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息抜き

姫を溶かしてしまったのでスライム化させて冒険に出ることになりました

作者: 揚旗 二箱

テーマ:王族、溶ける

 ここはとある世界のとある王国。

 剣と魔法のよくある世界で最近じゃ転生だのなんだのもあまり珍しくなくなってきて、まあそのうち魔王も倒されるんじゃないの、そんな空気が漂うのんきな春の日の朝。

 事件は起きたのだった。


「勇者よ。まずは魔王討伐に向けて日々苦労しておるそなたを遠方から呼びつけたことを謝らせてもらうぞ」

「いえいえ王様とんでもない。よほどの緊急事態なのでしょう?」

「そうなのだ……」

 玉座に座る王様は深いため息をついた。

 元の世界じゃ王なんてものには全く縁もゆかりもなかった転生勇者アイトにも一目でわかるほど、王様は悩んでいた。

「王様。とりあえずいったい何が起きたのかを教えていただけませんか。意外と俺のスキルがあればあっという間に解決するかもしれませんよ!」

「まあ、そうだな……ローラをここに連れてくるように」

 ハッ!と元気よく返事をした近衛兵が4人走っていった。

 ローラといえば、この国の姫の名前。姫様の身に何かあったのだろうか……美人で、すこしおっちょこちょいで、おっぱいがそれなりに大きかったローラ姫の姿を思い出しつつ、勇者アイトはその身を案じた。

 とはいえ姫の身に降りかかった災難が猛毒とか呪いであれば、デッドリースコーピオンだろうがコカトリスだろうがさんざん倒してきたアイトにとっては数ある状態異常のひとつにすぎず、まあ何とかなるだろうと、楽観的に構えていたのも事実である。


「ローラ様をお連れしました!」

 だから『姫』が玉座に運び込まれてきたとき、勇者アイトは不敬だとは思いながらも言わずにはいられなかった。

「は?」

 と。


 この世界は魔法が使えるからなのか、科学技術の発展具合はアイトの居た世界とは少々異なっていた。服、靴などの生活の身の回りの技術はそれなりに発展しているが、根本的な化学の技術などは物好きな博士の研究分野といった扱いであった。

 しかし、アイトが来たことで導入された技術がいくつかある。高校科学レベルの電気技術と、アイトの実家がガラス職人だったことで始まったガラスの製造である。

 ただ、アイトは確かに科学の進んだ世界から来たが、当然ながら本物の研究者には敵わない。例えば電気技術は今や魔法の研究と融合し、アイトの知っているそれとは少し異なった方向へと走り始めたらしい。

 だからアイトは最初、目の前に運ばれてきたソレもまた、新たなガラス製造技術のお披露目なのかと、現実逃避的に思った。


「あの、王様。ローラ様はどこに?」

「……目の前におる」

「目の前、ですか。ガラスのツボに蓄えられた液体しか見えないんですけども」

「だから、それがローラじゃよ」

 流石にこれ以上すっとぼけるわけにもいかなくなったアイトは改めてガラスのツボを見た。

 少し曇っているがほぼ透明なガラスのツボにはエメラルドグリーンのそれはそれは綺麗な液体が注がれている。かなりの量だ。ツボは風呂桶に使えそうなサイズで、それがほとんどいっぱいになる程度。

 王様はこれを姫だと言っていたが……。

「王様。端的に状況の説明をお願いしてもいいですか。端的に、です」

「勇者よ。そなたの言っておったような湯浴みがしたいとローラがねだってきおってな。それで『がらす』でツボを作らせて、水を入れてきて、火にかけて、湯ができたので、ローラも入れた。で、このありさまじゃ」

 アイトはようやく理解した。

 もしかして王様は姫が溶けてしまったのを俺のせいだと思っているのではないか、と。

「我が国で最も魔術に長けた医者に見せたのだがの。どれだけ手を尽くしても元に戻すことはできなかった」

「それじゃ、姫は……」

「いや、死んではおらんらしい」

「この状態で!?」

「ローラをよく見てみい」

 アイトは言われるがままツボの中身を再びのぞき込んだ。

 ……エメラルドグリーンの液体の中に、よく見ると何か浮かんでいる。

 アイトがさらにじっと見てみると、その浮かんでいるモノと目が合った。

「うわっ」

 ツボの中には水色の虹彩を持つ眼球がひとつ、浮かんでいた。

「医者がいろいろ試した結果、目玉がひとつだけ元に戻せたのだ」

「逆に何で目玉だけは元に戻せたんだ……」

「アイトよ、質問をしてみろ。その感じでも耳は聞こえているみたいなのだ」

「ローラ様?俺のこと見えていますか」

 くるり、と縦に一回転する目玉。器用なものだ、とアイトは正直感心した。

「そんなわけだから、ローラは生きているとワシは信じている。もう何をすればいいかはわかるな?勇者アイトよ」

 王様の冷たい視線が勇者アイトに突き刺さる。気がつけば近衛兵の数も増えており、とてもしらばっくれられる空気ではない。

「俺が元に戻す方法を探します!」

「うむ。大至急、ぶっちゃけ魔王はあと400年くらいほっといてもいいから早急にローラを元に戻すように」


 とりあえずローラ姫の部屋にツボを運んでもらって、その隣に座ってみた。

 目玉がずっとこちらを見ている。

「えーっと、とりあえず回復魔法を」

 きらりーん。変化なし。

「そりゃそうか。医者に見せたんだし……」

 この状態のローラ姫が生きているとするなら、回復魔法で元に戻るかと思ったが。

「ローラ様、これってもしかしてお風呂からそのまま持ってきてるんですか?」

 くるりと一回転する目玉。アイトの教えたように湯船に浸かったら溶けて、湯船ごと運び出されたということだろう。

 アイトはおもむろに液体に指を突っ込んでみた。液温はふつう。高温状態が維持されて溶けているわけではないことが確認できた。

「うーん、逆にもう一度火にかけてみるとか」

 提案するアイトの言葉を聞き、目玉は全力で左右にふるふるした。

「あ、そうか。目玉部分はもう元に戻っているんだっけ……」

 茹で目玉を作ってしまうところだった。しかし、ならどうしたものか。冷却も似たような理由で試すべきではないはずである。もちろん、劇薬の類を液体に加えるのもよくないだろう。

「目玉だけ生き返ってしまったのがなぁ……ん、生きている?」

 アイトは自分のひとり言に閃きを得た。

 そうか、生きているのだとすれば効くものがあるじゃないか。さきほど回復魔法を使ったときも手ごたえが無かったというよりはこれ以上回復する状態が無い、といった感じだった。

「ローラ様、すこし気持ち悪いかもしれないけど我慢してくださいね」

 湿地帯の魔女から教わったアレが、まさか役に立つときが来るとは……。アイトは我ながら半信半疑でありつつも、姫の部屋に置いてあった魔法の杖を手に取り、教わった呪文を唱えた。

 ボムッ!手ごたえあり。ツボに入った液体にはぱっと見変化はなさそうだが、アイトはそっと指を触れてみた。ぷに、とした感触。成功である。

「ローラ様、動けますか?」

 目玉は動揺した様子だったが、アイトが声をかけてしばらくするとツボがゴトゴトと震え出し、そのまま横倒しに倒れた。

 アイトは思わずギョッとしたが、エメラルドグリーンの液体がでろり、とツボから這い出して丸っこい姿を取り始めたのを見てホッとした。

「すみません、ローラ様。いまあなたにある呪いをかけさせてもらいました。湿地帯の魔女から教わった、スライム化の呪いです」

 スライムとは、この世界およびだいたいどんな魔法の世界にも存在する一般的なモンスターである。扱いは世界によっても異なるが、大抵は弱っちいいわゆる雑魚モンスターに分類される。スライム化の呪いは湿地帯の魔女が産み出した禁呪であり、あらゆる生命体をスライムに変貌させる。湿地帯の魔女は自分の領域内にスライム化した人間を手下として大量に配備しており、なまじ数が多いのと場所柄足場が悪いので見かけによらず非常な堅牢な守りとなっている。

 アイトはある方法でその守りを突破し、ついでに沼地の魔女を改心させたりしたのだが今はそれを語るべき時ではないだろう。

「いきなりスライムにしたことは謝りますが、少なくともその状態なら自由に形を変えられます。試しに自分自身の形になってみてくれませんか?」

 この提案はアイトなりのチェックであった。

 沼地の魔女が語るには、自分の形というアイデンティティーは思ったよりも強固で、たとえスライムになっても自分以外の形に完璧に変化するには訓練が必要なのだとか。すなわちこの液体がもし本当にローラならすんなり変化できるだろうが、もし違うならうまくいかないはずなので判別できる。というわけだ。

 スライムはぶるぶると震え出すと、ぐにょ、ぐにょと波打って、みるみるうちに形を変えていく。そして1分ほどで、そこには女性の形をしたスライムが立っていた。

 その姿はアイトが最後に見たローラにそっくりである。

「本当にローラ様か……?喉の形を意識してください。声も出せるはずですよ」

 ローラの形をしたスライムは蠢くと、口をパクパクとし始めた。肺の形、喉の形も本人でなければ再現不能だ。ここで出る声がローラのものかどうかで、最終的に確認ができる。

「……あー、あー」

「おっ!?」

 身構えていたアイトは思わず感嘆の声をあげた。スライムが発声したのは完全にローラの声だ。色こそ全身エメラルドグリーンのままだが、元に戻っていた片目の色といい、声といい、やはりローラで間違いない。綺麗な顔も、そこそこ大きいおっぱいも、じつはこちらもそれなりに主張の激しいお尻も、なにもかもがローラにそっ

「ギガサンドラ・ボルトルド!!!」

 アイトの下種な思考はスライムが突然放った雷系最上級の呪文によって発生した高電圧で一時的にブラックアウトし、すぐに蘇生された。

「いきなり何するんですかローラ様!!」

「あなたには言いたいことが山ほどあるわ、アイト。私を喋れるようにしてくれたことへの感謝とかね。でもその前に、乙女の身体をジロジロと品定めした罰を受けてもらったのよ」

「俺じゃなきゃ即死するレベルの電撃を浴びせるのは流石に行き過ぎているのでは!?」

「あなたは死なないでしょ、勇者なんだし。それに私はあなたのせいで溶けちゃったのよ?本来なら刎頸ものの大罪人なんだからね」

「わ、わかってますって……」

 アイトの頬をぎゅむ、とスライムの両手が挟んだ。ぷにぷにしてて、ちょっとひんやりしてて、正直かなり心地がいい。

「ところでローラ様、なんか大きくなってません?」

「そ、そんなことないわ。私はもともとこんな感じだったでしょ?」

「……」

 アイトの記憶によるとローラはもう少し小さかったはずである。しかし今のローラはモデル体型というか、明らかに背が高くなっている。

 床には一滴も水がこぼれていない。なるほど、一緒にスライム化した風呂の残りの水分を身長に回したのか。スライムの身体から花のような匂いがするのも風呂に香りをつけていたせいだろう。

「これ、ヤバいな」

「なによヤバイって」

「い、いや……とりあえず王様に報告しないと」

 アイトは口から漏れ出た劣情の名残を適当にごまかした。

 溶けた姫にスライム化の呪いをかけたあげく、もともとの美貌とスタイルに加えてそのぷにぷにした感触や半透明の身体、匂いに欲情しそうになったというのは、どう考えても言い訳できない変態的思考である。それこそ首を刎ねられかねない。


「おお!ローラ!!そんな姿になっちまって……」

「大丈夫よお父様。身体がプニプニする以外はそれなりに元通りだから」

 ひしと抱き合う父親とスライム娘をアイトは複雑な感情で眺めていた。

「勇者よ、ひとまず娘と語らう機会を取り戻してくれたことの礼を言わせてもらおう」

「ありがたき幸せ!」

「……だが、むしろ問題が増えたようにも思えるのはワシだけか?」

 そうなのだ。

 スライム化の呪いは禁呪、今のところ解呪の手段は存在しない。

 姫が溶けた理由もわからない段階で、さらに呪いを重ね掛けしてしまったのである。

「も、もちろん俺が湿地帯の魔女に交渉して解呪方法を教えてもらうつもりですし」

「当然、ちゃんとした肉体に戻す方法も探さねばなるまいな?」

「そうですね……」

 ギラリとした眼光に睨まれたアイトはとりあえず頷いたが、ローラが溶けてしまった理由は本当にわからない。だから勇者アイトの今後の目標は、湿地帯の魔女と交渉してスライム化の解呪方法を聞くこと、そのうえで溶けた身体を元に戻す方法を突き止め、両方の呪いを解いて姫を元に戻すことである。

「ではさっそく冒険に行ってまいれ」

「ちょっとまって!私も行くわ」

「なにっ!?ローラ、何を言い出すのだ!」

「だって彼が解呪法を教えてもらってここに帰ってくるのを待つより、呪いをかけられた私が行く方が早く解呪できるでしょ」

「し、しかし危険が……」

「それなら大丈夫よ。そこのお前、その剣貸して」

 ローラは戸惑う王様を置いてきぼりにしたまま近衛兵から剣を奪い取ると、何のためらいもなく自分に突き刺した。その場にいた全員、特に王様は気絶しそうになるほど驚いたが、ローラはまるで平気そうに剣をぶんぶん振った。

「ホラ、普通の攻撃は逆になんにも効かなくなったのよ。喋れるようになったから魔法も全然使えるし」

「う、うーむ」

「鎧は着るようにするわ。ダメ?」

「……勇者アイトよ」

「は、はい!」

「ローラに何かあったらどこにいようと確実にそなたを見つけ、罰するぞ。よいな」

「やったぁ!お父様、ありがとね!」

 アイトの同意を待つことなくローラはそう言うと、剣を奪った近衛兵から鎧の一式もそのまま奪い取ってその中に収まった。

「うん、これなら普通の騎士に見えるでしょ」

「ロ、ローラ様、いいんですか?」

「なによ、私との旅は不満?」

「いえ、そうではなく……」

 アイトが返答に戸惑っているとローラは鎧のヘルムを外してにっこりと笑った。幼少期から王族として魔法の訓練を受けていた彼女は、スライム化した身体をもう意のままに操っている。

「なら決まり。正直王城の中は退屈だったのよ。それが冒険に出られるようになるなんて、呪いサマサマね。分かっていると思うけど、私が飽きるまでは解呪方法が分かっても旅を続けてもらうから」

「そ、そんな馬鹿な……」

「いいわね?」

「ハイ」


 こうして勇者アイトは片目以外がスライムと化してしまったローラ姫を元に戻すべく果てしない旅に出ることになった。

 どうして姫は溶けてしまったのか。

 どうして片目だけは元に戻せたのか。

 どうしてこのお姫様はこんなに迷惑な方向で前向きなのか。

 勇者アイトの性癖がゆがみ切ってしまう前にすべての謎は解き明かせるのか。

 その結末はまだ、誰も知らない。

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