1話
けたたましくなるアラームの音で目を覚ます。
私は今日が運命の日だということは直感で感じていたし、理解もしていた。
見つめる。ベッドの先、部屋の隅にある机の上に置かれているその奇妙な物体は"ICE"と書かれた小さなキューブ状の何か。
それは手のひらほどのサイズで、まるで四角い氷のようだったけれど、触っても冷たいわけではなく、不思議なものだった。
彼女は「んー」と伸びをする。それをじっと見つめる顔は、寂しそうな目をしていて、まるであの時を思い出すかのような。そんな感覚を感じさせる。
私は服を着替えると、それを持って部屋を出た。お気に入りのヘッドホンをし、高いビルをエレベーターで降りる。
今日の選曲はロックだ。それも昔にとびっきり大人気のバンドだったやつ。
この街の朝焼けは喧騒のといえるほどの眩しさを放ち、立ち並ぶビル群とネオンの数々は卒塔婆のような視線で私の目を刺激し、覚醒を促す。
いい具合に体も温まり、目的としていた場所にたどり着いた。小さなビルの地下だ。
3階建てほどのその雑居ビルは、屋上にカラオケと書かれたネオンが存在していたかのような痕跡を残し、過去に私がここを訪れた時は今の名前ではない、何番目かの名前だったのを懐かしく思い出す。
世界はいつの間にか長寿という垣根すら飛び越え、禁断のキルゾーンを超えた先に達してしまった。今や開いてしまったパンドラの箱のようなもので、ネオンに限らず、名前や体ですらいつかは使われないもの、そして廃棄されるもの。
その古びた地下のドアを開ける。立て付けは悪く、嫌な音が鳴るが開かないほどではないようだ。
彼女はこのビルと数えられないほどの日々を共にしていたはずなのに、地下に入るのは初めてで、ICE PICKを半信半疑で探しだした。
”ICE PICK”
故人の人格と記憶をほぼ完全な形で保存した"ICE"を再生することができる、かなり画期的な機械で、ICE少しずつ削り取る代わりに、ICEはその人の生前の姿を映し出す。ICEは小さくなり、それに伴って再生される記憶も劣化していく。最後には氷のような末路を辿る。
「みつけた!」そうつぶやいた先に古びたコンソールを発見した。
意を決してICE PICKの電源を入れる。
彼との別れ、最後まで気持ちを聞けずじまいだった彼との関係。この邂逅自体が夢のようなものだとわかっていながら。
ICE PICKは「ブォン」と小さな音を立て画面にマトリックスを映し出した……。
考蛙です。サイバーパンク好き好き勢なので、ちょっとずつサイバーパンクネタを入れてみたのですが、わかる方いるでしょうか?