交わらない友情と戻らない日常
10月も後半。長かった夏の残りを忘れさせるほど気温は落ちており過ごしやすい日々が続いていた。
ブォォォォォォォ
エンジン音を鳴らし市街地大型バイクで駆け抜けるそのバイクは1人の女性を乗せていた。
すらっとした体型を強調するかのような藍色のライダースーツを身にまとい、ヘルメットの下から出てる一つに括られた髪をたなびかせて優雅に街を走るバイクを操作してるその人物はは、側から見ても女性とわかる。
バイクはとある公園の横を徐行しながら進む。と、その視界に気になるものが映ったのかそのバイクを止めて公園へと踏み入る。
ヘルメットを取った彼女の視線のその先には、まだ昼だというのに公園のブランコに腰をかけて虚な瞳でどこかをぼーっと眺めてる1人の少女だ。
女性は、少女の元へ歩くと彼女の目の前で立ち止まる。流石に誰かが来たということに気がついた少女は目だけで何の用か尋ねる。
「こんな平和な島国で戦場で絶望に慣れた奴と同じような目をしてる奴がいたら気にもなる」
女性は、端的に理由を述べて、さらに言葉を続けた。
「こんなところで何をしてる?いや、何があった?そんな目をするなんてことはよっぽどのことでしょ。よかったら聞かせてくれない?」
彼女が何を言っても少女が言葉を発することはない。その代わり、ポケットから取り出したスマートフォンに文字を打ち込み彼女に見せた。
『私はナタリーと言います。あなたは誰ですか』
「アタシは東雲 梓元軍人で元タイムトラベラーで現ニートで未来の軍人よ」
少女は何を言ってるのかわからないと言った表情を見せえて困惑している。
「ま、今は暇人なの。もう少ししたらまた戦場で戦おうと思ってるからその最後にツーリングをしてたらお前がここで死んだ目をしてたから声をかけたの」
少女-ナタリーはどうせ信じられるような内容じゃないから話したくない、という旨の文章を梓に見せる。
「大丈夫よ。どんな突拍子のない事でも私は信じられる」
そう言っても渋るナタリー。そんな彼女を見て梓は自分のことを話し出す。
「さっきタイムトラベラーって言ったけど、アタシ1500年先の未来に行ったことあるの」
という前置きから彼女は1人のエゴにより1500年先の未来に連れて行かれ、そこで戦い人類と共に一瞬だが未来を歩んだ過去を話す。そこにいた義妹にそっくりな少女の話まで。
それなりに長い旅の話を聞き終えたナタリーは唖然としてる。
「アタシもこんな経験してるから、お前の言うことが嘘だなんて疑ったりはしない」
話の内容と彼女の目が信用に足るものだと判断したナタリーは何があったかを話す。約1ヶ月前、親友を失ったこと。そのショックで自分以外が声を聞いていると思うと声が出せなくなるということ。そして彼女の中にいる理性の鏡のこと。
全てを聞いた梓は「ついてきて」と言いバイクの前まで連れて行くとシートの下からヘルメットを取り出してナタリーに渡す。
「どうせもう今日は学校に行かないでしょ?ちょっと付き合ってよ。荷物はシートの中に、中張りは……少し緩いかもしれないけど我慢してね」
半強制的にナタリーをバイクへ乗せるとアクセルを捻り前へ進める。
しばらく走行していると梓が言葉を発する。運転中なのに声が聞こえるのは中がインカムになっているからだ。
「戦地と比べてこの国は相当平和。そのおかげでこの国の人間は幸せが日常にあり続けてる。でも、幸せに慣れ続けたせいで何か一つ幸せが欠けると心に大きな負荷がかかってしまう。平和な国の隠れた弊害ね」
そう独り言を呟くとまた黙りバイクを走らせる。しばらく進み山道を登ると駐車場が見えてくる。
「ここが車で来れる山頂。ちょっとついてきて、歩きならもう少しいけるの」
ナタリーが梓について行くとそこには階段が山の中まで続いていた。先に上へ登る梓の後ろを無言でついて行く。
「大丈夫?それなりにきつい傾斜してるけど」
梓の心配する声に首を縦に振る。しばらく登って行くと平坦な山道が現れる。その先を少し行くと、開けた土地と何か神聖そうな祠が見えてきた。
「ここ、人があんまり来ないんだけどすごい綺麗な場所だからたまにくるのよ。悩み事とか辛い時に来ると頭の中がスッキリするの」
そう言ってナタリーを祠の中に入るよう促す。促されたまま祠の中に入り足を進めると、頭の中で声がする。
気がついたら先程まで目の前に広がっていた空間はどこにもなく、ただ真っ暗な空間に1人の人間が立っていた。
「久しぶり。また会えるなんて思ってなかった」
そこにいた少女は先程まで祠に入って行った人間と全く同じ外見をしていた。
「そう、私は"私"。あなたはとても苦しそうね。分かるよ。ここに来るぐらいには追い詰められちゃってるんだね。とはいえあなたの半分は私、私に出来ることなんて限られてる」
そう語る少女をやってきた少女はなおも口を開かずに黙ってその言葉に耳を傾ける。
「あなたはきっと考える。私が取った行動が間違いだったんじゃ無いかって。でも分かってるはず……その選択が正しいか間違ってるか答えは無い。そして、それを否定する事は"彼女"の行動を否定する事になるって」
彼女真剣な目をして語る。自分の行動は間違いじゃなかった。そう認めて欲しいと暗に語る彼女はしばらく黙った後、朗らかな、捉えようによっては不気味な笑顔を向けて最後の言葉を言い渡した。
「大丈夫。わからなくなったらいつでもここにくれば良い。あなたの半分はいつでもここで待ってるから」
彼女のその言葉を聞き1つ瞬きをするとそこは先ほど入った祠だった。ナタリーはそのまま引き返し、祠を出る。
梓は、出口に体を預けタバコを吸いながらナタリーの帰りを待った。そして、彼女が出てくるとフッと笑い語りかける。
「何か見つかった?」
ナタリーは何も言わない。梓がくるよう促す。崖に近づいたところで街に目を向ける。するとそこだけは気がよけているかのように、日が落ちるのが早くなり既に夕焼けの赤に染まった街が広がっていた。
「綺麗でしょ?」
ナタリーはそこで気づく。自分の頬を伝う一筋の涙に。それは、手で拭っても拭っても溢れ出てくる。
止まらない涙にナタリーは何故と言った表情を浮かべる。そんな彼女の表情の意味を汲み取った梓はそっと彼女の頭に手を添える。
「きっとお前は頑張りすぎたのよ。そんな辛いことがあって、でも学校にも行かなきゃ、選択を正しいものにしなきゃって。あなたは頑張ったわ」
その言葉に溢れ出る涙の勢いは増すばかり。
しばらく泣いて落ち着いた彼女を見ると梓はタバコの火を消し、肩にかかった髪を手の甲で払いながら歩き始める。
「さ、帰りましょ」
夕焼けが沈む街を2人乗りのバイクが駆け抜ける。彼女たちは今日も歩く、彼女たちの未来へと。