おまけストーリー 金貨二枚の価値。
最終話です。おまけですが、どうぞ!
バーのカウンターに二人の人影があった。
グラスをそっと持ち上げると、小気味いい音を立てて乾杯する。口に運ぶと香ばしい香りが鼻孔を擽り、口内には果実の甘酸っぱい酸味が爽やかに刺激する。
魔王と勇者。本来相容れぬ存在がサシで飲み会中。
無論二人は同棲するような間柄、そう驚く事ではない。
「終戦一か月を祝して乾杯っ」
「かんぱ~い」
長きに渡る大戦は終結した。
お互いに血を流す惨事には至らず、平和的な世界は作られた。
二つの種族の間で起きていた偏見や攻撃的な感情も今では完全に消失し、二国が発展していく為に協力的な姿勢を築いている。だがそれらは所詮副産物に過ぎない。
「ねえ、ゆ~」
とろんと、顔を蕩けさせた魔王マナ。
横にいた勇者ユウの肩に頭を預けた。
「ちゅーしよ?」
「酔ってるな、マスター水をくれ」
和平締結の一番の利益は、二種族の頂点とも言える二人が一目を憚らずにいちゃいちゃ出来る事、それが何よりも大きい! とマナは断言していた。
「(ここ最近は邪魔者が多くて碌に手が出せなかったわ……でもようやく巡ってきたチャンス! ここで仕留めるわよ)」
魔王、接近戦へ持ち込む。
「ちょ……酒弱いくせに飲みすぎだって!」
それは嘘である。
マナは決してお酒に弱くない。
寧ろ、弱いという演技を重ね自然に接近するチャンスを増やす為の布石をうち続けていた。今更疑われる余地はありはしない。
勇者、防戦に出る。
「そうだ、今日マナの所で働いてた分が評価されてさ、初任給が出たんだよ。ほらほら、こっちの方が気になるだろ!」
苦し紛れの話題転換。
ガサゴソと封筒を漁り、逆さまにする。
からんころん、と机の上に給料が落ちた。
「わわ……っ、金貨が二枚?」
「ああ、なんか思い出さないか?」
はて、とマナは首を傾げ。
「あっ、もしかしてあの時の!」
思い当たる節は確かに存在していた。
金貨二枚は思い出の数字、同棲の為の口実として貸したままだった。約束を交わしたのは同棲三日目、初めて街に行った時の事だった。
「あの時は魔族側の通貨が何もなくて、買い物すら碌に出来ない状態だったからな。あの時に借りた金を今返そうと思って」
「だからって折角の初任給を全額私に支払うのはおかしいわ。それに、結局そのお金だって私のプレゼントにつかったでしょう」
ちゃりん、とマナの胸元から首飾りが姿を現す。
U字型のペンダントだ。首から提げてあった。
「四日目の朝よね。ガルバドスが死んで、その後泥のように宿で眠って……」
「帰る前にもう一回見回った街で、俺が買った物だな。マナは俺の事をゆーって言うからそのペンダントを見てビビッと来たんだ。きっと喜んでくれるってな」
「最初は磁石とも思ったけど、それでも意味は通るのよね。『磁石みたいに君を掴んで離さない』。ふふっ、格好いいわ~! ゆー、惚れ直しちゃった」
「言ってない言ってない、そんなセリフ吐いてない。勝手に捏造して勝手に惚れ直すな、俺がバカップルの一役を担っていると思われるのは大変不名誉だ」
最近のマナは特に饒舌になっていた。
本心を隠す必要がなくなった結果の産物である。
雰囲気は最高潮。
お互いに見つめ合っていると自然と顔が寄る。
お酒の力もあってか、理性が仕事をしない。
重力でもあるかのように引き寄せられて……。
「こほん。てめえら、いつまでやってる」
「「!?」」
聞き覚えのある声にゾッとする。
一瞬で距離を離す二人。
「ってか、今の声は……アッシュ!?」
「どこにいるのかしら。私達に気配を悟らせないなんて」
「目の前だ、よく見ろクソカップル共!」
アッシュは、バーのマスターだった。
最初からアッシュはその場にいたのだ。
「いつ気付くかと思ったがまさかずっと気付かんとは」
「な、何やってるんだよ……アッシュ!」
「こないだ、魔界領で開催した決闘大会があっただろ? 俺はそこの決勝で敗れて以来、特にやる事もなかったもんでバーを経営する事にしたんだ」
「あー、確かルミナリエ王女が優勝かっさらったやつか」
……
「くしゅん」
その場にいないルミナリエは遠くでくしゃみをする。
……
「それで私達のいちゃいちゃを止めた理由は?」
「逆ギレされてんのか俺は!?」
キッと鋭い視線にアッシュは怯える。
本来討伐対象だった相手からの殺気。
鬼気迫る表情に割と本気だった事が見て取れた。
「いやいや、ユウ。折角マナさんにプレゼントしたのに、そんなチープな品で良いのかよ。大体金貨二枚で渡せる物っていくら何でも安すぎだろ。せめて三枚はだな……」
「アッシュさん。ゆーのプレゼントにいちゃもん?」
「だから俺はどうしてこうなるんだ!?」
報われないアッシュにざまぁみろとユウ。
しかし、言いかけた内容もその実気になる所。
「で、お前は何が言いたいんだ?」
「これは客から聞いた、まだ噂段階の話だがな。ここの近くの泉に不思議な精霊が宿ったらしいんだ」
「胡散臭っ」
「帰りましょう、彼と用事はないわ」
導入部で既に飽きた。
帰り支度をする二人。
「待てって話は最後まで聞け! 実はその精霊はカップルと行かないと出ないらしく、泉に高価な品を投げ入れた時に精霊は姿を現すそうだ」
「ほーん。で、その精霊は何か話すのか?」
「ああ。泉に落としたはずの品をより高価にして返してくれるんだそうだ。だが、受け答えを間違えた時にゃ───」
「持っていかれて終わり、か。確かにカップルじゃないと出てこないのも不自然だし、気になるな」
僅かな逡巡のあと。
「行きましょう、是非」
マナは英断する。
即断即決、私欲モンスターは一歩目を踏み出す。
「行くか、是非」
ユウは英断する。
即断即決、私欲モンスターは一歩目を踏み出す。
お会計を済ませ、一瞬で席を立つ。
お互い方針は決まった。
□■□
噂が仮に本当だとして。
着く前から、既に投げ入れる物は決まっていた。
「(例のペンダント、あれをぶち込んだら高価な品になって戻ってくる。なら、それをさらに投げ入れたら? 無限に高価になってくれるなら、元のペンダントを一個買い直した上で、差額は全部利益。これで商売出来るじゃんか〜!!)」
勇者、クズ思考は健在であった。
折角のプレゼントも、噂が本当だった時は投げ入れる所存である。金の為なら人間はどこまでもやるのだ。
「(ふふっ、高価な物、なら何を入れても良いのよね?)」
魔王、既に危険な思考に走る。
高価、即ち高価値な物品の提供───。
「着いたわ」
近くにある泉、噂の出処はここで間違いないらしい。
木々に囲まれる様にひっそりとあった泉。
白みがかった蒼の液体がぷかぷかと揺れる。
さて。
「精霊の気配は?」
「ビンゴよ。底からビンビン来るわ〜っ」
本当だったらしい。
アッシュに遅まきの感謝を心で唱えて。
「マナ。首に提げたそのペンダント。一瞬貸して欲しいんだけどいいかな」
「いいけど……ってああ、そういう事なら分かったわ、首に付けてあげるから待っててね!」
投げるはずが首に装備されてしまったユウ。
マナは何を理解したのかと首を傾げていると、
「じゃあ、頑張ってね、ゆー!」
「は!?」
ドン───背中を蹴られた。
勢いを殺せず、泉に飛び込んでしまった!
普通の水とは違い、全く泳げない感覚。
底へ底へと引き摺られていく───。
「完璧だわ……!」
マナは拳を握りこんだ。
高価な物=ユウの図式が頭から離れなかった。
「(つまり、ゆーを蹴落とせばいいって事ね!!)」
私欲の為に大切な物すら賭ける。
二人は同じ考えだった! 相思相愛だった!
ただ賭ける対象が、物か人かの違い。それだけである!
ぺかーと光が輝き一人の女が姿を現す。一瞬警戒するマナだったがすぐにその横に目が奪われた。
二人のユウが現れた。
『貴方が落としたのは、金のユウですか? それとも銀のユウですか?』」
「どっちも欲しいわ……っ!」
究極の二択だった。
欲しい、欲しい。その為にどうすればいいか……!
□■□
困惑する姿を見て、精霊は愉悦に浸っていた。
彼女は、泉の精霊。しかし、その性癖は訪れたカップルの相性を見抜き、その恋の行く末を占う事。
金銀に目を奪われる男。
大切なのは真実よと反論する女。
金か愛情かを言い合う夫婦の様な光景。
泉の精霊はその修羅場をご所望だった。
『(さあ、貴方達はなんと答える?)』
「ねー、ゆー。どうする、」
「ごぼ、ごぼぼっ、ごぼぼぼぼ……!」
(金にしろっ。俺は後から自力で抜け出すから!)
勇者、金を選択!
「えー、私両方がいいなぁ〜」
魔王、金銀を選択!
さて、この話はそもそも正直者が得をするという典型的なパターンの話だったが、二人には正直に答える等という発想がそもそも出てこなかった。
「ゆーがもう一人〜♪ もう一人のゆ〜」
「ごぼ、ごぼぼぼ!!」
(金、金が手に入る!)
これ程の意思疎通。信頼感。
泉の精霊は戦慄を催した。
素晴らしいシンクロ率。
お似合いのカップルだったのだろう……。
だが、この話の正解は正直である事。
不正直であった者に物は渡せない。
泉の精霊はその時点で興味を無くした。
所詮は危ない連中、恋人を突き落とす彼女?
それでも金の方を優先させる彼氏?
そんな連中とこれ以上話す必要もない。
早々に立ち退いて貰おうと話を終わらせる。
『貴女は不正直ものですね。そんな貴女にはあげる物等ありません。失礼しま───』
「「待て」」
『ひいっ!』
ガシッと、陸からマナ。水からユウが掴む。
その瞬間、金銀のユウは姿を消した。
『ごめんなさい~~~!!!!』
「あーー! 私だけのゆーーー!!?!?」
(あーー! 俺だけの金ーーー!!?!?)
儚い幻想は失せた。
泉の精霊はガチ泣きしながら底へと消えて行った。
無論、一介の精霊に勇者は止められない。
拘束力のなくなったユウは地上へと上がった。
「結局、だめだったか。ペンダント新調しようと思ったのに、あいつ逃げやがった」
「ゆーってそんな事考えていたの? でもやっぱりオリジナルの方がいいわ。欲出して全部手に入れようとするのは、乱暴すぎるもの」
セオリー無視の実力行使。それは失敗に終わった。
それでも学びが無かったわけではない。
金銀の外面をいかに高価に見せようと、オリジナルに敵わない。
この物語の本質は、真実が正義だということ。
「例え、金貨二枚の価値しかなくてもこのペンダントにはそれ以上の価値があったって事か。見かけに騙されちゃいけないよな。ごめん、こいつは濡らしちゃったし、今度新しいやつ買うから」
「私こそ、ごめんなさい。ゆーが何人も欲しくてつい……ペンダントは魔法で保護してあるから特に買わなくても大丈夫よ。ううん、これがいいの。これが一番だわ」
大事なのは、金銭の価値ではない。
その物に対する。人に対する思い入れなのだ。
「服もびしょびしょになったし、帰るか」
「あとで一緒にお風呂入ろっ、身体洗ってあげるっ!」
「まだ酔ってるのか~って、くっついてくるな!!」
真実を確かめ合った二人は、再び拠点と帰っていく。
平和に包まれ人間と魔族が共存する、魔王城へ。
最後までお読み頂きありがとうございました!
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