第307話 エレノアの狙い
エレノアは立ち去った後、奇襲から生き残った兵を連れて、グラット砦に帰還していた。
それなりに兵を失った。百人ほど死んだようだった。
たった百人だが、精鋭の中の精鋭の百人である。この損害は大きい。
精鋭のボットとツールは何とか切り抜け生き残っていた。
ツールは小さな体で敵の攻撃を避けていたので無傷だったが、ボットは生傷を結構受けていた。
しかし、痛みを感じていなさそうなくらい、平然としている。かなり体が頑丈である。
「初めて負けてしまいました」
「ま、まだ負けてません! 立て直せますよ!」
「また奇襲をかけましょう!」
「流石に二度は通じないでしょう。徹底的に防備を固めてくると思いますよ。このまま砦にこもってても、飛行船の餌食になるだけですし、一度撤退して戦略を練り直さねばならないでしょうね」
ボットとツールの二人は反論できず黙って俯いた。
エレノアたちは砦に到着する。
敗戦とすぐさま撤退するようにと兵士たちに指示を出した。
「無茶な作戦だがエレノア殿ならやり遂げると思っていましたが、流石に無茶が過ぎましたかな?」
撤退をしながら、バンバはエレノアにそう質問をした。
「作戦自体は成功でした。アルス・ローベントを殺せるところまで追い込むことには成功しました」
「はぁ……それではなぜ」
バンバは不思議そうな顔をしている。
「なぜでしょうか……私にもよく分からないのです。あそこですぐアルス・ローベントを殺せば、勝利できたのですが、パッと見た瞬間、殺したくない連れ去りたいと思ったのです。こんなことは初めてです」
「え、えーと、それって……」
バンバは気まずそうな表情を浮かべる。
「恋ではないですか? あの小僧に恋をしたのだと思いますよ。エレノア殿は」
「恋?」
エレノアは首を傾げる。
「それは断じてありえません。確かにアルス・ローベントは私好みの可愛い顔をしておりましたが、正直言って個人としては貧弱で、恋愛感情を抱くには遠い存在だと言えます」
「いや……うーん、どうでしょうか」
特に顔を赤らめたりはせず、冷静な口調でエレノアは言った。
バンバは本心なのか隠しているのか、分からないという様子だ。
「しかし、私が生かして連れ去るべきだと感じたということは、間違いなくそうすべきと言うことです。確かに有能な家臣が多く、それを見出したのがアルス・ローベントなら、その能力は優れていますね。私は家臣の力にはそれほど頼ってはおりませんが、これからローファイルの領地を広めるのなら、有能なものが配下にいた方がやりやすくはなりますし、アルス・ローベントの存在は必要かもしれませんね」
「えーと、結局とりあえずは殺さず連れて行きたいと?」
「はい」
エレノアは頷いた。
「恋愛感情は特にないですが、彼を夫にしてみるのは悪くないですね。見た目は好みですし、婚姻関係になれば、全力で協力してくれるでしょう。私とアルス・ローベントで子供を作って、上手く力が受け継いでくれれば、最強の子供が誕生するはずです」
「本当に恋愛感情はないのですよね?」
「もちろんです」
「……」
頷くエレノアを見て、バンバは呆れるような表情を浮かべた。
「あの小僧はすでに結婚しているらしいですぞ。結婚は無理かと」
「すでに結婚している……?」
エレノアは眉を顰める。不愉快そうな表情だった。
ニヤリとすることはよくあるが、それ以外の表情になることがない彼女にしては、珍しい表情であった。
「無問題です。力ずくで連れ去れば良いだけです。婚姻関係は無効になります」
「は、はぁ。しかし、どうするのです? 結局戦に勝たねば、連れ去ることはできませぬぞ」
「うむ……正直言うと、これから勝ち目は薄いと思われます」
「勝ち目は薄い……ですか? ……しかし、兵はそれなりに残せましたし、援軍の要請などをすればまだ戦えると思われるますが」
「私もアルス・ローベントもまだ若いです。これからサマフォース大陸では戦が何度も巻き起こるでしょう。連れ去る機会は間違いなくあるはずです」
「……」
エレノアはバンバと戦術の議論は交わすことなく、そう呟いた。
どうやらここから勝利を得るのは難しいと言うのは、すでに彼女の中では結論が出ていることのようだった。
「その時まで元気でお過ごしください。アルス・ローベント殿」
○
「!!」
悪寒を感じて私は飛び起きた。
時刻は朝。
私は戦の顛末を思い返す。
敵軍はグラット砦を放棄し撤退。
パラダイル州へと引き返して行った。
奇襲は失敗し、2回目を成功させるのは難しいと判断したのだろう。
その後、グラット砦を取り戻した後、私はルンド城へと帰還した。
現在はルンド城の客室で休養していた。
馬から落ちた時、地面が草だったとはいえ、叩きつけられたので、背中を打撲していたみたいだ。
ちょっと痛みがある。
痛みがなくなるまでは、休んでください、とリーツに言われたので、お言葉に甘えさせてもらった。
さっきの悪寒は何だったのか。
なんか嫌な予感がする。
まあ、正直死にかけたので、嫌な予感もするだろう。
あの時は本当にやばかったからな。
もし連れ去られていたら、今頃どうなっていたか。
拷問でもされて、強引に鑑定スキルを使わさせられていたかもしれない。
もしくは、色仕掛けか何かを受けて、自主的に協力を迫ってきたという可能性もあり得る。
才能を見抜く能力は嘘をついているか、側から見たら分かりづらすぎるからな。今は下手だけど練習すれば上手くなるといえば、数年は嘘とはバレない。
拷問して協力させても、本当に協力してくれているか分からないから、自主的にやらせた方がいいという結論を出したかもしれない。
どっちにしろ、連れ去られていたら、しばらく家臣たち、肉親、そして妻のリシアに会えなくなるところだった。
助かってよかった。
これから戦をどうすればいいか分からないが、正直、エレノアのいる軍には戦自体を仕掛けてはいけない気がする。
搦め手で何とかするしかない。
しばらくしたら軍議を行うので、そこまでには体を治せるよう今は休んでおこう。




