第四話 勘違いの始まり
その日、リリルが日課の野菜の世話をしていると、屋敷の方が騒がしくなっていることに気が付いた。
額の汗を拭いながら、耳を澄ませると何やら言い争っているような声が聞こえてきたのだ。
まさか、借金取りが来てまた無理な利息を吹っかけてきてクロムウェルと男爵が揉めているのではと考えたリリルは、二人に加勢しようとその場を全力で駆け出していた。
屋敷に入ると、言い争う声がはっきりと聞こえてきた。
「無理なものは無理です！ 可愛いリリルを嫁にだなんて！！」
「いくら閣下と言えども、妹を渡すわけにはいきません！！」
「これは王命だ。今すぐ差し出せ」
「そ、そんな……」
「王命……」
聞こえてくる会話の内容に、リリルは身震いしていた。
（そんな……、王命が降るくらいにうちの借金って莫大なものになっていたの……。私、借金のカタに売られちゃうのね……。でも、兄様と父様のためなら私！）
決意を固めたリリルは、決死の思いで飛び出していったのだ。
「やめてください！！ 私、一緒に行きます！ だから、借金の返済はもう少し待ってくださ……い？」
そこまで言ったリリルは、その場にいるフェデュイを見て目を丸くしていた。
（あれ？ どうしてあの方が？ あれれ？）
そして、その場で固まっていると、何やら物凄い不機嫌そうなフェデュイがリリルの前にやってきて、その小さな体を抱き上げていたのだ。
そして、感情の読めない声で簡潔に言ったのだ。
「リリル嬢もこう言っている。だから、連れていくぞ」
「ふぇ？」
「すまない。手紙の返事がなかなか来なかったものでな……」
「手紙……」
そこまで言われてから、先日の手紙に返礼をすることをすっかり忘れていたことにリリルは遅れて気が付いたのだ。
（はっ！！ まずいですわ……。返事をすっかり忘れていたわ……。これって、めちゃくちゃ怒って乗り込んできたってこと？ やばいわこれ、どうしよう、どうしよう！！）
冷や汗を掻きつつ、どうしたものかと考えていたリリルが自分の置かれている状況に気が付いたのは馬に乗せられた後だった。
気が付くと、馬の背に乗せられていたのだ。そして、後ろからリリルを抱きしめるようにして馬に乗ったフェデュイが馬を走らせた時に悲鳴を上げることになったのだった。
「えっ？ えええええーーーーーーーーーー！！！」
こうして、馬に強制的に乗せられたリリルは、あっという間にフェデュイの屋敷に連れてこられたのだった。
そして、驚くリリルを可愛らしく整えられた部屋に案内して言ったのだ。
「今日から、結婚の日までこの部屋を使え」
「えっ？」
驚きに声を上げたリリルに構わずにフェデュイは、更に続けて言ったのだ。
「安心しろ。正式に夫婦になったときには、部屋を移ってもらう」
「結婚？」
「ああ」
「閣下は私と結婚をしたいのですか？」
「ああ」
混乱しながらもリリルは、瞬時にお金の計算をしていた。
これはチャンスだと。
あの後、クロムウェルから、フェデュイの家のことを聞いていたリリルはある計画を立てたのだ。
だから、少しでも多くのお金を得て、男爵家の借金を減らそうと考えたのだった。
そしてリリルは、決意を持って色仕掛け作戦を決行することにしたのだ。
しかし、心の奥ではこんな自分がと不安に押しつぶされそうになっていたのだ。
（こんな獣人の証があって、胸もなくて、需要なんてなさそうな貧相な私だけど、閣下はお金持ち……。何とかしてお金を毟り取って、借金を少しでも減らさないと！）
そう考えたリリルは、フェデュイに抱き着いて言ったのだ
「閣下。結婚して欲しいのでしたら、我が家に金銭的な援助をお願いします。そうしてくださるのでしたら、私は喜んで閣下に尽くします。どんな要求にだって答えて見せます！ 妻にだってなって見せます！！」
そう言って、顔を真っ赤にさせながら必死にその身をフェデュイに寄せたのだった。
