第312話 ローファイルの決定
ローファイル州、州都アーノイド。
パラダイル州からエレノアは帰還してきていた。
「ただいま戻りました」
総督であるセドリックにエレノアは帰還の報告を入れる。
「よくぞ帰った。戦はどうであった」
「敗退いたしました」
エレノアがそう一言いうと、セドリックが大きく目を見開いて驚いた。
周囲で見ていた貴族や使用人たちも、同じく驚愕している。
「ま、負けた!? お主が?」
セドリックは動揺した様子で尋ねる。
「ひ、姫様が負けた」「馬鹿な。どんな相手だ」「化け物でもいたのかミーシアンには……!?」
エレノアの凄さを知っている貴族たちも同じく動揺していた。
信じられない出来事が起こったという表情をしている。
「はい。敗戦いたしました。一回も負けずに人生終えることはないでしょうから、これもいい経験ですね。負けても特に支障のない戦でしたので、問題はないでしょう」
当の本人は全く気にしていない様子だった。
「お、お主を負かした者の名は?」
「アルス・ローベントです。中々面白い男だったので、今度戦で巡り合った時は、負かして捕まえて参ります」
「つ、捕まえる?」
「はい。その後、夫にします」
「な、何を言っておるんだ!?」
娘のとんでもない発言に、セドリックは驚く。
「夫にする。つまり婚姻関係を結ぶと言うことです」
「意味を聞いてるんじゃない! どうしてそういう結論に至ったのかと聞いておるのだ!! 許さんぞそんなことは!!」
父としては敵国の男を夫にするなど、断じてあり得ないことである。
賛成する理由がない。
「それは直感でそうした方が良いと思ったからです。中々使える能力を持っているようですし、伴侶にするには相応しいかと」
「そうじゃなくてだな……」
「私はやると言ったことはやるので」
「ぐ……」
セドリックはエレノアに言われて黙るしかなかった。
実際、ローファイル州はエレノアの力には大いに助けられている。
彼女がやると言ったことを、無闇に反対することは父親であるセドリックにもできないことであった。
「ところでアンセルからのミーシアン攻めはどうなっているのですか?」
「そうだ。そのことで軍議を行う予定だったのだが、お主が近々戻ってくると言うことで延期しておったのだ。早く軍議を行うぞ」
「承知いたしました」
急いでセドリックは家臣たちを集め、軍議を開催した。
「おお、エレノア! 戻ってきたのか!」
会議室に行くと、エレノアと同じく赤髪の男が手を広げてエレノアに近づいてきた。
どうやら抱擁しようとしているようである。
「兄上、近づかないでください」
抱擁を避けてそう言った。
彼はエレノアの兄で、プレインド家の長男。ガット・プレインドだった。
「な、なんで避けるんだ!」
「キモいからです」
ゴミを見るような目でガットを見ながら、エレノアはそう言った。
「ああ、その目……もっとその目で僕を見てほしい」
恍惚な様子でそういう兄を見て、エレノアはドン引きするような表情を浮かべる。
「とにかく僕は可愛い妹が無事帰ってきて嬉しいよ」
「私は兄上と再び顔を合わせることになって、とても不愉快です」
「ああ。君が戦うところが見たかった。とても美しかったんだろうな」
「見られるとキモすぎて戦いづらくなるので、やめてください」
エレノアがどんどん罵倒をしていくが、ガットには全く効いていないようだった。むしろ喜んでいるようにすら見える。
「もちろん今回も勝ったのだろう?」
「負けました」
「またまた」
「本当に負けました」
エレノアの言葉をガットは最初は冗談だと思ったようだ。
ただ、冗談ではなさそうだと雰囲気で感じ取り、目を見開いていく。
「な、何だと!? エレノアが負けてしまった!? だ、誰だ! エレノアの初めてを奪ったのは!!」
「アルス・ローベントという男です。あと、変な言い方しないでください。キモいです」
「ア、アルス・ローベント!? 許すまじ!! この僕が可愛い妹の仇を取ってやる!」
ガットは怒りに燃えていた。
拳を握りしめる。
「仇を取るって。私死んでないんですが」
呆れたようにエレノアは兄の様子を見ていた。
「あと、殺してはダメですよ。アルス・ローベントは私の夫になるので」
「……??」
エレノアの言葉が理解できていないようで、ガットは固まる。
「それでは軍議を始める」
会話をしているうちに、貴族たちが集まったようで、軍議が始まった。
「それでは今後どうするか議論を開始する」
「僕はエレノアが結婚なんて断じて許さんぞ!!」
軍議が始まった瞬間、意識を取り戻したガットが騒ぎ始めた。
「兄上の許可を取る必要などありません」
「駄目だ駄目だ! エレノアは昔、僕のお嫁さんになるって言ってくれたんだ!!」
「いつの話をしているのですか。ドン引きです。気持ち悪い」
「静かにしろ!! 軍議中だぞ!!」
騒ぐ二人にセドリックが雷を落とした。
エレノアとガットは静まった。
「アンセルからのミーシアン攻めは今のところ劣勢のようだ。数ではかなり上回っていたようだが、飛行船の脅威にやられておる。どうやら過小評価しておったようだな。飛行船を」
「そうですね。私も飛行船を間近で見ましたが、中々対処は難しいと感じました。何せこちらの攻撃が届きませんからね。同じく飛行船を作らねば、厳しいかと」
エレノアは先ほどの戦で飛行船を相手取った時の感想を素直に述べた。
「お主から見ても対処は難しいか。ならば、アンセル攻めに参加したボンクラどもには、もっと難しく感じたであろう」
「アンセルが劣勢ということは、もしかするとミーシアンにアンセルを取られそうになっていたりしますか?」
「いや、そうはなっておらん。キャンシープ州がミーシアンの重要都市センプラーを陥落させた。それから、シューツ州がサイツへと侵攻を開始。サイツはシューツ州の侵攻に全く対応できておらんようだ。ミーシアンはアンセルからの兵を防衛はしておるが、攻めに回るほどの余力はないように思える」
「ふむ……」
エレノアは考える。
「この状況。ローファイルはどう動くべきか」
「父上いいですか?」
ガットが手をあげた。
先ほどとは打って変わって、真面目で凛々しい表情をしている。
普通にしていればガットは飛び抜けたイケメンであった。
セドリックはガットに話すよう促す。
「ミーシアンはエレノアを撃退するほど、強力な人材を保有しているみたいですので、攻め込まれても危機的状況に陥る可能性は少ないと思います。撃退する可能性が高いかと。となると、ミーシアンは余裕を取り戻し、アンセルの兵をあっさりと撃破し、そのままアンセル制圧まで持ってくる可能性が高いです」
「確かにな。エレノアを負かしたほどの相手がいるのなら、どんな敵も撃退させそうである」
ガットの意見に、セドリックは納得する。
「確かにアルス・ローベント軍は訓練されていたし、飛行船は強力でしたね。それでも確実にセンプラーを奪還できるとは言い切れませんが、それでも勝つという前提で話を進めていた方がいいかもしれませんね」
エレノアも納得した。
それからさまざまな意見が出てきた。
軍備を充実させ、今後くるミーシアンの脅威に備える。
密偵を放ち、ミーシアンの飛行船技術を盗む。
ミーシアンと同盟を結び、仲良くやっていく。
キャンシープ、パラダイル と同盟を結び、ミーシアンの脅威に対処する。
などである。
「全部反対ですね」
エレノアはそう言い切った。
「今がチャンスです。アンセルを攻め陥とすべきです。ミーシアン州内が混乱している今のうちに攻め陥とすべきですね」
「ま、待て。それは不味いぞ。アンセルを攻めれば、パラダイルが止めに入ってくる。奴らはいまだに帝国家に忠誠を誓っておるからな」
セドリックは反対した。
「連合組んだのは間違いないから、攻め込めば他の州からすると、攻める口実を得たようなものだ」
ガットも反対のようだ。
「リスクはありますが、今は行くべきです。アンセルに速攻で攻め込み、帝都を抑え、帝都にいるシャクマを討ち取り、皇帝の身柄を確保します。その後、シャクマは悪人で、シャクマを討ち取ったのは皇帝のためであると宣伝し、それから皇帝から父上を宰相に任命すると下知を貰えば、アンセルを支配する正当性も得られます」
「悪人って……何か証拠があるのか?」
「どうせ裏で色々やっているでしょう。証拠など殺した後探せばいいだけです」
「ま、まあ潔白な人物ではないのは確かだろうがな……」
「そのやり方でアンセルの貴族が従うか?」
「従わないものは武力で制圧します」
「あ、荒っぽすぎないかそのやり方は」
エレノアの策はどう見ても、荒業にしか聞こえなかったが、絶対に無理であると否定することは出来なかった。
戦で勝ちまくってきたエレノアだからこそ、無茶な戦略も現実にしてしまうのではないかと思ってしまうからだった。
「パラダイルはどうすると思う? 皇帝の身柄を抑えたら従うと思うか?」
ガットが質問した。
「パラダイルは総督家に忠誠を誓っておりますので、皇帝陛下の身柄を確保さえすれば従う可能性は高いかと。そもそも、シャクマに従う道理はないはずなのに、皇帝に宰相に任命されたからという理由で、パラダイルはシャクマに事実上従っておりますから」
「ふむ……」
否定はしきれないことであった。
皇帝に忠誠を誓っているパラダイル州は、例え強制的に言わせているのだとしても、皇帝からの下知があれば従わざるを得なかった。
「一刻も早く攻めましょう。敵はローファイルへの警戒を過去最高で緩めています。今がアンセルを陥とす最大のチャンスです。父上、ご英断を」
「……ガットはどう思う?」
「荒っぽいですが……エレノアならやり遂げるかと」
「そうか」
セドリックはしばらく悩んだ後、
「帝都を陥とすぞ」
そう宣言した。




