同棲が世界を変える刻。
魔王と勇者が同時に人生最大のピンチを迎えた。
戦闘で命を落としそうならまだ分かる。しかし現在陥ってしまった状況は、修羅場という尊厳の欠片もないもので、主に女性陣からの目線は氷点下にも勝る寒さである。
「ユウ」
「はい、なんでしょう……ローラさん」
「その子が、5歳同然なんかにはちっとも見えないんだけどどうなのかな。私の目がおかしいの、それともあんたの頭のネジが吹っ飛んでるの? ねえどっち?」
最強の言い訳によって言い逃れる作戦も潰えた。
ここからはなるべく事態を大きくせず、ことを穏便に済ませられるかが焦点。喧嘩が勃発し、家が吹き飛ぶような惨事を起こすわけにはいかない。
「えっと、えっと……」
あ、あれ? 詰んでるくねこれ。
上手く言葉が出てこない。冷や汗が無限に垂れてくる。
「ゆー、私ってそんなに魅力ないかなぁ」
「何故泣きそうになってんの!? いやいや、マナは十分魅力的だって! だからまずは一回落ち着こう、な?」
ローラを止めるか以前にマナの情緒が不安である。
下手に刺激しないよう、冷静に、冷静に。
「へえ、ユウってばその子にメロメロな訳ね。私達が苦しんでる最中に一人美少女にちやほやされていい気になってたんだ。本当に信じらんない!」
「ゆうくんサイテー!」
ローラとティアの二段攻撃。心にグサグサと突き刺さる。
畜生、こう考えてみると自分のクズさが実感できるな!?
「まあまあ、ローラもそう言ってやるなよ。こいつだって生きるのに必死でなんとかここまでたどり着いたんだ。相手を選んでる場合じゃなかったってのはローラだって分かるはずだろ?」
「それは……」
ここに来て見かねたのかアッシュが肩を持ってくれた。
攻勢ムードだったローラが一瞬たじろぐ。
「それに、ローラの回復魔法も解毒薬もない状況だ、アルバドスの毒に苛まれながらも生き延びたってのは素直にすげえ事だと思うぜ?」
「アッシュ……!」
なんて良い奴なんだ。持つべきは友だな!
と思っていると、
「だが、だからこそ聞きてぇんだが……その子、魔族だよな。どうして討伐すべき対象の魔族とてめえが一緒になって暮らしてやがるんだ?」
「……っ」
核心を突かれた。
マナの頭部の角と尻から覗かせる尻尾は、どうあがいても隠せるものではない。魔族と人間が同じ屋根の下で暮らした、こちらの方が問題視されるのは目に見えていた。
「返答次第じゃ、てめえに武器を向けなきゃいけねえんだ。ここからおふざけなしで、真剣に答えてもらおうか」
マナを手で制して後ろへ回す。
例え仲間が相手でも、彼女を殺させはしない。
「俺は、魔族の味方もしたいと思っている」
「それは、俺達の敵になるってことか?」
「いや、違う。人間とも戦うつもりはない」
「じゃあ、何がしたい?」
何がしたいか、だって?
幾らか落ち着いたマナの顔に目を近づけた。
「ゆ、ゆー……」
やっぱり可愛い。この子と一生を共にしたい。
ならば、その夢を叶える方法は一つしかない。
「和平だ。魔族と人間。その両方と仲良くしたい」
俺の言葉に三人は目を見開く。
一週間の間で出した究極の結論を今一度他者に聞かせるのは、これ以上にない程緊張する。なにしろ人間と魔族との諍いはなにも数年程の話ではなく、何百年と続く歴史なのだ。それを簡単に和平を唱えることがどれだけ突拍子もないことか。
勇者パーティーとして最前線で戦い続けた者だからこそ、その難しさを理解していた。
「本当に出来ると思ってんの?」
「今の俺は、マナと一緒にいるというこの状況をどうにか正当化するのに精一杯でして……正直出来るかどうかなんて何も考えてないかな、あはは」
だから、そんな汚物を見るような目で見ないでください。
すると、終始涙目で状況を伺い続けていたマナがここに来て口を開いた。
「私とゆーの関係については今の所問題ないと思ってくれて構わないわ。貴女が想像しているような殺し合う間柄でないのは、見ていて分かるでしょう?」
「そうね。忌まわしい程にね」
いちいち棘のある言い方をするローラ。
しかしマナは泰然たる様子で話を続ける。
「これは単なる一つの例にしか過ぎないけれど、魔族と人間が良好な関係を結びうることの証明でもあると思っているの。私達と同じように、愛し合う仲となる存在もきっと現れるはずだわ」
「ゆうくんと勝手に愛し合ってる判定なのは癪だけど、くぅ……言い返せない。なんでだろ、本当に出来る気がしちゃってる」
ティアが一定の理解を示した。
それもそもはず、今必要もないのにマナは腕を組んでいちいち見せつける格好を取っているのだから。これが私欲ではなく、説得の為だと切に信じている。
「はあ、分かったわよ一応納得はする。認めた訳じゃないけれどね」
とうとう、鬼門だったローラも降参だ。
アッシュも特に意見はないようで首を横に振っていた。これにて、場が血と殺戮に染まる戦場とならずに済んだ。
「さて、ここからは貴方達を客人としてもてなすわ。そのまま寛いでて、今お茶を持ってくるから」
マナは一旦場を離れた。
後ろ姿を気の抜けた顔で見る仲間達。
「いい子だな、ユウ」
「だろ? 料理もかなり美味いんだぜ?」
「そりゃ良かった。あんな風に今の俺らと同じような和気藹々とした雰囲気を作り出せるのは一重に彼女の魅力ってところか」
「なんだよ。羨ましがってもマナはやらんぞ?」
「分かってる。言ってみただけだ」
ダイニングに総勢五人は少々手狭に感じるが、いつもの二人きりの状況と違って、パーティーを催しているときの様な活気溢れる場に変わっていた。
「やりたい事は分かった。で、具体的にどうするかだ。二人だけで満足するならそれでいいが、仮にもユウは勇者なんでな、国王様にも報告せにゃならん」
勇者一行は、国王が遣わした兵士みたいなもの。現場で見聞きした事を正確に雇い主である国王に伝える義務がある。その際、魔族と同棲していたと報告した時どうなるか。
「あのさ、思ったんだけど。国王様に素直に相談してみたらいいんじゃないかな。争う必要がない世界が本当に実現できるなら、きっと国王様だってそれを望んでいるはずだよ」
ティアが現実的な案を提唱した。
「はあ、確かにそれは一理あるけど人間側がいくら団結した所で、魔族がそれに耳を貸さなきゃ意味がないでしょう? せめて幹部クラスの人にこの話を聞かせないと」
と、ローラ。
あれ? 幹部クラスどころか、もっと大物がここに。
「ローラさん、私魔王だけどそれでいいんじゃないかしら?」
「あ、そう。じゃ魔王の了承も得られたことだしその方向で進めていきましょうか。あれ今魔王って言った? ちょっと、待って。さすがに聞き間違い?」
「いいえ? 私が魔王よ」
「はあ!? どういうことよユウ、説明しなさい」
「そのままの意味だよ。マナは正真正銘の魔王だ」
あ。ローラが泡吹いて倒れた。
ティアは目が動いてない。バグった。
「う、嘘だよな……ユウ。俺達が必死に戦って、追い求めていた存在と俺は今同じ席でお茶啜ってるなんて、嘘なんだよな!?」
「いや、本当だって」
「じゃあつまり何か? 勇者と魔王が同棲してたってか!?」
「「それが何か?」」
「問題大ありだろうがぁぁあ!?」
魔王という存在はやはり取り乱すには十分な材料。
そして、魔王と勇者パーティーが共に茶菓子を口に放り込みながら雑談するような異質すぎる現状に、脳がクラッシュを起こしている。
「けどナイスだアッシュ。今の話でようやく分かった。まず人間側は計画通り、国王様に和平の件を打診する。そしてマナはもう一度魔王として、和平条約を締結する」
「ええ、魔王になったらゆーと一緒にいられなくなっちゃうわ」
「和平条約の条項にいろいろ条件を盛り込めば」
「やるわ。文化交流という名目でお互い人材を各領土へと派遣する流れにしようかしら。あ、でも勇者には是非ともイメージアップに努めて貰いたいから我が国への来賓としてVIP待遇を」
「早い早い早い、まだ締結もしてないから」
とりあえず乗り気になってくれてよかった。
魔王というピースが加わることで、和平という儚い夢のような幻想が現実的になり始めた。五人で今後の動きについて照らし合わせつつ、目標までの期日を一か月と定めた。
「和平の調印式は出来るだけ早くすべきだろう。反対派がどうこう言う前に制度化することで、反対勢力を抑止するんだ」
「冒険者はどうする。職を無くすんじゃないか?」
「いや、魔族と魔物は違うから大丈夫よ。私達魔族にとっても魔物は使役しないと唯の害虫にすぎないもの。討伐対象に変わりないわ」
「それに、冒険者って元々傭兵の見習いみたいなものだろ? 王国騎士軍やら宮廷魔法師団やら配属先はいくらでもある。人員募集を更にかけて、正式な訓練を執り行わせれば、かえって軍事増強にもなるんじゃないか?」
「問題は魔族側の反対勢力よね。魔王の支持力がどの程度かは知らないけど、絶対に調印式を妨害したりその前に暗殺を企む輩が出てくる。武力行使上等の魔族ならやりかねない」
「悔しいけどそれについてはローラさんの意見通りよ。調印式が始まるまでに、出来るだけ多くの賛成票を集めて、国民を扇動するしかないわ」
「あ、分かった。あたし達が魔族の街で慈善事業とかするのはどうかな。他にも座談会みたいなのを開いて先行して交流の場を設けるとか」
「闘技場なんてのもいいよな。お互い本気でぶつかい合っていた者達だからこそ、一種の競技として戦いあって盛り上がる。そんなのも捨てがたいぜ」
勇者と魔王が同棲を初めて一週間。
今、世界が変わろうとしていた。