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彼女との朝

 俺が目を覚ますと、やはりそこは叶恵の部屋だった。


 首を回せば、隣のベッドでは叶恵が無邪気な顔で眠っている。


 かと思えば突然両手を天井に突き出して、


「レッドフォレスト杯! 獲ったどぉー! むにゃむにゃ……」



 俺は失笑を漏らすと、ベッドから抜けだして、叶恵に歩み寄る。


 女兄弟の中で育ったせいか感覚は薄いが、世間的には他人の男子と一緒の部屋で寝るのが異常なのは解る。


 なのにこいつはこんなに無防備で寝ている。


 普段の赤面症から無神経とは思えない、となると、俺を信頼してくれているのだろう。


「ほらほら、風邪ひくぞ」


 布団からはみ出した腕を中に戻して、俺は叶恵の頬を指先でなでた。


 すべすべの肌、やわらかい頬。


 俺とはあまりにもかけ離れた、妖精のような存在だと俺は思った。


 明日はついに学園トーナメントだ。


 俺はこの二週間の猛特訓を思い返す。


 叶恵を見下ろして、俺の口から自然と言葉が湧いた。


「俺が、お前を全国覇者にしてやるよ」



   ◆


 ゴールデンウィークが明けて、ついに学園トーナメント当日。


 朝の教室は、当然トーナメントの話題で持ちきりだ。


 参加者である叶恵とアメリアを激励したり、他の注目選手について喋ったり、LLGの投影画面を見ながら『オッズ』がどうとか話している生徒達は誰が優勝するか議論している。


 しかし今更だが、こうして見ると違和感というか、女子しかいない教室に男が俺一人というのは毎日が新鮮な気持ちだ。


 なんというか、全体的に華やかで明るい気分になる。


「ねぇねぇ、朝更くんはトーナメント出ないの?」


 クラスの女子に聞かれて、俺は軽く笑い飛ばす。


「いやいや、俺コーチで男子だから。男子が女子の部に出るのまずいでしょ」

「えー、朝更くんが戦うところ見たかったなぁ」

「でも中学時代は全国大会で優勝したんでしょ?」

「昔の話だよ、それに今はまだリハビリ中で、全力の五パーセントぐらいしか力出無いし」


 教室のドアが左右に開いたのはその時だった。


「チャッホー朝更くん」

『生徒会長?』


 姿を見せたのは、ランドセルとリコーダーが似合いそうな少女だった。

小柄で、長い髪をツーサイドアップにしている。


 ちなみにこれでも三年生である。


「ああ心美。久しぶり、って言っても俺が月から地球に帰ってきて以来だから三週間ぶりくらいかな?」

「うんうん、そうだね」


 この学園の生徒会長である心美の周りには女子達が集まる。


 みんな小柄で童顔な心美の頭をなでて『可愛い』と頬を緩ませている。


「はっはっはっ、存分に愛でてくれたまえ」


 腰に手を当てて、平らな胸を張る心美。でもちっちゃな彼女が偉そうにしても、背伸びした子供にしか見えずますます可愛くなってくる。


 叶恵は不思議そうに俺の顔を覗きこむ。


「あれ? 朝更って会長と知り合いなの?」

「まぁな、ていうか心美の小野寺家とうちの桐生家が家族ぐるみの付き合いなんだ」

「一種の幼馴染さ。これを見てくれたまえ、可愛いだろ?」


 心美がLLGの投影画面を起動。


 そこには中学校の制服を着た心美と、頭二つ分は大きい俺の短パンランドセル姿が並んで映っている。


「って、なんで朝更短パンにランドセルなのよ!」

「いや俺この時、小学生だぞ。でも身長一六〇センチで短パンランドセル姿の俺を見て校長先生が階段で笑って転んで複雑骨折してから短パンランドセル禁止になってさ」

「あはは、あの後すぐに学生鞄とカーゴパンツ買ったんだっけ?」

「そうだったなぁ……」


 俺があごに手を当ててうんうん頷く。

 けど叶恵は頬をふくらませてしまう。


「ちょっと朝更、あたしをのけものにして盛り上がらないでよ」

「ごめんごめん」


 俺は申し訳なさそうにしながら叶恵をなだめる。

 心美は口元をにやっとさせた。


「参加者名簿を見て知ってるよ朝更くん。その子がこの一年二組の代表選手で君の弟子の藤林叶恵ちゃんだね?」

「はい、すごく頑張り屋で素直で吞みこみの早い俺の自慢の弟子です」


 叶恵の肩に手を置いて紹介すると、途端に叶恵の頬が緩んで上機嫌になる。

 肩に手を置いて機嫌が直るなら、頭に手を置いたらもっと良くなるかな?

 俺はなんとなしに叶恵の頭をそっとぽんぽんしてみた。


「って、だから急にぽんぽんしないでよもお!」

「あ、ごめん」


 どうやら間違えたらしい。


 叶恵ザウルスの扱いはむずかしいなぁ。


 周りの女子達に頭をなでまわされ頬をぷにぷにつんつんされる心美は楽しそうに笑いながら俺に手を振った。


「じゃあ朝更、もう時間だからボクはそろそろ行くよ。言っておくけど、君の教え子だからと言って手加減はしないよ」


「ああ、もちろんだ。言っておくけど、俺の叶恵は強いぞ」

信頼されて嬉しいのだろう。叶恵が嬉しそうに笑みを浮かべた。

「ありがとう、朝更」

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