第六話 泣きたくないのに
尻尾の毛が抜けてしまっていることに気が付いた日から、リリルは部屋に籠るようになっていた。
最初は、一時的なものだと思っていたリリルだったが、日増しに剥げが広がり、尻尾のボリュームは半分以下になっていたのだ。
ブラシを掛ければその分毛が抜けていくことが怖くて、尻尾の手入れが出来ずにいたのだ。
ただでさえ獣の証というマイナス要素があるのに、それを手入れもせずにいればフェデュイに今以上に嫌われてしまうと考えると部屋から出る勇気が出なかったのだ。
幸いなことに、軍部の仕事が忙しいようで、フェデュイが屋敷に帰ってくるのは連日遅い時間だったこともあり、今のところ何も言われることはなかった。
侍女たちも遠ざけたリリルは、毎日ベッドの中で膝を抱えて震えていた。
もし、尻尾の毛が全部抜けてしまったらと思うと怖くて仕方なかったのだ。
不安な毎日に震えているリリルは知らなかった。
リリルの部屋の外での出来事を。
何も知らないリリルは、ある日の夜、部屋の扉をノックする音で目を覚ました。
ベッドで丸くなっている内に眠ってしまったようで、いつの間にか夜になっていたのだ。
気が付かないふりで、ベッドで丸くなったままでいると、フェデュイの声が聞こえてきたのだ。
「入るぞ」
たったそれだけの言葉だったのにもかかわらず、声が聞けたことが嬉しかったリリルは、知らずに尻尾を揺らしていた。
フェデュイは、部屋に入ると迷いもなくベッドに向かって歩いてきたのだ。
そして、ベッドに腰を下ろしてから独り言のようにつぶやいたのだ。
「リリル、すまない」
フェデュイの口から零れた謝罪の言葉を聞いたリリルは何故か胸が張り裂けそうだった。
(なんで? なんで謝るんですか? もしかして、私はもう不要ってことですか?)
そう考えた途端に、更に胸が苦しくなってしまったリリルは、ベッドから飛び出していた。
そして、フェデュイに抱き着いていたのだ。
「閣下! 謝らないでください! 私は言いました、金銭的な援助をしてくれたら、何でもするって!」
訳も分からずに勢いでそう言ったリリルは、頭が空っぽな状態だった。とにかく何かを言わなければとしか考えられなかったのだ。
だから、何を口走っていたのか自分でも理解できていなかった。
「閣下が望むなら、閣下に全部差し上げます。だから、私を傍においてください」
そう言って、フェデュイに更に強く抱き着いていた。
フェデュイは、そんなリリルを優しく抱きしめ返して小さく言ったのだ。
「言うな」
たったそれだけの言葉だったが、リリルの心は凍り付いていた。
(それって、閣下は私を望んではいないってこと? やっぱり私が邪魔になったってこと?)
そこまで考えたところで、涙がぽろっと零れていた。
一度零れてしまった涙は、次々と流れていって、抱き着いていたフェデュイのシャツを濡らした。
そんなリリルをフェデュイは、何故か強く抱きしめてから頭を撫でて、耳を優しくくすぐった。
フェデュイの胸のうちは分からなかったが、優しく触られたことが嬉しかったリリルは、無意識に尻尾をパタパタと振っていた。
そんなリリルの尻尾にフェデュイは手を伸ばしていた。
毛並みを確かめるように優しく触れてきたのだ。
一瞬、その優しい手つきにうっとりと身を任せそうになったリリルは、自分の尻尾の状態を思い出して慌ててフェデュイの胸を押していた。
「い、いや!!」
そう言って、フェデュイを突き飛ばしたリリルだったが、突き飛ばされたフェデュイが傷ついた表情をしていたことには気が付かなかった。
「出ていってください!!」
リリルは、そう言ってベッドに潜る事しか出来なかった。
ベッドに潜って震えていると、フェデュイが小さく溜息をついた後に部屋を出て行った。
そして部屋を出てく時に小さく言ったのだ。
「悪かった」
小さな声だったが、リリルには聞こえていた。
(なんで謝るんですか……。私、やっぱり捨てられるのかな? 別になんてこと……、うっ、つっうぅ。泣きたくなんてないのに、勝手に涙が出て止まらないよ……)
その日リリルは、泣き続けた。泣き疲れて眠るまでずっと。




