第1話 冒険者、はじめました。
異世界に興味がない青年。しかし魂の寿命が尽きるのがまだ先なためにやむを得ず異世界に転生することとなる。
転生したものの何をすればいいか分からない青年。とりあえずはチュートリアル通りに[冒険者]の登録に臨むのだが…
早速だが異世界に転送された。神様の命令を極力避けたいからチートを無難なものにしたというのに、変に気に入られてしまったせいで常に監視されてる状態になってしまった。
「あの駄女神マジで無ぇわ。」
おっと、うっかり素が出てしまった。いつ聞かれてるかなんて本当に分からない。仮にも神様らしいから外面はしっかりしておかないとね。
さて、見渡せば広い草原。目を凝らして見た先には町のような場所が見える。
とりあえずはそこを目的地にして歩み始めようとしたが、目の前によく分からないパネルが現れ、視界を遮られた。
「あ〜、なんだろコレ?名前を入力して下さい?」
パネルにはそう書かれた一文と下に自分の名前が書いてあった。俺は自分の名前を即座に消し、前世でよく使っていたアカウント名と苗字の一部を入力し決定を押した。
『名前は[ロキ・レイン]でよろしいですか?]
この世界で使う名前を確認し、[はい]を押した次の瞬間、視界が真っ白になった。
再び視界が戻り、少しばかり身体に違和感を感じた。今まで着ていた服装がまるでファンタジーゲームの初期装備のような格好に変わっていた。
「うわ、オンラインゲームとかの最初によく見る格好だなぁ。これがこの世界で普通の服装だっていうなら目の前の町に入っても不審がられないだろうけど。」
初めて着るような感覚がする服。肌は擦れて少し痛く着心地は最悪だった。茶色い皮の胸当てと無地のインナー。ズボンも作業着のような厚手のものでブーツは硬く、ずっと履いていると蒸れてきそうなくらい窮屈だ。
「自分で着るのは無いな。ダサいし、着てて不快になるね。」
「そうか?寧ろ俺は気持ちが昂ぶってきたけどな。ゲームのキャラそのままになれるなんて体験、普通にしてたら絶対に無かった事だし、ゲーマーからしたらこれほど興奮する出来事なんてそうそう無いと思うけどな。」
独り言を呟いていたつもりだったが、背後から突然に声をかけられ、目を見開く。
急に話しかけられたことに驚いてしまったが、即座に表情を戻し、振り返った。
「そういうものなのかな?ゲームはソシャゲしかやってなかったから、据え置き機やPCゲームには疎くて理解がちょっと薄いんだ、ごめんね。」
話しかけてきた人物に当たり障りのないような返答をして、邪気を見せない笑顔を振るう。
ちなみにこの発言の裏では
(いきなり話しかけてきて、しかも随分と馴れ馴れしいな、ゲームなんざ話題の1つとしか見てねぇんだからそんな心情なんか知ってるわけ無ェだろ。)
と考えているが口も表情にも全く出していないのは毎回、自分でも流石と思っている。
「あれ?ソシャゲとか知ってるってことは俺と同じ転生者…でいいんだよな?神様の手違いで死んで異世界にチート貰って送られたって口の人じゃないのか?」
「うん、手違いかは分かんないけど転生者であってるよ。ただ異世界にいくのには少し乗り気じゃなかったんだけどね、そうしないと死ぬって言われたから仕方なく来ただけなんだ。」
多分、普通の中高生なら異世界転生に対しては憧れや興奮を覚えるのだろうが、夢の無い現実主義者だった俺には「そんなうまい話があるわけない」と考え、興味を切り捨てているがゆえに目の前の同い年くらいの青年との会話にいまいち共感することが出来なかった。
「ファンタジーの知識が乏しいからどんな風に動けばいいか分からなくてね。とりあえず目の前に見えてる町まで行って安全を確保してから貰ったチュートリアルをじっくり読もうと考えてるんだけど…町までの間、同行を頼んでもいいかな?」
「それはこちらからも頼みたいな。装備があるとはいえ知識がないのは手痛いし、回復手段もないからな。転生して即死亡なんてのは俺も避けたい。」
利害が一致し、とりあえずは町にたどり着くことを目標に二人は歩みを進めた。
「そういえば、名前聞いて無かったよな。俺は[アイン]っていうんだ、そっちは何て名前にした?」
「僕は[ロキ]って名前にしたよ。元の名前に似てる方がやりやすいからね。」
「…オンラインゲーやってなかったんならしょうがないけどゲームじゃなくて異世界とはいえ自分の身元を晒さない方がいいんじゃないか?」
「そうかな?こんな会話する人自体が限られているし、気にすることも無いと思うよ。」
それもそうかとアインから返され、自己紹介をしながら歩いているうちに特に問題もなく町にたどり着いた。
町についてからは一度別れ、各々の優先すべきものに従い行動することになった。
俺は当初の目的に沿ってチュートリアルを読み始め、アインは「冒険者になりに行く」と言ったまま町の中心にある建物に駆け出して行った。
「[この世界の成り立ち]とか[各国の情勢]とかは後回しだな。常識、言語、モラルにマナーを先に叩き込んどかないと…。」
まるで辞書のように分厚い本を片手に読み進めていき、まずはこの世界での基本的なことを覚えようとする。
異世界の住人がどのようにして暮らしているのか、通貨や稼ぎ方はどうするのか、常人ならばできて当然のラインなどまで調べ上げいち早くこの世界に適応するために奮闘していた。
一通り読め終えたので、手始めに現在最優先で必要な[資金]を集めるべく、依頼さえこなせばそこそこ稼げる[冒険者]になるためにアインの後を追う形となる。
「戦闘や危険な目に遭うことなんてやりたくないんだけど、冒険者が一番マイナーな職で登録だけなら誰でもなれるなんて書いてたらこれしか選べないでしょうに…。」
始めはどこかでアルバイトとして雇ってくれるところがないか探そうと考えていたが、働き手など奴隷で間に合っているところが多いのが異世界の常識だった。
もしくは自分で商売したり、何かに特化している能力を買われて専門職に就いたりなのだが、大したチートを持っているわけではないのでそれもキツいだろう。
結局、何も持ちえない自分が異世界で安全に稼ぐ方法が冒険者であったのでやむを得ずこの職を選ぶしかなかった。
「ほんと、奴隷がいるのが常識とか前の世界じゃありえないな。認められるかは別だけど、受け入れることに慣れないとな…。」
既にここは安全とは無縁の異世界。自分の身は自分で守らなければ世界の常識に飲み込まれるだろう。
自然に溶け込み、だれの敵にも回らず、必要以上の味方にもならない。無害で、その辺にある石ころが如く自身の存在を記憶に残さない。
前の世界でも十分やっていたとは思うが異世界にはどこまで通用するのか。…などと考えながら常人が使える基礎的な魔法を使う練習を並行しながら目的地の[冒険者ギルド]まで足を運んでいた。
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「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件でございましょうか?」
「すみません、新規の冒険者登録をお願いいたします。」
ギルドに入り早速登録を済ませようとした。受付を担当する女性に対してどちらも満面の営業スマイルを見せ合いながら必要なことだけを会話している。
しかし随分と疲れた顔してるなこの人。そんなにギルドの仕事って忙しいのか?
事前に言語を勉強していたことにより、手渡された書類は問題なく書き切ることが出来た。文字を読むこと事態は転生の特典で難なく読めるのだが、いざ書くとなると全く書けない。癖かどうかは分からないが、やはり日本語のかな文字や漢字で書いてしまうのだ。
「これでよろしいでしょうか?文字を書くことには不得手ですので、間違いがありましたら修正しますよ。」
「いえ、特に不備はないですね。…安心しました。先ほど文字が全く書けなかった冒険者志望の方がいらっしゃいまして、丁度同い年くらいの方でしたので同じような方が来たのではないかと少々不安でした。」
「…多分僕も知ってる人ですね。知り合いとはいえ、ご迷惑おかけしました。自分が特に何かできるわけではございませんが、心中お察しいたします。」
受付嬢にうっすらと見える疲れ目を見て納得し、同情した。一時とはいえ知り合いの仕業であったので謝罪の言葉が無意識に出てしまっていた。
「ありがとうございます。…すみません、少々愚痴るような真似をしてしまいました。」
「いえいえ、お気になさらず。非は始めから何も考えずに挑む人たちのせいですから。」
なぜだろうか、この女性の苦労人気質には未だ身に覚えのない親近感のようなものを感じてしまった。
話が止まってしまったが、何とか元の業務に戻るべく、受付嬢は透明な水晶玉を取り出した。
「さて、本題へ戻りましょうか。冒険者と言いましても知っての通り細かい職業に別れています。
選べる職業に関してはこちらの水晶に触れていただくことにより職業に対する適正を診断し、最適な職業を複数から選んでいただきます。」
例えば、剣術に秀でる物があったり、筋力に自身があれば[戦士]や[騎士]に、魔法に才能があれば[魔導士]に、器用さや俊敏などの技術に長けていれば[盗賊]になるといった具合に適正に沿った職業が選べる。これらは下級職と呼ばれ、適性が不足していても努力次第でどれでも付ける。
更に前述の下級職を極めるか、始めから常人離れしている適正がある場合は[剣聖]や[賢者]、[怪盗]などと呼ばれる上位職が存在している。
まれに何が条件なのか分からない[勇者]という職になれるものが現れ、全ての職業を超越する化け物みたいな職があるらしい。
まぁ先ほどの一人がそれだったということを聞き、条件も誰がなったのかも察したがあえて何も言わないことにした。
「それでは長々とお待たせいたしました。適性を診断しますので、どうぞ水晶にお触れになってください。」
説明が終わり、ロキは言われたとおりに水晶に触れると光りだした。診断結果は水晶の下に敷いていた紙に次々と転写され、光終わったと同時に受付嬢が紙を抜き取り結果を見る。
診断は基本的にA~Eの五段階で評価される。上記である上級職の適性があるのならばAの上にSの評価が付く。
「総合評価はCですね。得意とする部分は…え?」
「どうしました?何か問題が?」
淡々と業務をしていた受付嬢の表情が不思議そうな顔をしていたので原因を聞いてみると「ある意味で珍しい評価」だと言われた。
「筋力も、魔法も、技術も。何もかもがC評価なんです。普通どんな人でも得意、不得意は分かれるはずなのに全部がすべて同じ能力値なんです。」
(あ~そうきたか)と心当たりがあるように頭をかく。そもそも俺自体が前世から何でも人並みにできるように行動し、得手をそのままに不得手を無くすように励んでいたためか、全てにおいて平均値で動けるようになってしまった。
魔法に関してもチュートリアルを呼んでいるときから初級魔法の苦手部分を無くすに至るまで練習していたのでこのような数値になってしまったのだろう。ってか魔法を使うための魔力の動かしかたさえ覚えれば後はゲームでよく見るような呪文ばかりだからすぐに使えた。
「ここまで均衡していると特殊な職業で[魔法剣士]を選べますね。上級職ほどではありませんが下級職よりは優位に動けますが、いかがなさいますか?」
「冒険者初心者の身としてはありがたいですね。ではそれでお願いします。」
[魔法剣士]を選び、受付嬢が書類に書き込むと紙が強く光だした。少し長くなった気もするがこれで自分もこの世界になじむ第一歩を踏み出した。微かに脳に声が聞こえてくる。
『これより、冒険者[ロキ・レイン]の職業を[暗黒騎士]に任命します。がんばってね~☆』
「「はぁ!?」」
ロキと受付嬢は同時に叫んでしまった。ロキは聞き覚えのある女神の声に、受付嬢は知らぬ間に変更されていた[暗黒騎士]の文字に双方とも驚きを隠せなかった。
俺TUEEEまでとはいきませんが、ロキは常人より物事を覚えることがとても速い設定です。なので全てにおいて普通と呼ばれるラインまでは短時間で習得してしまうような超人でもありますが、それ以上を望まないので「普通な人」や「地味な人間」、「特徴がないのが特徴」などと言われてしまいます。
今回の文章の中でもチュートリアル読んでから、冒険者ギルドに行くまでの間に初期魔法の性質は完全に理解しているという部分で表現してみようと書きました。