第293話 ギルド
数日後、会談を行う日になった。
リーツ、ヴァージたちを連れて、商人ギルド長への屋敷へと向かった。
流石に商人ギルドを束ねている人物の家だけあって、大きな屋敷だった。
ただ、良く見るとところどころ壊れていたり、ヒビが入っている場所がある。
クアットの街では度々レジスタンスと治安維持部隊との戦闘が行われており、その度に建物に被害が出ている。
この屋敷にも被害が出ているのだろう。
修復をしていないのは、現在の商人たちの経済状況があまり良くないからだろうか。
「アルス・ローベント様、お待ちしておりました」
屋敷から老執事が出てきて、お出迎えしてきた。
執事の案内に従い、私たちは屋敷へと入っていく。
美術品を集めているというだけあって、屋敷の廊下には壺や皿、像などが飾られている。壁には絵画も掛けられていた。
あまり美術品には明るくないので価値はわからない。ただ、恐らくだが高い代物だろう。
老執事について行き、応接室へと到着した。
老執事が扉を開き、中に入るよう促した。
「ようこそ我が屋敷へ。アルス・ローベント様、わざわざ出向いてもらって誠に申し訳ない」
部屋の中には小太りの男が立っていた。
黒いシルクハットと黒いマントを身につけた男だ。
「私が商人ギルド長の、パウド・テイタムです。よろしくお願いいたします」
この男が商人ギルド長か。
人の良さそうな顔をしている。
まあ、商人ギルドの長なので、ただの良い人ではないだろう。
私は一応鑑定してみた。
先ほど名乗った名前は本名のようだ。
年齢は43歳。見た目通りである。
統率、武勇は低い。
知略が66でそこそこの数値。政治が75で結構高い。野心は50と普通にあるが、めちゃくちゃ高いわけではない。
そこまで大儲けしたいと思ってはいないかもしれない。
生まれはクアットのようだ。
私も挨拶を返す。
その後、応接室にあるソファに座るよう促され、そのまま座った。
「郡長であるアルス・ローベント様にせっかくお越しいただいたのに、あまりおもてなしもできず申し訳ない。最近、商人ギルドも商売に苦しんでおりまして……」
と申し訳なさそうにパウドは言った。
現状のクアット郡の経済状況は良くない。商人ギルドが厳しい状況なのは間違いないだろう。
「お構いなく。商人たちの状況については私も心苦しく思っている。それを解決するためこうして会談を開いたのだからな」
「それは誠にありがとうございます」
パウドは頭を下げてきた。
「具体的な話をする前に、まずは我々が商人ギルドを害する気持ちがないということを知ってもらいたい」
そう言った後、贈呈用の美術品をパウドに見せた。
「それをパウド殿に差し上げよう」
「こ、これは間違いない、グラット・ミネールの壺……! そしてこれはアントムの風景画……!?」
美術品を見て、パウドは驚いて目を見開いた。
絵と壺をさまざまな角度から観察する。我々の前ということを忘れているのではないかと思うくらい、夢中になっていた。
割と凄い品だということは買うときに聞いていた。値段も高かったが、それくらいしないと外交に使えないと思い購入した。
しかし、パウドの反応を見る限り、凄い品のようだ。
「間違いない……本物だ……」
断定するような口調で言った。
普通は鑑定士などを呼んで、一旦美術品を見てもらい、本物かどうか調べるのだが、彼は自分の目に絶対の自信を持っているようだ。
「本当に貰って良いんですか? かなり高価なものですが……」
「もちろんだ。確かに高いものだったが、出し惜しみするほどの値段ではない」
「……」
パウドが考え込むように私を見てきた。
先ほどまでは美術品に夢中になっていたが、商人の表情に戻っていた。
「アルス殿の統治されているカナレ郡は、どんどんと経済成長をしているという話を聞いておりましたが、予想以上だった、ということですな」
パウドはそう言った。
「そして、カナレをそこまで発展させたのは、アルス殿のお力があってのこと……」
「カナレが発展しているのは、領民たちの力が大きい。領民たちは意欲を持って活動しているから、発展できているのだ」
「領民に意欲を持たせたのは、アルス殿の政が優れていたからでしょう」
パウドは真剣な表情で言ってきた。
お世辞ではなく本気で言ってきてるのだと感じた。
「これらの品有り難く頂戴いたします」
パウドは深々と頭を下げた。
高価な美術品を渡したおかげで、商人ギルドに害をなす気はないと言うこと、それからローベント家は領民から大量に搾取して経済を衰退させるような統治はしないと思ってもらえたようだ。
具体的にどんな政策を行うつもりか、商人ギルドにどのような支援を行うのかは、ヴァージやリーツの口から説明してもらった。
パウドはかなり真剣に話を聞いてくれていた。
信用を得られてなかったら、聞き流される可能性もあったが、ここはちゃんと聞いてくれていた。
「アルス殿の考え、しっかりと理解いたしました。もし、今回お話しされたことに嘘がないのなら、今後とも仲良くしたいと思っております」
「もちろん嘘はない。私も商人ギルドとは仲良くしていきたい」
パウドの言葉を聞き、そう返答した。
「ひとつ、あなたに頼みがある」
「何でしょうか?」
「クアット郡で政策を行う上で、領民たちの信頼を得ることが必要だ。最近は大人しいが、いつか反乱が起きたり、反乱まで起きなくとも、治安が悪化したりする可能性は考えられる。そうなると、経済を立て直すどころの話ではなくなってくるからな。商人ギルドに領民たちの信頼を得る手助けをしてもらいたい」
そう頼んだ。
「もちろん協力いたしますよ。商人ギルドは加入している人口も多いですし、商人なので日々大勢の領民相手に商売を行っているので、アルス様の良い噂を流すことは造作もないことです。ただ、嘘を広めるつもりはありません。もちろんアルス様の統治は良きものになるでしょうから、嘘をつく必要はないとは思いますが……」
「もちろんだ。私が先ほど説明した政を行わず、領民から搾取するような政を行っている場合は、それをそのまま伝えても構わない」
パウドの言葉を聞き、私はそう言った。
まだ、完全に信用してもらえたわけではないようだった。
逆にすぐに信用されるようではそれはそれで気持ちが悪い。
今後、約束を守るというところを見せていけば、より信用してもらえるようになるだろう。
「それでは会談は以上だ。商人ギルドとは今後とも良い関係を築いていきたい。これからもよろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いいたします。今日はわざわざお越しいただき、誠にありがとうございました」
私たちは最後に固い握手を交わした。
その後、屋敷を出て、クアット城へと帰還した。
〇
数日経過。
まずは商人ギルドへと約束通り支援を行った。
具体的には兵を貸して商売をし易くしたり、ミーシアンの商人たちと今まで以上に商売をし易くするため、話を通したりと色々だ。
政策の方でも税率を下げたり、商売をし易くするよう各種規制を緩和したり、変更をおこなった。
すぐには効果は出ないが、領民たちには好評のようだった。
商人ギルドも約束通り、ローベント家のイメージアップに協力してくれた。徐々にクアット領民の評価も上がってきているようだ。
それから職人ギルドの情報収集も終わった。
職人ギルド長に流れていた黒い噂は、5割くらい本当のことだったようだ。
だいぶ噂に尾鰭がついていたようだが、それでも半分は本当だった。
この情報を元に職人ギルド長を糾弾すれば、ギルド長の座を下ろすことも可能だろう。
情報を得た後、具体的にどういう戦略を取るか、軍議を開こうと思ったが、ミレーユが「アタシに任せて欲しい」と言ってきた。
何やら具体的に案があるらしい。ミレーユが言うには、ギルド長を下した後、ローベント家と協力してくれそうな人物を後任のギルド長にする方法があるらしい。
荒っぽい方法を取りそうだが、任せることにした。私がカナレに戻った後は、このクアット郡の統治はミレーユが行う。ギルドとの関係性の構築などは、ミレーユにもある程度任せた方が良いだろう。
今のギルド長を脅迫して、意のままに操る、と言う方法は取るなと念は押した。
しばらくして、ミレーユの報告が来た。ギルド長を糾弾して、追放することに成功。
その後、予定通りローベント家に友好的な人物をギルド長にすることにも成功した。
職人ギルドからの支援を受けることができるようになった。
クアット郡の二大ギルドである商人ギルドと職人ギルド。
そこを味方につけることに成功したので、急速にローベント家に対する評判は良くなっていった。
余所者がクアットを統治するという事を嫌っている領民や、ローベント家がどうしても嫌いな領民も中にはいるが、数は少なくなってきているので、反乱が起きたりする可能性はかなり低いだろう。治安も確実に良くなってきている。
クアット郡の統治はしばらく問題なく行えるだろうと思ったので、ミレーユに任せて、私たちはカナレ郡へと帰還した。




