第九話 鋼の理性はガラクタだった(副音声付)
グリードの協力もあり、いつもよりも早い時間に帰宅したフェデュイは、執事にリリルの様子を聞いていた。
「今日は?」
(リリルの様子はどうだ? 少しは元気になったか? 用意するように指示していた菓子は食べたのか?)
「申し訳ございません。お嬢様に変わりはございませんでした。指示された通りに有名店のお菓子もご用意いたしましたが、食欲がないと……」
「分かった」
(そうか……。ああ、リリルが心配だ。そこまで遅い時間ではないし今日は彼女の様子を見に行っても……)
「そうですね。今の時間なら起きていらっしゃると……。ですが、寝ているようでしたら無理に起こしてはいけませんよ」
「…………」
執事に釘を刺されたフェデュイは、眉間によわを寄せて一見不機嫌そうに見える表情で渋々頷いていた。
リリルに与えた部屋の前でフェデュイは、戸惑っていた。
ノックをした後、中でリリルが身じろぐ気配を感じたため、リリルが起きていることは分かったが、返事が無かったのだ。
迷った結果、リリルの可愛い顔が見たいという心に負けたフェデュイは、小さく断りを入れて部屋に侵入していた。
ベッドの膨らみを見たフェデュイは、迷わずにその膨らみに向かって歩を進めた。
膨らみから少しだけはみ出した尻尾が揺れるのを見て、嫌がられてはいないと確信したフェデュイだったが、恐る恐るベッドに腰を下ろしていた。
「リリル、すまない」
(なかなか会う時間が取れず、すまなかった。リリルに会いたい気持ちはあったが、戦後処理や戦争中にたまった雑事の……、いや全て言い訳だな。寂しい思いをさせてすまなかった)
フェデュイがそう言うと、リリルはベッドから飛び起きてフェデュイに抱き着いてきたのだ。
久しぶりに感じるリリルの甘く柔らかい感触に、どうしたらいいのか分からずにいると、リリルが悲しげな声で言ったのだ。
「閣下! 謝らないでください! 私は言いました、金銭的な援助をしてくれたら、何でもするって!」
暗がりでもわかるほどリリルの瞳は涙で濡れていた。
「閣下が望むなら、閣下に全部差し上げます。だから、私を傍においてください」
悲痛なリリルの叫びを聞いてしまったフェデュイは、自分を不甲斐なく思った。そして、リリルにそんな悲しい顔をさせたかった訳ではないフェデュイは、リリルの言った言葉の意味を考える前に行動していた。
リリルの細い腰を強く抱きしめて、自分の腕の中に閉じ込めていたのだ。
「言うな」
(俺は、君が傍に居てくれればそれでいいんだ。そんな悲しそうな声でそんなこと言わないでくれ)
フェデュイがそう言うと、リリルは大粒の涙を零し始めてしまったのだ。
シャツが濡れても構わなかった。リリルの涙を受け止められるのならば。
しかし、フェデュイは、腕の中にある愛しい存在を前にして何もしないなんて出来そうになかった。
そっと、恐る恐るずっと触れたかった可愛らしい耳に触れてから、その綿菓子のような柔らかさに夢中でその耳をくすぐってしまっていた。
耳をくすぐっていると、リリルの尻尾が嬉しそうにパタパタと揺れるのが目に入ったフェデュイは、理性がぐらつくのを感じた。
今まで、どんな戦場に立ってもぐらつくことのなかった鋼を誇った理性が、リリルの愛らしい尻尾の前では、役立たずのガラクタと化していたのだ。
駄目だと分かっていても自分を押さえられなかったフェデュイは、リリルの尻尾に優しく触れていた。
少し触れただけで、もっと触れたいという欲求が膨らんでいった。
そして、思うさまもふりたいと思った時だった。
「い、いや!!」
そう言ってリリルに拒絶されてしまったのだ。
リリルに胸を押されたフェデュイは、自分のしでかした行動に頭を殴られたような気持だった。
好いている女性の体を弄って、荒い息を吐いていたのだからこれは仕方のないことだといえたが、ここまで激しく拒絶されるとは思っていなかったフェデュイは、そんな資格なんてないはずなのに、拒絶されたことに傷つくことを止められなかった。
フェデュイは、小さく謝罪した後に逃げ出してしまった自分の弱さに死にたくなっていた。
それからというもの、フェデュイは、リリルと距離を置くようになってしまっていた。
そして、そんな自分の弱さに腹を立てながらも、リリルにこれ以上拒絶されるのが怖くてなにも行動できずにいたのだった。




