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 あれからの事。不安な感情をを抱き、学生の日常を過ごしていたが、反してなかった。みんな笑顔を絶やさず、幸せそうな顔をしていた。普通それは良いことなのだが、僕はどうしても訝しく見てしまう。あの出来事の断片が頭の片隅の片隅ぐらい小さな所に素潜り込んでいるのだろうか。

 実際、佐久間先生から来島奈々の存在について否定的なことを言われて安堵しているのだが、どうしても気にかかってしまう。

 「はぁ……」

 ため息がこぼれる。ここ数日間にため息を何回しただろう。昔からため息をつくことはありがちなことだったが、今はそれの2倍くらいのため息をこぼしている気がする。

 「ん? どうしたの?」

 真横から、澄んだ、流れるような声が聞こえた。視線を曲げると、逆光で少し影かかっているが特徴的な長い髪が存在を際だて、女神を想像させるかのような感じで座っている。学校から近くにある公園は僕たち以外誰もおらず、静まりかえっていた。

 「いや、何でもない。あと、俺のパンを食うな」

 「いいじゃん。お腹空いてるの」

 彼女は唇を尖らせ、パンを一口かじる。くそ、ふざけやがって。可愛いからって許されるもんじゃねぇぞ。

 こいつは前原 明日香。家がおとなりさんで、昔からの付き合いがあるので幼なじみということになる。学校では美希と一位、二位を争う美貌の持ち主である。みんなからは〈学校の女神〉と言われるほどだ。しかし、僕はこいつのことを虫けらだとしか思えなかった。

 学校では清楚な優等生ぶりを発揮しているが、学校から出て僕と一緒になると馴れ馴れしくつっかかってくる。

 例えばある日、僕が洋服を買いに近くのショッピングモールに出かけショッピングを満喫してるときに、彼女とばったり出会ってしまい一緒に買い物に付き合わされたときがあった。ここまではドラマテックな展開だが、その後が問題だ。

 「あっちいこ!」や、「こっちいこ!」など、色々振り回してくる。僕は1人で静かにショッピングを楽しみたいのだが、明日香は自分勝手に様々な場所に行ってしまう。そのため、僕は落ち着いてショッピングを楽しむことが出来なかった。

 以上、回想終わり。

 そんなわけで、僕は彼女の存在を嫌っている。学校にいるときと同じ振る舞いをしてくれれば、僕は彼女のことを好きになっていたかもしれない。実際の所、本当の性格を知らない異性の輩が明日香にメロメロ状態になっている。美希の場合も同じようだがだが、どっちが優っているかはイマイチ検討が付かない。同等と言うのがベストだろう。

 カナカナカナとひぐらしの鳴き声が公園内を響かせる。それが夏なんだなと実感させてくれる。それに反して夏らしくない、涼しい風が僕たちの髪を揺らす。ここの所涼しい日が続いているので、蝉の鳴き声がなかったら夏だと実感できないだろう。

 「おいしーな」

 明日香が幸せそうな顔で言う。僕は目を細めながら肯定する。

 「そうだろ。そこら辺のコンビニに売ってるメロンパンじゃなくて、有名なパン屋で買ってきたメロンパンなんだからな」

 「そうなんだ。どこにお店あるの?」

 「二駅先の駅前にあるけど、知らなかった?」

 明日香は首を縦に振る。口周りにはメロンパンのかすが付いていた。

 「そうか。じゃ、後で一緒に行くか?」

 僕が言った瞬間、急に彼女の顔がパァっと明るくなった。その笑顔は愛らしく、誰もがメロメロになってしまいそうだ。

 「ってか、珍しいね。浩介から誘うなんて」

 「そうか? あ、でもそうか」

 「……嬉しいな」

 「えっ?」

 「ううん。なんでもない」

 そう言い、再びメロンパンを食べ始める。その幸せそうな顔は傍からどう見ても童顔で、いつもの清楚な感じがまったく感じなかった。

 「食べる?」

 明日香がそっと三日月型をしたメロンパンを差し出してくる。もとは円形の形をしていたから、ちょうど半分を明日香は食べたことになる。僕の金で買ったのだが、彼女はそんなこと気にせず半分も食べてしまったのだ。

 「食べるじゃねぇよ。それ、もとは俺のだし」

 僕は、一人称を使い分けている。美希と明日香の前では俺。それ以外は僕。

 「ごめんごめん。変わりに私にチューしていいよ」

 「まじか!」

 唐突な言葉に飛び跳ねそうな勢いで立ち上がる。

 「うん。……いいよ。浩介なら……」

 ドキッとした。明日香の顔は少し赤かった。僕の萌えポイントにクリティカルヒットした。

 こ、これは、本当にキスをしてしまっていいのだろうか。いや、しかし彼女が良いって言ったのだから……し、していいのか。

 「……して」

 うつむき加減に弱々しく言う。僕以外の男子だったら瞬間にキスし、押し倒しておそってしまうだろう。その場面が脳裏に浮かぶ。

 「わ、わかった」

 僕は近づくと、明日香の両肩に手をのせ、そっと顔を寄せる。心臓が早鐘を打つ。50センチ……30センチ……10センチ。

 「ちょっと待って」

 明日香の唇までもう少しだったのに、彼女は止めた。一旦詰め寄った顔を離し、間をおく。

 「途中で止めはなしだからな」

 「うん。わかってるよ。浩介……恥ずかしいから目を閉じてして」

 「それじゃ、唇同士がくっつかないよ」

 「それは私が調整する。だから、目を閉じて近づいてきて」

 「うん。じゃ、わかった」

 その瞬間、嘘だと僕は察知した。どうせ明日香は唇じゃなくて、メロンパンを僕の唇にくっつけるつもりだろう。さっきまでドキドキしていた僕がバカだった。でも、僕は言われた通り目を閉じる。暗闇がまぶたの裏に広がっている。

 ふと、思い出す。あの、状況を。

 そんな思考を持ったまま顔を明日香に近づける。目を閉じているので距離感がまったくつかめない。ドキドキ感がさっきまで広がっていたが、それを上乗りするかのように恐怖が襲いかかってくる。まだ脳裏にはあの場面の断片が残っていて、それが恐怖となり、まぶたの裏に蓄積して鮮明に映し出される。映し出されたのは全裸で、胸と性器に血がべっとり付いている亡骸だった。吐き気がしたが、何とか耐えた。

 刹那、唇に冷たい感触があった。続いてニュルニュルしたモノが口に触れる。それは僕の口の中に浸食し、僕の舌を味わうようになめ回す。パンにたどり着いたのだ。

 あれ? パンってこんなニュルニュルしてたっけ。否、そんなわけない。

 ニュルニュルしているモノが口の中を彷徨い再び吐き気を誘う。僕は耐えられなくなり目を開いた。亡骸は消える。その代わり、明日香の顔がズームで映し出された。

 唇と唇が重なり合っていて、キスをしていた。と言うことは、ニュルニュルしているモノは明日香の舌ということになる。つまりディープキスだ。

 「う……はぁ……ん……」

 彼女が喘ぎ声をするたびに、身体から抵抗力が抜けていく。頭から抵抗する意志も抜けていく。ついには、僕も舌を自分から絡ませることを始めた。

 「め……あ……ん……」

 クチャクチャと舌と舌が絡み合う音が鮮明に聞こえる。自然と体が熱くなってきた。すでに体は欲しがっている。しかし、どうしてだろう。冷や汗が流れ出してくる。

 僕は明日香の顔を薄目で見る。彼女は目を閉じたままディープキスを続けている。

 その時、





 幸せそうなあなた。あなたはどうなんだろう。





 刹那、意識が途切れる――



 ――どれくらいしていただろう。……わからない。

 ちゃんとした意識が戻ったときには夜の帳がおりていた。気付いたときには、僕は自分の部屋のベットに潜り込んでいたのだ。……明日香と一緒に。

 僕も明日香も裸だった。つまり、してしまったのかもしれない。しかし、美希に気付かれなくてよかった。美希は早く寝るタイプだから僕が帰ってきたことに気付かなかったのだろう。

 でも、何時帰ってきたのだろう。

 ふと、掛け時計を見ると時刻は午後8時過ぎだった。

 おかしい。この時間帯ならまだ美希は起きているはずだ。テレビに夢中で気付かなかったのかもしれない。いや、それもあり得ない。僕の部屋は2階にあり、つなぐ階段がリビングにあるので、気付かないはずはない。では、なぜだ?

 「明日香……」

 すやすやと寝息をたてている明日香を見る。幸せそうな寝顔だった……?

 「――!?」

 よく見ると、僕は驚愕した。掛け布団を吹き飛ばし、彼女の体全体を見た。その瞬間、思考が停止した。

 「う……おぇ……くっ」

 胃の中の液体が食道を遡り、吐き出してしまいそうだった。すかさず目をそらし、ベットから這うように降りて、窓に近づく。血の気がサーッと引き、足取りもままならなかった。

 寝ていたのは明日香ではなかった。いや、明日香だ。しかし、明日香ではない。明日香と何かが交わったというのが妥当な答えだろう。明日香の容姿と何かの容姿が合わさって出来た存在。

 では、その何かは? 

 来島 奈々だ。


楽しんで頂けたら幸いです。

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