第299話 クラン軍議
アルカンテス城。
クランは家臣たちと共に、緊急軍議を行っていた。
議題はパラダイルとアンセルの挙兵についてである。
各郡長に集結するよう書状を出したが、すぐに集まるものではない。
城にいるものだけで軍議を行っていた。
「パラダイル、アンセルにてミーシアン征伐軍の挙兵が行われているようです。パラダイル州にはローファイルからの兵、おおよそ一万が向かっているようで、現在パラダイルにいる兵と、そのうち合流するでしょう。また、アンセル地方には全ての州から、援軍が出ているようです。数は思ったより多くないですが、逆にほかの場所を攻める余力を残していると言えます」
クランの副官であるロビンソンが、現在の状況を淡々と説明した。
「ミーシアン征伐軍……ついに動いたか」
クランは落ち着いた表情で言った。
各州の代表が帝都に集結し、合議を行ったという情報はすでに掴んでいた。内容までは掴んでいないが、恐らくミーシアン征伐のための合議であると、クランは予想していた。
今回の挙兵でその予想が、ほぼ正解であると確定した形である。
「兵を集結させてアルカンテスを落としにくるかもしれないとも、思っておりましたが、そうはならなかったようですね」
発言したのは、軍師のリーマスだ。
長年、サレマキア家に仕えている、名臣である。
「征伐軍はやはり纏まりに欠けると見えるな」
「そうですが、逆に面倒かもしれませんぞ。一箇所に兵を集めても連携できなければ、烏合の衆となりますから、却って簡単に撃退できたかもしれませんからのう」
「ふむ……確かに多方面から来られる方が、厄介という見方もあるな……アルカンテスさえ落とされなければという守り方は、流石に出来ぬからな」
クランは悩ましげに顎に手を当てる。
「ローファイル、アンセル、パラダイルの動きはわかったが、キャンシープとシューツはどう動いている?」
「その2州には、派遣している密偵が少なく、情報が足りません。ただ、キャンシープは新しい大型船を数隻作ったようです。
「大型船か……キャンシープは水軍の能力が高かった……海から攻めてくるのか? となると狙いはセンプラー……」
センプラーから得た富の力を存分に使っているクランとしては、センプラーは絶対に守らなければいけない場所だった。
「センプラーに飛行船を配備する必要がありそうだな。水軍相手でも、飛行船は有効に使えるだろう」
「そうですね。アルス殿に指示致しましょう」
今、飛行船を製造しているのはカナレだけである。ほかのところでも制作は始まっているが、まだ完成はしていない。飛行船を利用するには、アルスに指示を出す必要があった。
「またシューツも兵を増やしてはいますが、思ったより増えていないようですね。狙う場所はサイツでしょうから、漁夫の利を狙っているかもしれません」
「漁夫の利か……それならば、放っておいても良いか? こちらが劣勢にならぬ限り、仕掛けては来ないだろうからな」
「そうとも限りませんぞ。サイツはミーシアンに従属しておりますが、クラン様に忠誠を誓っておるというわけはありませんからな。シューツが調略を仕掛けて、サイツがそれに乗り反乱をおこすかもしれませんぞ」
リーマスがクランの考えを否定する。
「調略か……可能性としては大いにあるな」
「成功するとなると厄介ですぞ。味方だと思ったサイツが丸々敵となるわけですから」
「……やはり降伏など受け入れず、完全に征服してしまうべきだったか?」
「結果論ですな。流石に戦が長引けば、飛行船の対応策もある程度は出てきて、負けはしないまでも粘られた可能性はあります。そうなると、サイツと戦をしている最中に、征伐軍に攻め入られた、という可能性も十分にあり得ました」
「どっちにしろという話か。調略を仕掛けていると言ったが、結局こちらが劣勢になっているところを見なければ、サイツも離反の決断はそう易々と出来まい」
「そうですな。クアット郡とプルレード郡をアルス・ローベント殿に任せているというのも、効いております」
クランの意見にリーマスは同意する。
「……サイツはアルスに散々やられている。州都に近いクアットとプルレードをアルスが抑えている限り、反乱など出来ないと思っても不思議ではない」
「となると、アルス殿は戦には使わず、サイツを睨む役目をさせていた方が、よろしいかもしれませんな」
「うむ……飛行船に関しては、何隻か援軍に来てもらうよう指示をして、軍自体はいつでもサイツを強襲できるようにと、準備をしてもらった方が良さそうだな」
「私は反対です」
ローベント家の軍をどうするか、話が纏まり始めていたところで、ロビンソンがそう言った。
「何故だ」
「もし我々が劣勢に陥り、それを見てアルス殿が裏切るという判断をした場合、ミーシアンにとっては致命的なことになりかねないからです。それを防ぐため、アルス殿にも兵を出していただいた方がいいかと」
「裏切り? いや……それはないはずだ。アルスは私に忠誠を誓っている。今までも働きから怪しいところなど全くなかっただろう」
「ですが、家の生き残りをかけて、裏切るということは考えられます。最悪の事態を想定するべきです。見張りをさせた場合、ローベント家に兵がまるまる残る形になり、裏切りやすい状況になります」
「……」
クランは眉間に皺を寄せながら、ロビンソンの話を聞く。
「アルス殿に、パラダイル防衛のために出陣してもらえば、パラダイル防衛の成功率も上がります。アンセルに回せる兵も多くなって、より優位に戦を進められるようになるでしょう。裏切りも阻止でき、戦の勝率も上がるので、アルス殿にも戦に参加していただいた方がいいと思います」
ロビンソンは自分の意見を言い終えた。
「ロビンソンよ。お主、アルス殿をだいぶ疑っておるようじゃが、何か明確な裏切りの根拠などは持っておるのか?」
「明確な根拠などありませんよ。合理的に判断しただけです……ただ、一つ……少し怪しい動きがあったのは間違いありません」
「怪しい動き?」
「はい、つい先程ですが、ローベント家に派遣していた家臣から、元サイツ総督のアシュドがカナレ城に訪れたという報告がありました」
「何? アシュドが? 何の用で?」
「アシュドとアルス殿の会談は、極秘で行われていたので、内容まではわかりませんが、そこで裏切りの話を持ちかけられたとしても、不思議ではありません」
「……アシュドと会談か」
ロビンソンの報告を受けて、クランは動揺したような表情を浮かべる。
「ふむ。挨拶だけして帰った、というわけではないじゃろうし、何か重要な話をしたかもしれんな。じゃが、アルス殿は元サイツ領のクアット郡とプルレード郡を治めており、アシュドは辺境とはいえ今でも領主という立場じゃ。単純に交易などを話をしに来たとしても、おかしい話ではないじゃろう?」
「そうですね……アシュドが治めている領地と、アルス殿が治めている領地は、結構距離がありますので、貿易の話というのは考えにくいかと思います。だからと言って、裏切りの話をしに来たと確定するわけではありませんが、警戒しておくに越したことはないと思います」
ロビンソンの話を聞き、クランは悩む。
「お主の話が真なら、少々怪しくはある。アシュドは辺境に追いやったが、今でもサイツ国内で影響力を持っておるし、裏切りの話を持っていくということも、考えられるだろう」
「もし話を受けていたのなら、ローベント家が裏切るという可能性はゼロではありませんな。今の所忠誠を誓っておりますが、あくまでローベント家は成り上がりで、長い間サレマキア家に仕えてきたという歴史はない。裏切ることにそう抵抗もないかもしれませんぞ。今のような乱世では特に……」
クランとリーマスも、ローベント家を少し警戒しているようだった。
「まあ、裏切ったと確定してはおらん。確たる情報はないし、今はアルスのことは信じる……が、ロビンソンお主のいう通り、アルスはサイツの見張りだけではなく、パラダイル州へ出陣してもらおう」
「それがよろしいと思います」
クランはロビンソンの話を聞き、意見を変えた。
「いいと思いますが、ローベント家を留守にするのも不味いため、兵を残して出陣せよと命令した方がよろしいですな。飛行船も配備しておいた方がよいですぞ」
「……そうだな。サイツへの備えも忘れてはまずい。バランスは取らねばならん」
リーマスの忠告をクランは素直に受け入れた。
それからアンセル、パラダイルにどれくらいの兵を回すかなどを、暫定的に決めた。最終的には各地の郡長を交えた軍議で決定する。
「アシュドが来たという件は、一度アルスにも直接聞いてみる必要がありそうだな。恐らく杞憂に終わるとは思うがな」
あくまでアルスのことに関しては、クランは信じたいと思っているようだった。
緊急の軍議は終わり、クランはアルカンテスの兵に、すぐに出陣できるよう準備をするようにと、指示を出した。




