第304話 反撃
グラット砦。
「流石、戦女神様ですな!」
「こんなあっさり敵の砦を落とせるとは!」
「敵の奇襲を完全に見破られたのは、見事としか言いようがありません!」
戦の勝利に貴族たちははしゃいでいたが、エレノアは浮かない顔をしていた。
「うむ、勝ったのに浮かない顔をされてますな」
バンバがエレノアにそう声をかけた。
「勝ちましたか……あなたには今回の戦が勝利だと見えましたか?」
「……まあ、それなりに兵は失ってしまいましたが、砦を落とすという目標は達成できましたし、勝利かと」
「砦は落とせました。もう一つの目標、飛行船の奪取、もしくは破壊は達成できませんでした」
「先に避難させていたようですな」
「そのようですね。中々敵もこちらがされて嫌なことを理解しているみたいです」
「しかし、飛行船は雨の日には飛べないとわかれば、雨の日に攻め込めば良いのでは? それまでは砦の防御を固めながら、待機すれば良いと思います」
「それはこちらが攻め込む話です。向こうから来られては、雨の日を待って戦など出来なくなります」
「次は野戦になると? しかし、それならばエレノア殿が指揮すれば、確実に勝てるのでは?」
「負ける気はありませんよ。しかし、飛行船相手となると中々に難しい。こちらの攻撃が届かない相手に勝利せよとは、中々の難題だと思いませぬか?」
「それは……」
エレノアの問いに、バンバは応えられない。
「それに今回の戦で、予想外に損害を被ってしまいました。相手の魔法兵の力が強力過ぎて、相当兵がやられてしまいましたね。事前に話は聞いていましたが、あそこまでとは。シャーロット・レイスという魔法兵は、ミーシアン1ではなく、サマフォース帝国でももしかすると1番の魔法兵かもしれませんね」
「そうかもしれませんな。少なくともパラダイルには彼女以上の魔法兵はおりませぬ」
「敵の撤退の判断も的確でしたね。おかげで敵兵にはあまり損害を与えられなかった。砦は取れたものの、失った兵の数はこちらの方がかなり多いです」
「それでもまだこちらの方が敵より兵力は上ですぞ。敵が攻め込んできても撃退可能だと思いますが。飛行船は強力ですが、あくまで攻撃手段は魔法。要は攻撃回数に限りがあるということです。いかに飛行船が強力とはいえ、軍を壊滅に追い込むほどの破壊力はないかと」
「そうですね……ただ、上からの一方的な攻撃を受けるというのは、兵の混乱を招きます。そして、飛行船の攻撃に関しては、私の力でも避けることは困難です。飛行船は空からこちらを認識しているので、隠れることができず、空を飛んでいるので地形を気にせず自由に動けるので、早く動いて逃げ切るというのも難しいでしょう」
「隠れて移動するしかないでしょうか?」
「行軍ルートには森などの隠れられそうな場所は少ないですね。ただ、森に入って移動したら、炎魔法で焼かれるので、逆効果でしょう」
「うむ……」
エレノアとバンバは悩む。
「結局戦は敵将を討ち取れば勝ちです。アルス・ローベントを何とか討ち取ってさえしまえば勝てるでしょう」
「それはそうですが……方法は……」
「……」
エレノアは静かになった後、
「危険で強引なやり方にはなりますが……何とか成功させてみせましょう」
ニヤリと笑みを浮かべながらそう言った。
○
私たちは出陣準備を手早く終わらせた後、兵を率いて、出陣をした。
今回の戦はほぼ全軍で敵を攻めに行く。
私も兵を率いて出陣した。
後方で兵を率いる。
今回の戦は、ローベント家以外にも様々な貴族が参戦している。
全軍で侵攻を行ったりする場合は、私も出なければ纏まらない。
後方なので比較的安全な場所ではあるが、何があるかは分からない。
進軍をしていく。
途中、敵軍が出陣したという知らせが入った。
やはり、相手は打って出たか。
籠城してもあの砦では守りきれないだろうからな。攻城戦には無類の強さを誇る飛行船の存在を考えると、当然の判断ではあるだろう。
出陣してきた敵軍の数はおよそ一万。
最初は二万からいた敵兵を、グラット砦の戦でそれなりに討ち取ったのだが、それでも一万八千人くらいは、兵がいるはずだ。
まだ砦内にも兵をだいぶ残してきたようである。
兵を率いているのは、前と同じくエレノアである。
一度見てみたいが、見たが最後殺されそうなのでやっぱり見たくないかもしれない。
敵が出陣する前に飛行船を事前に砦に向かわせており、もし敵が出陣してきたら、攻撃をするようにと指示してある。
飛行船の数は現在二隻。
一隻にシャーロット、もう一隻にムーシャが乗っている。
ちなみに現在は快晴。
今は雨の降りやすい時期ではあるが、もちろん晴れる時は晴れる。
天候が悪くなったら、急いでルンド城に引き返すように命令してある。
私たちは慎重に進軍を続ける。
「ご報告です! 飛行船の魔法攻撃が、敵軍に上手く命中し、敵兵の陣形を乱す事に成功! その後、先陣を担当していた、ブラッハム隊、フジミヤ隊が混乱した敵軍と交戦し、大勢の敵兵を討ち取った後、帰還してまいりました。味方の被害は極めて軽微です!」
斥候からの報告が入った。
ちなみにファムは私の近くで護衛をしている。その前は飛行船が飛び立つまで、工作を受けないよう飛行船の護衛もやっていたので、かなり働かせてしまっている。
「よくやった!」
先陣の戦はかなりうまく行ったようだ。
こちらの兵をあまり減らすことなく、多くの兵を討ち取れた。
ブラッハム隊は元から精鋭部隊で優秀だが、フジミヤ家の部隊もかなり優秀になってきたな。
マイカの知力、タカオの勇猛さ、そしてそれらを上手く統率するリクヤ。
バランスの良さが三人の持ち味で、それがうまく発揮できているのだろう。
「敵軍はその後どう動いた?」
「撤退する兵が大勢いたり、勝手に侵攻する兵がいたりと、統率が取れていないようです」
「何?」
統率が取れていない?
敵は戦女神とかいう称号を持っている女が率いている軍だ。
リーツが敗北したことから、名前が伊達ではないということは明らかだ。
そんな女が率いる部隊が統率が取れなくなる? そんなことがあるのだろうか?
「エレノアの様子は?」
「それがエレノアの姿がなく……彼女が兵を率いて出撃したのは間違いないのですが……」
「いない……? こちらが討ち取った? なんてことはないよな」
「そのような報告はありません」
敵将を討ち取ったなら、当たり前であるが討ち取ったことを全力でアピールするはずだ。
いないというのは、非常に嫌な予感がする。
「前線の兵は統率の取れていない部隊と戦ってるの?」
ロセルが質問をした。
「こちらに向かってくる兵たちを迎撃した後、撤退する兵たちは深追いせずに、様子を見ております。エレノアの行方を探っている模様です」
「なるほど……何を考えているんだ?」
ロセルがブツブツと考え始めた。
彼でもエレノアという女の思考は読みづらいようである。
「と、とにかく、一旦進軍は中止。情報が入るまで、防御を固めておこう」
ロセルがそう指示を出し、進軍は一旦停止することになった。




