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 保健室は教室ぐらいの広さだが、ベットやら仕切りやらで実際より狭く感じる。そんな中で、先生は僕に液体の入った紙コップを渡してくる。

 「四条君。妹との愛は深まった?」

 僕は佐久間先生から受け取った紙コップを落とし損ねた。

 「み、見てたんですか」

 先生はイタズラな笑みを浮かべ、

 「うん。少しね」

 と、可愛らしく言った。実のところ、佐久間先生は意地悪な性格なのかもしれない。別に悪い気はしないけど。

 それから互いに何も交わさず、長い沈黙が保険室内を流れる。妙な威圧感が少なからず感じ取れ、それを紛らわすため一気に紙コップ内の水を煽り、何となくイスを上下に揺らす。その余韻でガタガタと無意味な雑音が沈黙の中にとけ込んでいった。どこかでセミが鳴いているらしく、殺伐とした中、夏なんだなと改めて気付かせてくれた。

 「先生」

 僕は意を決して尋ねてみる。

 「うん? どうしたの」

 「僕、どうなっていたんですか。保健室に何故いるかもわからないし、昨日の放課後のことも曖昧だし」

 あえて、奈々ちゃんのことは言わなかった。

 ――でも、おかしい。亡骸の奈々ちゃんはどうなったのだろう。今記憶にある放課後起こったことは曖昧だが、奈々ちゃんが死んでいたということだけは鮮明に覚えている。

 死んでいる状態であのままだったら、学校は大騒ぎになるはずだ。なのに、学校は正常に物事がおこなわれている。

 ――やはり、夢だったのかな。でも、なんで僕はここにいるのだろう。

 先生は穏やかな顔で言う。

 「昨夜君が3年3組で倒れていたところを見回りの先生が見つけてね、それで保健室に運ばれたってワケ。……自分でもなぜそうなったか覚えてないの?」

 何かが足りない。

 「僕だけですか? 倒れていたの」

 「ええ。見回りの先生が言ってたわ」

 「そうですか……」

 異体のしれないモノが僕に衝撃をあたえた。それは、何かの予兆の感じがする。

 でも、これで夢だとわかった。安堵のため息をつき、先生にもう一つの質問をしてみる。

 「じゃ、先生は来島 奈々って子、知ってますか」

 ピクッと先生の体が動き、その余韻で机上から鉛筆がコロリと転がり地面に落ちる。その鉛筆が僕の前に転がってきた。拾ってあげると先生は笑顔でありがとう、と言った。男子生徒はこの屈託のない笑顔でやられてしまうのかな。

 もとの場所に先生が戻ると、真剣な面差しで僕を見てくる。

 「四条君。その子の名前はは禁忌ね」

 「えっ、何でですか」

 すると、先生は肩をすくめて手を左右に振る。

 「私もわからないの。先生方から口止めされているから、何かある生徒なのかもしれないね」

 佐久間先生は今年赴任してきた新しい先生だ。だから、あまりこの学校については知らないのかもしれない。これ以上奈々ちゃんの事を聞いても、情報は全然仕入れることは出来ないと思うので話を変えることにした。

 「話を変えましょう。うーん。幽霊についてどう思いますか」

 「幽霊?」

 やば、おかしな質問しちゃったかな。

 「どうして、幽霊なの?」

 必死に理由を考えた。

 「ええっとですね、昨日テレビで心霊写真の紹介みたいな番組がやっていまして、少し気になったからです」

 先生は考える人みたいなポーズをして苦悩の面を浮かべる。

 「うーん、幽霊ね。じゃ、四条君は幽霊ってどんなんだと思う?」

 「そうですね。死んだ人の魂がなかなか成仏できなくて、こっちの世界を徘徊してるモノだと思います」

 先生は頷き、眼鏡をかける。

 「まあ、普通はね。幽霊なんて未練たらたらの魂が現世に残ってかすかに可視化したもので全然怖くないんだけど、みんなは怖いって言ってるんだよね」

 「でも、少しは怖いと思います」

 率直に言う。実際には見たことないけど、テレビとかでやっているのを見ると本当に怖いんだよね。美希なんて両手で耳ふさいで目をつぶって、挙げ句の果てにはソファーに頭突っ込んでその上に毛布を覆い被せてるからな。僕はそこまでじゃないけど。

 「幽霊っていったら、現世の和御魂だよね」

 「何ですか和御魂って」

 「えっとね。簡単に言えば、良いお化けの種類こと。知ってる? 神の霊魂には2つあるの」

 「あ、知ってます。荒魂と和魂ですよね」

 先生は指と指を擦りつけピンと、音をだした。

 「そう。和魂は雨や日光の恵みなど、神の優しく平和的な側面のこと、それに対して荒魂は神の荒々しい側面、荒ぶる魂のことをいうの。と言うわけで、和御魂はとくに悪いことは起こさない、優しいモノなの。幽霊以外に亡霊があるわ」

 「じゃ、荒魂の方は」

 「長々というのはめんどくさいから、簡単に言うわ」

 先生から『めんどくさい』という単語が出てきて僕はビックリした。この人は、やっぱり性格悪いのかもしれない。

 「和魂と荒魂と同じよ。和御魂と対の存在」

 「そうなんですか。先生、意外に詳しいですね」

 「ふっふっふ。私を誰だと思っているのです」

 いや、普通の美人な保健室の先生ですから。

 そんな僕を見て何を思ったか、先生は急に立ち上がり窓の近くで外の風を一手に浴びた。サラサラとした髪が風によって縦横無尽に大きく広がった。その姿はまるで、妖精のような美しさだ。

 「……そろそろ4時間目が終わるよ。大丈夫なら、行きなさいね」

 「えっ、あ、はい。わかりました」

 どうしたのだろう。先生の背中から哀愁が漂っている感じがオーラーのようにジワジワ感じる。先生は何を見つめているのだろう。この世のどこを見ているのだろう。僕にはわからない。

 「じゃ、そろそろ行きます。いろいろありがとうございました」

 先生は半回転して振り向き、満面の笑みを浮かべた。

 「うん。お大事に」

 ドアを開け、自分のクラスに歩み出ようとしたとき、

 「一つ、言っていいかな」

 「なんですか」

 「この世には様々なお化けがいるけど、多種多様でひとつひとつに個性があるの。ほとんどが和魂と荒魂で構成されているんだけど、その中でも未だ判明していない魂があるらしいんだ。なぜならそれは、不可視なの。だから調べようにも調べられない。今になってはお蔵入りになってしまったけどね」

 「それがなんですか?」

 少しぶっきらぼうに言ってしまったが、先生の口元が少し緩み、笑みがこぼれる。

 「いや。なんでもない。ただの余談だよ」

 余計に気になるが、深く追究することはないので軽く流すことにした。

 「そうですか。じゃ、失礼します」

 ドアを完全にしめたとき、不意に保健室から声が聞こえる。

 しかし、かすかにしか聞こえなかった。なので、内容が全然理解できなかった。本当にどうしたのだろう。心配だな。

 自分のクラスに帰ったときクラスの友人からいろいろ問いだされたが、僕は軽く受け流した。


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