同棲の為の最終試練。
剣戟の音が室内に響き渡る。
激しく火花が散り、衝撃派が壁を揺らし、地面に亀裂が入る。
アルベルトと勇者の主武装は共に剣だ。
魔法による遠距離戦ではなく、膂力と腕力、握力。力の鬩ぎ合いが続く攻防で世界最高峰の零距離戦闘が繰り広げられていた。
「魔王様をお前などに渡してたまるものかッ!!」
「お前こそ、マナが苦しんでいる時に手を差し伸べてあげられずに行方を眩まされておきながら、まだマナの理解者面をするつもりかよッ!!」
剣の腕は互角。単純な打ち合いなら日が暮れる。
しかし今は実戦、騙し合いを制した者こそが勝者となる。
剣をあえて逆手に持ってアルベルトの一太刀を凌ぎ、そのまま身体を密着させて肉弾戦へと移る。思い切り膝を蹴り入れるが、固い筋肉に阻まれて思ったダメージを与えられない。どうやら体術にも心得がある様で、フェイント気味に打ち込んだ拳が空を切った。
「さすがは勇者、他と一線を画す強さだ」
「曲がりなりにも人類最強なんでな」
魔族と人間では身体の構造が違う。剣を掠る程度でも血が噴き出す脆弱な種族とは裏腹に、魔族の皮膚は非常に硬く、魔力を通せば剣程度受けきってしまう。
それでも柔軟な思考と、小回りの利く身体で戦局は普通に覆る。戦いに特化していない種族が故に、戦略を練り多種族と渡り合う力を手にしたのだ。
大上段から振り下ろされる一撃に、聖剣の腹で迎い打つ。
その寸前に、『亜空間収納』に聖剣を戻し、懐に入った段階で再度展開。無防備な足元に剣の柄を引っ掛けて振り払った。
「く……っ、小癪な」
「やはりマナの隣に相応しいのは俺みたいだな、魔王幹部」
そう言っておきながら、実は内心テンパっていたりする。
「(あ、あれー? 俺こんなに強かったっけなー??)」
驚く程身体が軽いし、相手が遅く見える。
はっきり言って負ける気がしない。
間合いを取ると、アルベルトは大袈裟に息を吐いた。
何かの覚悟を決める様子。
大技が来るのか、と警戒レベルを上げた。
「よく理解した勇者。お前はただ、魔王様に会い、その魅力に惹かれたが為に今この場にいるのだな。本来殺し合う運命だった二人が、だ」
「運命なんてのは俺達が決める事だ。勝手に言ってろ」
何を理解されたのかは不明だったが、今の答えに嘘はない。
ヒモになる運命だって、自分で切り開くべきなんだ!
残りニ十分程度で式典が始まる。
恐らく向こうは大騒ぎになっている頃合いだ。
「次で最後にしよう、勇者。お前が持つ本気の一撃で私の心臓を貫いてみろ。もし出来ぬというのなら、魔王様は連れていかせない」
「分かった」
残り時間が少ないのだ、今の話に乗って損はない。
残された全ての力を使って最高の一撃を繰り出す。
剣を水平に構え、吶喊する。
アルベルトも同時に動いた。
袈裟斬りの構え。その一撃を躱せば、決定的な隙を晒す。
この勝負、勝った!
本当に……そうだろうか。
その時、脳裏に疑念が生じた。
『次で最後にしよう』という言葉の意味が引っかかる。
普通、最後だと告げるのは何らかの勝算がある場合のみだ。それに、心臓を貫けという指示にも違和感が残る。まるで、自分を殺してくれと言っているような……。
瞬間、最後の交錯。
粉塵が場内に舞い、視界が遮断される。
暫くしてアルベルトは剣先に血が付着している事に気が付いた。それと共に、何か肉を断ってしまった感覚。取り返しのつかない事をしたと腕が震え始めた。
だが、その動揺は杞憂に終わった。
剣が片手で握られていたのだ。
「な、なぜ……なぜ攻撃して来なかった!?」
「だってお前、本気で斬るつもりなかっただろ。マナに迷惑をかけたからって自分一人決闘でわざと負けて退場とか、そんな事誰も望んでねえって」
ひりひりと片手が痺れる。
かなり深く刻まれたのか、血が止め処なく溢れる。
「ったく、部下は上司に似るって言うのかな。俺がそのセリフを聞くのは二度目なんだわ」
迂闊にも睡眠薬を口付けで飲まされた夜を思い出す。思い詰めた表情で、もう後がない事を悟った様に迫るマナの姿を人生で忘れる時はないだろう。
「だが、私はお前を誘き寄せて……」
「それがマナの為だってなら別にいいだろ。俺だって、全然よく知らない奴がマナに手を出したって聞いたら殺してやりたいくらい憎むだろうし」
アルベルトの行動自体は決して命を以て償わせる程の物ではない。寧ろマナを守ろうと必死になってくれた事を褒め称えて労うべきだろう。
「俺にはマナが必要だ。和平も必ず結ぶ。安心してくれ、俺は絶対にマナを悲しませる様な真似はしない、もししていると思ったら煮るなり焼くなり好きにしてくれて構わない」
「信じて、いいんだな?」
「ああ。マナは俺が守る」
その言葉を聞き届けたアルベルトは観念したのか肩を竦めた。ふいっと視線を奥にやると、向かい越しに扉がある。
「魔王様はそこで眠らせている。起こしに行ってやってくれ」
「眠りの解除方法は?」
「運命の人とのキスと相場が決まっているだろう」
ふっと小さく笑うとアルベルトは姿を消した。大方例の隠れ家にあった同棲相手の生体反応をトリガーに眠りを覚ますよう仕組んだのだろう。つまりアルベルトは例え相手が誰であれ、マナを差し出すつもりだったのだ。
部屋を移すと、確かにマナが眠っていた。
安らかに寝息を立てて、ベットに横たわっている。
「お姫様、皆が待ってる。お目覚めの時間だぜ」
口先へ触れる程度の優しい口付けをした。
だが、魔力への反応は無し、失敗したか?
刹那。
「ん、んんん~っっ!?」
後頭部に腕を回され、がっちりとホールドされた。
まるで動かず、ついでにマナの舌がねじ込む様に口内へと入ってくる。
「(嘘だろ、なんだこれ。つか、マナ起きてんじゃん!?)」
「嬉しいわぁ、ゆーから目覚めのキスをしてくれるなんて」
顔を蕩けさせて、息を荒げるマナ。
目もどこか虚ろで、理性が全く働いてない。
そのままベットに押し倒される。
マナは既に胸元がはだけていた。
抵抗できないまま、強引に服を脱がされる。
完全にマナはヤる気だった。
「待て待て、あと十五分くらいしかないんだって!?」
「あはっ、あと十五分もあるの~っ!?」
その十五分で何をしていたのか、後でローラに問いただされた。
口が裂けても言えない、絶対に言えない。
この秘密は墓まで大事に持っていくんだ。
「全く、私もサービスしすぎただろうか。キスでなくても魔王様に触れるだけで魔法が解除できるようにしておいたのだが。まあ、これくらいは許してやろう」
アルベルトは密かに微笑みながら、式典会場へと向かった。
□■□
裏切られたわ!
アルベルトに不可視の魔法をかけて隠蔽小作をしつつ、抱きかかえられている現状を鑑みて冷静にその結論へと至った。記憶が確かなれば、謁見室にて会談中アルベルトが睡眠を施し、正しく誘拐を図ったものだった。
魔法そのものは三秒以内に解除したが、何をするつもりなのかは純粋に気になった。元々根は真面目で、自分の信念を貫くタイプだからこそ、アルベルトの真意が気になったのだ。
連れていかれたのは別棟の地下だ。途中、何人もの人に姿を見せる様に歩いていたので、遺棄して放置するような真似はしないと分かった。
ベットも用意されており、事前に計画しただろう事は一瞬で分かった。丁寧に身体をベット降ろすと、アルベルトは計画段階を次に進めた。
「きっと来るはずだ。魔王様と同棲していた者を必ず炙り出す」
「(え~~!! ゆーが来るの~!? サプライズ!!)」
流石はアルベルト。主の考えをよく分かっている。
連れ去られたお姫様をそれを救いだそうとする王子様。まるで童話の様な体験をなんとこのタイミングで現実の物しようと彼は計画していたのだ!
明日に調印式が控えている為、殆どの関係者は出払っていてこの場にいない。更に、一週間の失踪も相まって行方を眩ませる事に部下達は耐性が出来てしまっている。
唯一異変に気が付けるのは、同棲していたユウのみ。
「(なんて素敵なサプライズなのかしら~!)」
正直言って調印式やら和平はどうでもいい。世界すらも利用しきって私欲を満たすのが魔王というものだろう。この絶妙なシチュエーションに震えが止まらなかった。
「(でも、寝ているだけなのはちょっと退屈よね)」
まさか魔法が解かれていると知られれば、アルベルトは動揺し、計画を中断してしまうかもしれない。彼には馬車馬の様に働いて貰わなければ。
沈黙を貫く。
くぅ~。
「(あ、お腹が鳴っちゃった。そっか~寝ている間はご飯を食べる事も出来ないのよね。それはちょっと残念だけど、仕方ないわね)」
これも計画遂行の為。今更引き戻せない。
予定通り、ユウはこの地にやって来た。
なんと、私を男二人が全力で戦って取り合っている。
「うわあ、凄いハイレベルの戦い。それがこんなしょうもない争いの為なんて知ったら、きっと神様にぶっ殺されるわね」
知ったことか。
イチャイチャの為には神をも敵に回そう。
勝負はかなり互角なのが焦れったい。
隠蔽を施しつつ、ユウに補助魔法を仕掛けてやった。
ちょっと強くなりすぎた。
そして最後の交錯。音が止んだ。
決着がついた。
「な、なぜ……なぜ攻撃して来なかった!?」
「だってお前、本気で斬るつもりなかっただろ。マナに迷惑をかけたからって自分一人決闘でわざと負けて退場とか、そんな事誰も望んでねえって」
ユウは片手から血を大量に流していた。痛そう。
「俺にはマナが必要だ。和平も必ず結ぶ。安心してくれ、俺は絶対にマナを悲しませる様な真似はしない、もししていると思ったら煮るなり焼くなり好きにしてくれて構わない」
「信じて、いいんだな?」
「ああ。マナは俺が守る」
素敵だわゆー。もう、我慢できない。
身体がじんじんと火照り、服を脱ぎ始める。
「魔王様はそこで眠らせている。起こしに行ってやってくれ」
「眠りの解除方法は?」
「運命の人とのキスと相場が決まっているだろう」
※!?!?!?
「(素晴らしいわ、アルベルト。後で国家予算半部くらいの褒章をあげましょうか。きっと彼なら喜んで受け取ってくれるはず)」
先程の戦闘で命を落とそうと画策していた様だがとんでもない。彼の機転と状況判断力は魔王幹部の域を超えている。全国民はアルベルトを見習うべきだ。
ユウは部屋へと入ってきた。
「お姫様、皆が待ってる。お目覚めの時間だぜ」
口先が触れる程度の優しいキス。
心が、爆発しそうな程興奮した。
もう己を制御する理性が消えうせた。欲望を全て吐き出す勢いで舌をねじ込んで搔きまわした。向こうは驚いていた様だったが、容赦するつもりはない。
「嬉しいわぁ、ゆーから目覚めのキスをしてくれるなんて」
ユウの服を次々と脱がせていく。
今思うと、ここにベットがあったのも運命かもしれない。
「待て待て、あと十五分くらいしかないんだって!?」
「あはっ、あと十五分もあるの~っ!?」
式典まで十五分。
それまではユウを蹂躙した。




