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黙考

 時刻は11時を過ぎる所だった。ドンドンと、階段をのぼる足音がする。次にミシミシと木板を踏む音が聞こえ、最後にドアの開閉の音が聞こえて一瞬のうちに静まりかえった。美希だろう。と言うか、美希以外にあり得なかった。父母は他界したのだ。

 カーテンと窓を開け、ベットにいる彼女を見た。彼女はすやすやと吐息を漏らしながら寝ていた。それは、誰もが見とれる寝顔。彼女に近づいてそっと抱いてあげたい。そのままキスでも何でもしてしまいたい。しかし畏怖の念を抱いてしまい、僕は動くことが出来なかった。足がすくんでいるのだ。情けない。自分に悪態をつく。しかし、この状況を理解するのには相当鋭利な頭脳の持ち主でないと可能にはならない。だってそうだろ? こんな事、どこかのホラー映画でしか見たことがない。実のところ僕は怯えている。足のすくみ、冷や汗、のどの渇きなど、自分でも怯えてるとわかる証拠がある。みっともない。でも、しょうがない。僕はそれほどたいしたことの存在ではないのだ。

 外から冷たい風が室内に流れ込む。それにも怯えてしまった。ホントに僕は情けない野郎だ。

 カチカチと時計の針が動く音が不穏な空気を呼び起こす。時間は止まることはなく、永遠に動き続ける。それは抗うことの出来ない運命。でも、今だけは止まって欲しい。このままだと、朝が来てしまう。彼女が起きてしまう。それだけは避けたい。

 でも、そんなことは出来ないのだ――。

 ――それが定めだから。

 浅はかな考えでも、たとえ無意味な考えでもいいから思案をするのが最優先だと思う。それを網羅し、蓄積する。そうすれば少なからず案は出てくるはずだ。

 目を軽く閉じる。暗闇に陥ったことによりすくみが倍増し、前によたってしまった。なんとか体勢を持ち直し黙考する。

 ――まずは、何故ここにいるのかだ。

 僕の意識は公園で明日香とキスをしている途中で途切れた。それ以降の記憶がない。時間的には意識が途切れた時刻は推測からして午後の4時30分くらいだった。意識が戻ったときは時計の針が午後の8時過ぎを指していた。つまり、4時間くらい意識が途切れていたのだ。その間には何があったのだろう。知るよしもない。気付いたときにはここにいたのだから。

しかし、キスしているときに聞こえたあの声は何だったのだろう。たしか『幸せそうなあなた。あなたはどうなんだろう』と言っていたと思う。しかし、言葉の概念がわからない。幸せそうなあなたというのは、明日香と僕がキスをしていた事を指すのだろうか。だけど、あなたはどうなんだろうに繋がらない。もしかして、空耳だったのかな。

 ――次に美希についてだ。

 少し精神が落ち着いた頃、下の様子を確認するため階段を下りた。美希はいつも通りリビングでテレビを見ていた。「あれ? おにーちゃん。いつ帰ってきたの?」と興味深そうに言っていた。やはり気付いていなかったのだろうか。だとしたら僕が2階に上がった時には、風呂に入っていたかトイレに入っていたかのどちらかの選択肢しか思いつかない。どちらとも筋道は通るが、一つ疑問点があった。その時、美希は普段着だったのだ。風呂後の美希はパジャマ姿がたいていだ。なので、美希は風呂にはまだ入っていなかった。よってトイレに入っていたのだろう。

 ――最後に明日香についてだ。

 この状況に至までに何かあったのだろうか、僕の意識がなかったときに。2人とも裸だったことからセックスをしてしまったことは定かであるが、どんな経緯でこうなったのか、いつ頃から始めたのかは明らかではない。

 一番の疑問点は、容姿だ。夢か現か、僕は信じられなかった。こんな事はありえない。だって明日香と来島奈々の容姿が混ざっているのだ。どこかのホラー映画で霊が憑依することがある。でも、取り憑かれてもその人の容姿は変わらない。ただ意志を囚われるだけだ。なのに僕の眼前にいる存在は憑依の概念を覆す、フィクションとノンフィクションの間に出来た。科学的に見たらそれは相容れない。

 もしかしたら未完成なのかもしれない。憑依中に何らかの出来事が起き、2人の意志の伝達に齟齬が発生してしまってこのようになってしまったのだろうか。

 ハッキリ言って解決の見込みがない。僕にもっと鋭利な頭脳と聡明な意志があれば、謎という急流に流されるまま奇妙な海へ泳ぎ着くこともなかっただろう。

 そっと目を開く。僕の後ろから月の光が差し込んでいて自分の影がベットまで続いていた。その影の頂点の横には光に照らされ、無垢な顔で寝ている彼女がいた。実際の所、無垢ではないのかもしれない。でも、僕にはそう思えてしまったのだ。

 振り向いて夜空を見上げる。黙考をしているうちに、足のすくみはなくなったらしい。冷や汗はいつまでも続いているが、気持ちの良い夜風に当たりいくらかはひいてきた。

 夜空には満天の星が一斉に輝いている。

 月の光がどの星よりも煌々と輝いていた。

 僕はそれを見て感慨深い気持ちになった。

 比例して、禍々しい気持ちにもなった。


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