第290話 新領地
二月上旬。
私はアルカンテスからカナレ城へと帰還した。
早速、どういう結果になったのかを家臣たちに報告した。
「プルレード郡とクアット郡を両方得ることになった……それは……凄いことですけど、相当大変になりますよこれから」
リーツは素直に喜びはしなかった。
当たり前か。私も素直に喜ぶことはできないしな。
「でも、凄いことですね! 三郡の主人になるなんて! やっぱりアルスはこのまま出世をして、皇帝まで成り上がるかもしれませんわ!」
リシアは喜んだ様子でそう言った。
「だ、だから、皇帝になるなど滅多なことを言うな! 謀反を疑われかねないぞ!」
「良いじゃないですか。ここに告げ口をするような方はいませんよ!」
「そうだが……そもそも皇帝になる気などない。三郡もらっただけでも、手に余りそうだと思っているのに」
何でそこまで私を皇帝にしたいのか理解不能である。冗談ではあるのだろうけど。
「ここまで大きな領地を貰ったら、どういう統治をするのか皆で話し合う必要がありますね。早急に軍議を開くべきかと」
「そうだな」
リーツの提案で、家臣たちが緊急招集を掛け、軍議を始めた。
「二郡貰ったの? まあ、ローベント家の活躍からして当然か。やっぱ坊やは只者じゃないね。こんな速度で出世するなんて」
私の話を聞いたミレーユが少し驚いた様子でそう言った。
「全て皆のおかげである。今回はシンに特に感謝しないとな」
シンは家臣ではないのでこの場にはいない。
というか呼ばれても困るだけだろう。今はクランからもらった資金で、新しい飛行船の開発に勤しんでいるはずだ。
「シンを連れてきて投資を決定したのは坊やさ」
「まあ、それはそうだが」
シンは帝都で名の知れた技術者というわけではなく、お払い箱にされていたくらいだ。
普通ならば資金不足で飛行船の開発など出来なかっただろう。
改めて、才能を見抜ける鑑定スキルの力が、領主をやる人間にとっていかに重要か思い知った。
「今後の統治だが、もらった二郡に関しては代官を立てる必要がある。誰が適切だろうか」
「クアットはアタシに任せな。ちょっと前まであそこで仕事してたから、色々詳しい。都市の有力者も何人か手懐けているし、統治をしくじることはしないよ」
ミレーユが自信満々そうにそう言った。
人材としては問題はないが、やはり気になるのはミレーユの野心の高さである。
謀反を起こされる可能性がある。
領地を直接渡すわけではなく、あくまで代官として派遣するだけなので、謀反は起こしにくくはある。
代官は完全に統治を任せるわけではない…
細かい決定は代官に任せるが、重要な事柄は領主である私が最終決定を下す。
また兵も無許可で動かしてはならない。
もちろん攻め込まれたりしている場合は別であるが、勝手にどこかを攻めるなど以ての外だ。
領地を直接持っている貴族は、割と自由に攻め込んでもいい。ただし、理由が正当なものでない場合は、後にクランから処罰を受けることにはなるだろうが。
代官の権力はそれほど大きくはないといえ、ミレーユなので何をするかは不明である。
上手いこと口を使ったり、脅したりしてクアット郡を完全に乗っ取ったりする可能性もあり得る。
まあでも私はクランを味方につけているので、謀反を起こしてもミレーユに勝ち目はない。
勝てない戦をするほど馬鹿じゃないだろう。
ただ、万が一謀反を起こされて、クランの力を借り謀反を鎮圧したとしても、家臣を統率できない領主とクランに認定される恐れがある。
現時点でクランからの評価はあまり下げたくない。
ローベント家は所詮は成り上がりの貴族。
何か不都合が起きれば、追放されてもおかしくはない立場だ。
「クアット郡は大きい領地だし、領主が直接住んで統治した方が良くねぇか? 基本的に領主が住んでいる都市の方が、政はしやすいからな。そして、大きな領地の方が仕事が多くなる」
そう意見したのはトーマスだ。
確かに一理ある意見である。代官の権力がそれほど大きくはないということは、それだけ政がやりにくくなるということだ。
重要な決定をする度に領主に意思確認をしなければならないので、事業の進みなども遅くなってしまう。
「一度クアットに引っ越すのもありですが……ただ、元は敵州の領地なだけに危険が多いかと。敵の残党勢力もほとんどいなくなりましたが、それでもサイツ州の間者がどれほどいるかは不明です。サイツは従属してきたとはいえ、まだまだ信用し切ることはできませんから」
トーマスの意見を受けてリーツがそう言った。
サイツ州の従属の経緯から言って、怪しいところは非常に多い。元総督のアシュドも生きている。もしかすると、内部からミーシアンを攻略する気かもしれない。
最初の標的はローベント家だろう。どうにかして、ローベント家の弱体化を狙ってくるはずだ。
元サイツ領のクアット郡とプルレード郡は、サイツの息のかかった者も多い。
アシュドの間者も大勢いるだろう。
パルチザンの撲滅は出来ても、間者まで撲滅するのは難しいだろう。
シャドーほどの腕前の者はそういないとはいえ、総督だったアシュドが使っている密偵の能力が低い可能性は低いからな。
「最初から拠点の移動はやはり考えないほうが良いだろう。考えるにしても、数年間はクアット郡の統治をして、様子を見てからにした方がいいだろうな」
私はそう結論を出した。それほど距離も離れてはいないし、何とかなるだろうと思った。
不安はあるが、クアット郡はミレーユに任せることにした。
ブラッハム隊をカナレからクアット配属に変更する。
治安はまだクアット郡の方が悪いし、サイツからの工作もある可能性があるので、ブラッハム隊を置いたほうが良いだろう。またミレーユが裏切らないようにけん制の意味もある。
ブラッハムの忠誠は結構厚いと思うので、裏切らないだろう。彼も成長したし、ミレーユの言葉に騙されたりはしないはずだ。
プルレード砦は、元々トーマスを派遣していたので彼を代官とすることになった。
オーロス城にはリクヤたちを派遣することになった。
正直まだまだ任せるのは早いような気もするが、人材不足なので仕方ない。
リクヤが代官でマイカとタカオが補佐をするという形だが、軍事的にはタカオが、頭脳はマイカが補佐と言う形になるので、割とどんな問題でも解決できるはずだ。
ランベルクへはヴァージを派遣した。
カナレではリーツの下で働いていただけに、政を行う力は結構長けている。ランベルクは規模も大きくはないので何とかなるはずだ。
リーツは今まで通りカナレで政務を行ってもらう。ほかのクアット郡、プルレード郡とは、綿密に情報交換を行うので、今までより仕事量が増えてしまう。
私も手伝えることは手伝わないといけない。
それからロセルをどこかに派遣したいと思ったが、カナレにいたいと拒否をされた。
あまり環境を変えたくないようである。まあ、カナレは今より忙しくなる。彼の力を借りるためカナレにいてもらうのもいいだろう。
シャーロットは引き続き戦が起こるまでカナレに待機だ。
クアットに行ってもらうというのも考えたが、やはり最大の戦力である彼女は、本拠であるカナレにいてもらった方がいい。何か起きてもシャーロットがいると考えればかなり心強い。
領地をどう治めるかは決定した。
今後は特に問題が起きなければ、決めた形で領地運営を行う事にする。
ただ、正直人材が足りない。
領地が一気に増えたので、明らかに人材が不足している。
前回、暗殺されかけたので、人材の採用には慎重になっているが、それでももっと鑑定をして人材を増やさなければならないようだ。
「それでは軍議を終了する。皆、領地運営のため頑張ってくれ」
最後にそう声をかけた。
領地運営が上手くいけば、もっとローベント家は大きくなる。
皆は上手くやるだろうから、私も力を尽くさねばな。
私は自分の仕事をするため、会議室を後にした。




