まあ今はそれで構わない。


「俺は、知りました。魔族の心の温かさを。ですから今一度、彼らと手を取り合って、共に高め合うことが出来ると俺は信じています」


「そうか。ならば余はそれを信じよう」



 そして、それからはマナとも度々連絡を取り合った。

 魔界領でのイベント開催、交流会も複数開催できた。その間の護衛を勇者パーティーが引き受け、特に大きな襲撃等は見受けられなった。


 不穏なのは、過激派の残党が見当たらないこと。

 かなりの抵抗を予想していたが、何の干渉もないのは不自然だ。


「なあティア。魔王幹部はどれくらいいるんだ?」


「ううん? 多分六人くらいだったと思うよ~? で、ガルバドスはゆうくんが殺っちゃったから、少なくとも五人いて、マナさんがその内の一人を味方に付けたって言ってたから、実質的に言えばあと四人いるはずなんだけど」


 四人全員が穏健派だった可能性があるだろうか。

 それはいくら何でも都合が良すぎるな。


「何らかの力が働いているのかもな」


 その力がこちらに影響しないことを願うしかない。



 □■□



 魔界軍は、実力至上主義である。

 強き者が弱き者を淘汰する。それが、当たり前の世界。


 故に、同じ魔族が魔族を殺そうが問題にならない。

 相手が弱かったから、死んでしまったという解釈に陥る。


 ガルバドスは死んだ。何者かの暗殺を受けた。

 つまり、彼は弱かった。魔王幹部の器ではなかったのだ。


 では、他の者は?


「ぐ、ぐぁあああ……な、何故だ」


 背後から首を絞められ、息が詰まる。

 意識が朦朧とし始め、視線が定まらない。

 それでも最後に、見た彼の光景は。



「何故だ、()()()()()()


 どさ。また一人の魔王幹部が死んだ。


「邪魔な因子は早々に消し去るのが有効です。貴方は魔王様に反抗心を抱いていた。だから死んだ。今までは多めに見てやっていましたが、今の魔王様を邪魔させはしません」


 これで邪魔な幹部は全員殺した。

 調印式を今日行おうと、問題なく進めるだろう。


 死体を遺棄し、魔物に食わせる。

 これで証拠隠滅も完璧だ。


「さて、では()()()()()()()()()()()()()


 魔王謁見の場へと移動する。

 和平交渉の進捗が上手くいっていて、魔王は上機嫌だった。


 だから、まるで警戒をしていなかった。


「魔王様。いよいよ明日ですね」


「ええ。明日で世界が動く。いえ、動かして見せる」


 今の彼女は、どこまでも前を向き素晴らしい存在へと仕上がっていた。だからこそ、アルベルトは試さなければならない。その彼女の思考が、思想が何に基づき、何に影響されたのか。


「魔王様、()()()()()()()()()()()


「え?」


 睡眠魔術が襲った。

 全くの無警戒、魔術は完璧に作用し、魔王の意識が刈り取られた。力なく、椅子へと持たれかかり、可愛らしい寝息を立て始める。


「これでいい。これで正しい世界へと導けるはずだ」


 アルベルトは彼女を抱きかかえて、その場を後にした。

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