乖離
それから、僕は彼女を捜した。もしかしたら、すでに消えてしまっているのかもしれないが、念のために1年と2年の教室を隅々まで捜索した。が、気配すらも感じ取れなかった。やはり、消えたのかもしれない。しかし、あきらめず3年の教室や音楽室、理科室と学校中を見回ったがやはり気配がない。
戦慄が僕の体を纏う。
しかし、なぜだろう。
あの女の子の存在は僕にとってなんの障害もないはずだ。なのに僕は彼女の存在を探し続けている。何か特別なモノが彼女にはあるのだろうか。
同じ所を去来し、時には生徒に聞き込みをしながら学校中を捜したが、一向に現れる気配はない。外の様子に気がついた時にはすでに地平線に太陽が消えそうになっていた。雑音が全くしないことから、生徒なんて数人も残っていないだろう。
あきらめて踵を返し、自分の教室に向かう。
「――!?」
日の光がかすかに残る廊下を歩いていると、3年3組から不思議なうめき声がかすかにした。ハッとして、足を止めた。先生かな?
刹那、何か金属が落ちたような音が耳に入る。続いて先ほどより少し大きいうめき声がした。声のトーンからすると女の人の声だ。
思考が回転する。確か、このクラスの担任は男だった。名前は……忘れたが、女めいた高い声を発するわけがない。
なら、誰だ?
思考はそこで途切れる。不穏な空気が、教室から流れ込んでいて僕の心から一切の余裕を剥奪したからだ。明らかに悪い兆候の空気だ。
一歩、歩きだす。太陽は沈んだらしく、日の光はすでに消えていて僕を照らしているのは教室からこぼれ落ちる蛍光灯の光だけだった。それが一層不安を募らせる。
深呼吸を2,3回する。まるで、そうすることで募った不安を帳消しになると信じるような、精一杯の儀式のようだ。
意を決して、ドアに手を伸ばす。
そして、ゆっくり開ける。
「――」
思考が一瞬止まる。眼前には規則的に並んでいる机と黒板と……机上に倒れ込んでぴくぴくと、痙攣めいて体を揺らしている全裸の女の子が映し出された。
「奈々ちゃん……」
声が漏れた。
出掛かった声を必死で飲み込む。思考をどうにか落ち着かせ、奈々ちゃんが倒れ込んでいる机に向かうが、足が動かない。どうにか動いたときには何分かかかってしまい、彼女の体の揺れはおさまっていた。
「――」
奈々ちゃんを間近にして、再び思考が一瞬止まる。床に散る、鮮明な赤い液体が僕の視界を歪める。鼻をつく臭い、これが死の臭いだと思い知らされた。
彼女の白い肌に、赤と黒の絵の具が、胸、性器の近くにジワジワと描かれていた。
いや、それは絵の具なのか? ――もしかしたら。
ふと、下を見ると小型のナイフがあった。跪き、拾う。先端部分が赤く染まっている。絵の具ではない、血だった。
「うそだろ……」
窓からヒューと風が入り込む。すでに夜の帳がおりていた。生徒なんて1人もこの学校内にいないだろう。さらに教室が荒れてないことから、誰かに襲われた可能性は低い。
――と言うことは。
自殺。
リストカット。
プチッ――