第289話 他州の動き
アンセル州、帝都。
パラダイル総督、マクファは家臣たちを引き連れて、帝都に赴いていた。
目的は皇帝陛下への謁見である。
サマフォース帝国は皇帝家の権威が失墜し、各州が自治をし始めて、サマフォース大陸の覇権をめぐり、戦を繰り広げているというのが現状だ。
ただ、唯一例外として、パラダイル州だけは皇帝家に忠誠を誓っている。
そのため、こうして総督が帝都へと行き、謁見を行うこともたまにあった。
「本当に私の意見は聞いてくれるんだろうな……バンバよ」
マクファが弱気な表情でそう言った。
「そればかりは会って話をしてみぬことには分かりませぬな」
バンバはそう返答した。
今回皇帝陛下に謁見するよう案を出したのはバンバだった。
「ただまあ情勢的に向こうも乗るとは思いますな」
バンバの言葉を聞いても、マクファは不安げな表情を浮かべていた。
帝都にある城であるランバス城にマクファたちは到着する。
中へと通され謁見の間へ。
「マクファ殿、よく参られました」
出迎えたのは宰相のシャクマだった。
玉座に皇帝が座っている。
皇帝はまだ若い男だった。気弱そうな顔つきをしている。
「皇帝陛下今回は謁見の許可をいただき誠にありがとうございます」
マクファはそう言った後、跪いた。
「面を上げよ。よく来てくれた、忠臣のマクファのために時間を割くのは当然のことである」
と小さめの声で皇帝はそう言った。
「ありがたきお言葉です」
感謝の言葉を口にしながら、マクファは顔を上げた。
「さて、今回の謁見ですがどうやら皇帝陛下に直訴したいことがあるとのことでしたね。ただ、陛下は少々この後忙しいので、話は代わりにこの私がお聞きいたします」
宰相のシャクマがそう言った。
皇帝は自分で政を行うことはなく、全て宰相のシャクマに任せている。
その後、皇帝は玉座から立ち、部屋を退出した。
直接話をするのはシャクマになるだろうという事は理解していたので、マクファたちは特に慌てる事はなかった。
「本題に入りましょう。ミーシアンを今後どうするかについて……頼みたいことがあるようですね」
「はい。ミーシアンは飛行船という新兵器を開発し、サイツ州をサマフォース帝国から独立させ、従属させることに成功しました。今後、飛行船を量産し、サマフォース大陸全土を支配しようと、戦を仕掛けてくると思われます」
マクファは現状のミーシアンの危険性について説明をした。
「ミーシアンについては非常に嘆かわしいと思っております。しかし、飛行船とやらはそんなに強力なのでしょうか?」
「パラダイル州は直接戦っておりませぬが、飛行船はサイツの都市を瞬く間に陥落させ、アシュドに従属するという選択をさせた非常に恐ろしい兵器です。攻撃が届かぬ上空から一方的に攻撃をされると。ミーシアンのみが使う、爆発魔法とのシナジーも非常に高く、対策を取るのが非常に難しい兵器です」
バンバが説明した。
「ふむ……まあサイツがすぐに従属したことから、只事ではないのは間違いはないようですが。それでマクファ殿は皇帝陛下に何をお願いしたいのですか?」
「ミーシアン征伐軍を編成すべきだと、各州の総督に書状を出していただきたく存じます」
シャクマの質問を聞き、マクファはそう言った。
「ミーシアン征伐軍……なるほど……ミーシアン、サイツ以外の州で連合軍を組み、討伐にあたるということですね。しかしながらマクファ殿もご存じの通り、パラダイル以外の州は、皇帝陛下のお言葉を無視する、不届者ばかりです。アンセルの北にあるローファイル州に至っては、たびたび侵攻を仕掛けてきています。果たしてまともに取りあってくれるかどうか」
シャクマの言葉は事実ではあった。
いくらミーシアンを征伐するという大義があるとはいえ、今更一枚岩で戦えるのかは怪しかった。
シャクマの言葉を聞き、バンバが発言をする。
「ミーシアンの脅威はどの州にとっても同じことです。すでにサイツが従属してしまっている以上、一つの州だけで対処しようとすれば、敗北するのは確定的です。飛行船のある無しに関わらず、単純に兵力で負けてしまっておりますからね。まずは各州の総督たちを集めて、合議を開くべきでしょう。話し合いに出席するくらいはしてくれるでしょうし、その際にミーシアンの脅威をきちんと説明すれば、乗ってくる州もあるはずです」
「合議か……」
「それから、マクファ様もパラダイル総督として、各州に書状をお送りいたします。パラダイル州は様々な州と繋がりはあるので、無下にはされないと思います」
パラダイルは立地上、全ての州と領地が接している。こんな状態で存続しているのは、攻めづらい地形だからという理由もあるが、それ以上に立ち回りが上手いからという理由もある。
現在はどの州相手にも比較的良好な関係を築けていた。ミーシアンを除いてではあるが。
パラダイル総督からの書状と皇帝からの書状、二つをもらったら、流石に各州の総督も重い腰をあげて、合議に参加してくれるかもしれない。
バンバはそう考えていた。
「ふむ、確かに皇帝陛下とマクファ殿が同時に呼び掛ければ、無視はされぬかもしれませんな。それでも合議に参加してくれると言い切る事はできませぬが。やってみる価値はありそうです。良いでしょう。各州の総督に書状をお出しします」
「ありがとうございます」
マクファはシャクマに対して頭を下げて礼を言った。
マクファたちの用事はそれで終わりである。
二人は城を出て、パラダイルに急いで戻って行った。
○
「ミーシアン征伐軍ね……」
話を受けた後、宰相シャクマは自室に戻り、ポツリとつぶやいた。
(ミーシアンが厄介なのは間違いないことではある。特にアンセルは一番標的にされやすい場所だろう)
今後、ミーシアンが何処を攻めるか考えた時、アンセルが一番可能性が高いとシャクマは考えていた。
ミーシアンが領地を接している州は、サイツ、パラダイル、アンセルの三つだ。
サイツは従属している。サイツと領地を接しているシューツ州に攻め込む可能性もあり得るが、それよりもミーシアンと領地を接している州を先に征服しようとするのが普通である。
アンセルとパラダイル、どちらが征服できれば美味しいかは、断然アンセルの方が美味しい。
パラダイルは立地的に、他州から攻め込まれやすい。
征服しても防衛の戦が何度も起こるだろうし、それで消耗してしまう可能性が高い。人口も少なく、作物の収穫量も少ないので、土地を手に入れる旨味が非常に少ない。
アンセルは人口も多く、資源が豊富なので征服するメリットが大きい。
さらに立地的に警戒すべき州が少ない。
その上、アンセルは規模の大きい州ではあるが、実権をシャクマが握っていることで、派閥争いが起きてしまっており、州内すらまともに統一出来ていないので、はっきり言って現状はあまり強くはない。
攻め込むには絶好の相手と言えた。
(皇帝家にとっては最大の危機である。まともに言うことを聞かぬ連中も、流石に今回ばかりは戦わざるを得ないだろう)
これは他州の話ではなく、アンセル州内の反抗勢力のことである。
シャクマが実権を握っていることに関して、反抗している者たちは多いが、アンセル州内の貴族たちは皇帝家に対しては忠誠を誓っている者が多かった。
ここで反抗を続けてしまうと、皇帝家が危ないと言うのは分かるはずだ。
状況が状況だけに、指示に従うだろうとシャクマは考えた。
(ミーシアン征伐軍。上手くいけば厄介なミーシアンを征伐できた上で、反抗する連中をまとめて始末できるかもしれんな)
シャクマはニヤリと笑う。
戦が起きれば、もちろん戦死をすることもある。危険な指示を反抗する者たちに与えていけば、排除することもできるかも知れないと考えていた。
シャクマはあくまでアンセルの未来ではなく、自分の権力を盤石にすることだけを考えていた。
(まあ、総督連中が兵を出してくれるかは疑問ではあるがな。成功するかもしれんし、皇帝陛下に書状を書いてもらうようお願いするか)
そう考えた後、シャクマは皇帝に書状を書くよう頼みに行った。
○
キャンシープ州、州都リャプター
サマフォース大陸の最北端の海の近くに、キャンシープ州の州都はあった。
サマフォース大陸は全体的に温暖な気候なので、最北端とはいえ一年中ずっと寒いわけではないが、一番寒い場所なのは間違いなかった。
リャプターにある、リャプター城の最上階。
円卓にて軍議が行われていた。
「パラダイルと皇帝陛下から書状が届いた。ミーシアンを征伐するための軍を編成するため、キャンシープにも力を貸してほしいと書いてある」
一番最初に口を開いたのは、キャンシープ州の総督である、トワク・ウモンガスだった。
年齢は六十近い。顔にいくつも傷があり、戦を何度も行なってきたのだと分かる。ガタイがかなり良く、見るからに強そうな見た目だ。
「却下すべきだろ。何で今更そんなもんに俺たちが行かにゃならんのだ。ただでさえ、海賊どもの対処が面倒なのに」
そう言ったのは、ヤード・ウモンガス。トワクの五人いる息子の五男である。年齢は20歳。
黒い長髪に整った顔の男であるが、どこか顔に馬鹿っぽさを感じる。
「お前は黙ってろ」
「だ、黙ってろって兄者ひどいぞ」
冷徹な口調でヤードを叱ったのは、長男のカイだ。目つきが鋭く、表情もほとんど動かない。いかにも堅物そうな見た目の男だった。
年齢は35歳。今のところ次期総督を務めるとされている男である。
「ミーシアンが今後脅威なのは間違いない。ただ、キャンシープからは離れた場所にあり、優先して対処すべきほど脅威かは現状では不明だ。情報が少ない」
カイはそう言った。キャンシープからすると、ミーシアンはかなり遠い場所にあるので、優先して情報を集めておらず、知らないことも多かった。
「でもさ。まずは合議を行なってからって話でしょ? その時に、ミーシアンについて色々情報を教えてくれるんじゃないかなぁ?」
そう言ったのは、四男のオットーだ。
優しい顔つきをした男である。喋り方もどこかおっとりしていた。年齢は24歳でまだまだ若い。
「確かにいきなり兵を出せとは書いてないな。情報を得られるだけ得か」
「アンセルとパラダイルが仕組んだ罠の可能性もあるけどねぇ」
カイとオットーが会話している途中、
「なあ、帰っていいか。新しい兵器開発の途中だったんだが」
机にだるそうに突っ伏しながら、三男のノインがそう言った。
ぼさぼさの髪と、ダルダルの服を着ている。
体は華奢で、運動を全くしてなさそうだ。
肌の色も青白く、外出もあまりしていないようである。
「一応、最後まで参加しろ! それでもウモンガス家の一員か貴様は!」
「へーい……」
カイはノインを一喝するが、全く堪えていないようで、適当な返事をノインは返した。
呆れてカイはため息をつく。
「罠の可能性があるとなると、親父を行かせるのは不味いな。別に代理でも文句を言う資格は向こうにはあるまい」
「嫡男のカイの兄貴を行かせるのもまずいでしょ。行くなら俺が行った方がいいんじゃないの?」
オットーが提案した。
「それなら適任はルーベルトだろう。というか、親父、ルーベルトは何処にいる」
ルーベルトは、ウモンガス家の次男である。
今まで兄弟たちの話し合いを、トワクは腕を組んで黙って聞いていたが、質問されて返答する。
「ルーベルトなら、南の方で起きた問題を解決しに行った。まあ、もうすぐ戻ってくるであろう」
「そうか。親父は今回の件はどうすべきだと思うんだ?」
「ミーシアン征伐軍など組まれた場合、盟主はもちろん皇帝だ。今更皇帝に尻尾は振れん。ただ……ミーシアンのセンプラーは取れるなら取りたい」
「センプラー……ミーシアン最大の港湾都市か」
「そうだ。ここリャプターも大きな都市だが、それに負けず劣らずの大きさだぞ。リャプターは最北端、センプラーは南の方にあり、ここを確保して交易路を繋げられれば、大きな利益を出せるだろう」
「なるほどな……しかし、流石に直接交易路は結べまい。シューツは現状味方だから良いとして、途中、サイツの領海を通る必要がある」
地図を見ながらカイは言った。
「無論、サイツの港もいくつか落とすべきだろう。何、サイツの海軍は弱小だ。キャンシープの海軍は最強だ。一蹴できるだろう」
キャンシープ州の海軍は、サマフォース一と呼ばれるくらい強力だった。
キャンシープ州の北には、大きな島があり、そこにはセクタという海賊たちが集まった無法者国家が存在する。
ここの脅威に対抗するため、強力な海軍を作っていた。
軍事力が高いだけでなく、船舶技術にも優れているため、物資の輸送量、スピード共に最高級の船を作っている。
そのためセンプラーを確保できれば、その利益は計り知れないものになるだろう。
「うーん、でも飛行船ってのが不安だよね。それから攻撃されたんじゃ、流石にひとたまりもないしさ」
オットーが不安げな表情で言った。
「……それを知るのも含めて合議には参加した方がいいだろうな」
トワクはそう言った。
「了解した。とりあえずルーベルトに行かせる方向で進めていく。断らないだろうが、一応本人には俺から話しておく」
カイがそう言って軍議は終了した。
○
シューツ州、州都プレキド。
プレキド城にて軍議が行われていた。要件は皇帝陛下と、パラダイル総督から届いた書状の件についてだ。
「パラダイルと皇帝からミーシアン征伐軍に参加せよって書状が届いたんだが……どうした方がいい?」
オロオロしながらそう発言したのは、シューツ総督のブラン・ドルマーヌである。
年齢は40ちょうど。見るからに気弱そうな顔つきであり、見た目通り実際気が弱い。
「参加すべきですね。合議に参加せず、他の州だけで征伐軍が編成されれば、シューツは孤立してしまいます。ミーシアンの横暴を良く思っていない州は多いでしょうから、征伐軍が作られる可能性は大いにありますし、無視するのは問題しかないでしょう」
そう返答したのは、ヴァルト・ロバーツ。
ブランが最も重用している軍師である。
主人とは対照的に、堂々とした態度で声もハキハキとしていた。年齢は彼も40でブランとは同い年だった。
幼い頃から面識があり、幼なじみという関係性である。
「それにサイツは最終的にシューツがいただく予定でした。ミーシアンにはシューツの戦略を大きく狂わされました。あってはならないことです」
怒りがこもった表情でヴァルトは言った。
「あ、あまり感情的になるなヴァルト」
「失礼しました。私は自分の思い通りにならないことが嫌いでして」
「まあ、昔からお前はそういうやつだったがな……」
ブランに諫められて、ヴァルトは反省した。
「とりあえず参加した方がいいと言うことだな……し、しかし、罠ならどうするか」
「その可能性もゼロではありませんが……とはいえ、呼び寄せて暗殺をしてもシューツ州と完全に敵対するだけで、アンセル州にメリットなどないかと。アンセルとパラダイルがミーシアンを脅威に感じているのは、間違いない事でしょうから」
「確かにそうだな……我々もサイツがミーシアンに従属した以上他人事ではない。サイツからこちらに攻め入る可能性もあり得る。ヴァルトの言う通り、参加した方が良さそうだな……」
ブランは参加の意向を示した。
「はい。ただまあ、合議を行うとしても、ちゃんと纏まることはないでしょうね。皇帝家に未だに忠誠を誓っているのはパラダイル州くらいですし」
「そ、そうだな……勝てるだろうかミーシアンに……」
「連携を取って攻め込むことはないと言っても、征伐軍が誕生した時点で、五州をミーシアンが敵に回すことにはなります。ミーシアンからすれば相当不利な戦になるでしょう」
「そうだな……ただ、ミーシアンと直接領地を接しているパラダイルとアンセル、それからミーシアンが従属させたサイツと領地を接している我がシューツはミーシアンからすると脅威にはなるが、キャンシープとローファイルは領地を接しておらず、ミーシアンまで行くのも遠いので、脅威になるだろうか」
「キャンシープは海軍が強力ですので、ミーシアンから見ても脅威だと思いますよ。港町のセンプラーはミーシアンの経済にとっては最重要の都市ですので、そこを狙われるとかなり不味いです。ローファイルは……どう動くか分かりませんね。ミーシアンを征伐できても旨味があまりないでしょうから、参加をしないかもしれません。もしここが征伐軍入りを拒めば、アンセルはローファイルの動きを警戒しながら戦わないといけなくなるので、戦力を出しづらい状態になります。アンセルは人口も多く、軍事力も強力なので、ここが全力で戦えないとなると、征伐軍の実力は大きく落ちてしまいます」
「なるほどな……鍵はローファイル州か……」
ブランはヴァルトの説明を聞き、腕を組みながらつぶやいた。
「まあ、ミーシアンを放っておくと、いずれ自分達が危ないのはローファイルも分かっていると思います。なので、兵を出すかどうかは不明ですが、不戦の条約くらいは結んでくれると思いますよ」
「そうなるといいな」
「それから……ミーシアンの新兵器である飛行船ですが……」
「ああ……サイツをあっさりと降伏させた空を飛ぶ船か……」
「ハイネ・ブラウンが同じものを作れる可能性があると、言っているようです。今すぐではないですが」
「何と!」
ヴァルトの報告にブランが驚く。
「変なやつだが頭はいいかもと思って、仕事をさせてみたが、本物だったのか?」
「まあ、正直、半信半疑なんですが、只者ではないのは前からわかっていたので、もしかしたら本当に作るかもしれません。飛行船への対処はこちらも飛行船を使うのが一番良いので、作るのに成功できればかなり大きいですね」
「サイツがあれだけ一方的にやられたくらいだし、こちらも対策はせねば二の舞になるかもしれないからな。作れれば良いのだが……」
ブランはそう呟いた。
○
ローファイル州、州都アーノイド。
サマフォース大陸最大の湖である、リンドール湖の近くに存在している、ローファイル州最大の都市である。
サマフォース大陸全体で見ても、人口、経済力ともに帝都に次いで二番目の都市と言われている。
都市の中心に悠然とそびえるアーノイド城の会議室にて、軍議が行われていた。
部屋の中央にある円卓に、大勢の貴族が着席している。
「さて、今回の軍議だが、皇帝とパラダイル総督から書状が届いた。ミーシアン征伐軍を編成するので、ローファイル州にも参加してほしいとのことだ」
赤い髪と長い赤髭の中年男が話を始めた。
彼はセドリック・ブレインド。ローファイル州の総督である。
「参加するわけないですよそんなの!」
「アンセルは敵です! この間も攻め込んで来ました。ほかの州ならともかく、アンセルと組むことだけはあり得ません!」
貴族達から反対の意見がまず上がる。
「ミーシアンの情報は少ないですが、知り得ている情報から鑑みても、かなりの力を得ているのは間違いありません。アンセルが対処を行おうとするのも当然かと」
「ミーシアンが強力だからなんだというのだ。アンセルを潰してくれれば、我らに取って良い事だろう」
「よく考えて下され。ミーシアンの考えは読めませぬが、サマフォース大陸の覇権を狙っているかもしれませぬ。アンセルをミーシアンが攻め落とせば、対抗できる勢力はなくなってしまうでしょう。我々としてもそれを黙って見過ごすわけには参りませんね。合議に参加すべきだと思います」
賛成の意見も出てきた。
「私としては様子見をすべきだと思っておる。ミーシアンとアンセルがお互い争い合って消耗したところ、アンセルを取るというのが一番ローファイルにとっては美味しい展開だろう」
総督セドリックはそう言った。
「確かにそれは良さそうですね……」
「そのために一度合議には参加した方がよいだろう。こちらは味方になったと、アンセルに思わせれば、後顧の憂いを考えず、アンセルは全力でミーシアンとの戦に臨むだろうからな」
セドリックは自分の意見を言った。
貴族達はセドリックの意見に頷いたり賞賛したりしていて、ほとんどが賛成していた。
「エレノア。お前はどう思う?」
そのあと、隣に座っている者に尋ねた。
若い赤髪の少女である。
座っている貴族はほとんど男である。戦で軍を指揮するのはほとんどが男であり、女性はかなり珍しい存在なので、ひと際目立っていた。
赤い長い髪と赤い瞳。人形のように整った顔の美少女だった。男性の貴族が着る服を着ている。
彼女はエレノア・ブレインド。
年齢は十六歳。セドリックの娘である。
質問にはすぐ答えず、考えるように目をつむる。
その様子を、貴族たちは固唾を飲んで見守っていた。
貴族達の瞳には畏敬の念が宿っていた。
エレノアは目をパッと開けた後、声を発した。
「合議には参加すべきでしょう。それから様子見は良くない。我らも軍を率いて戦に参戦し、ミーシアンを攻撃すべきです」
その意見に貴族たちは驚いたような表情を浮かべる。
「そ、それは……」
「また……なぜでしょうか?」
動揺しつつ理由を尋ねる。
「ミーシアン征伐軍がミーシアンに勝利できるかは分かりません。もし負ければ、ローファイル以外の州がミーシアンに従属することになり、戦う前に追いつめられてしまいます」
「それは……しかし、いくら何でも、兵数に差があるだろう。ミーシアン征伐軍の勝利は揺るがないと思うが」
「ミーシアン征伐軍を総指揮するのは、皇帝陛下でしょうが、果たして今の皇帝陛下の下で、統率が取れますでしょうか? 各々好きに攻めることになるでしょう」
エレノアは理由を説明した。
「それからミーシアンは飛行船と言う新兵器を作製したと話に聞きました。どんなものか一度直接戦をしてみたいと考えています」
「……もしかして、後者が本当の理由ではないだろうな」
セドリックは呆れたような表情を浮かべる。
「そんなわけないじゃないですか」
声色は普通だが明らかに違う方向を見ていた。
エレノアが嘘を吐くときの癖である。セドリックは呆れてため息を吐いた。
「まあ、しかし、エレノアの言葉も一理あるな。サマフォース大陸は戦乱の時代を迎えており、各地で紛争が絶えないものの、どこかが大勝ちしたりはせず七つの州が一定の強さを持ったまま数十年が経過している。ある程度均衡を保っていたわけではあるが、その均衡をミーシアンが破った。このまま黙って見ていれば、ミーシアンがどこまでも強くなってしまうかもしれん」
「そうでしょうとも。決して強そうな相手と戦ってみたいから言っているわけではありません」
「お前はしばらく黙っていろ」
分かりやすい嘘を吐くエレノアに向かって、呆れながらセドリックは言った。
「ミーシアンが脅威なのは事実ですが、倒してしまえば一番得をするのはアンセルですよ」
「そ、そうです! これを機に皇帝家の権威の復活を狙っておるのかもしれません。場合によっては、ミーシアンとサイツの二州の支配を皇帝家が取り戻すことになるので、そうなると、結果は同じですぞ!」
貴族達は反対の意見を口にする。
ただ、エレノアの意見に賛成する者も多いので、賛否両論となりしばらく議論が過熱する。
「私が1万ほどの兵を率いて、征伐軍に参加する。ミーシアンが劣勢になり、サイツも従属させられないほど弱体化すれば、父上か兄上辺りが大軍を率いてアンセルを攻めればいいでしょう。ローファイルは消耗が少なく、アンセルは戦いで大勢の兵士や物資を失っているだろうから勝てるはずです」
エレノアがそう一言意見を言う。
「なるほど……姫様自身が兵を率いて、征伐軍へ……」
「それなら確かにミーシアンにも打撃を与えられますし、上手くいけばアンセルの領地を奪う事も可能です」
貴族達はエレノアの意見に納得するように頷いていた。
かなりの大軍になるだろう、ミーシアン征伐軍に1万程度の兵を率いて参戦して、戦の趨勢に影響を与えられるのか、と疑問を持つ者はその場にはいなかった。
「戦女神のエレノア様なら、1万の兵でもミーシアン相手に大打撃を与えられるでしょう!」
貴族の一人がそう言った。
彼女は16歳という年齢ではあるが、今まで何度も兵を率いて戦場に立った経験があり、その全てに勝利をしていた。
ついた異名は戦女神。
その高名はローファイルを超え、サマフォース大陸全土に響き渡っていた。
「父上、それでいいですね?」
「まあいいが……私にはお前が戦をするための理由を上手く作ったようにしか見えんのだが」
「そんなことはありません。私はローファイル州とブレインド家の未来を常に見据えて行動しております」
はっきりと言い張る。その事に関しては本当のことのようだった。
「それでは合議には参加しよう。総督である私がいくべきだろうな」
セドリックがそう言うと、
「いえ、ここも私が行きます。戦に参加するのなら、事前に顔見せくらいはしておくべきでしょう」
エレノアが挙手をしながらそう言った。
「ひ、姫様自身が?」
「しかし、危ないのでは? 罠の可能性も」
「罠なら、なおさら当主である父が行くべきではないでしょう。それに私ならどんな罠を仕掛けられても、回避する自信があります」
「ううむ……」
セドリックは悩む。
「わかった。エレノア。ミーシアン征伐軍の件はお主に任せよう」
「承知しました」
エレノアは軽く頭を下げながらそう言った。
ローファイル州は戦略を決め、軍議はそこで終了した。
〇
サイツ州。辺境の街、ハーバル。
西端にある州で、海に面してはいるがあまり発展していない町である。
元総督のアシュドは、総督を退いた後この町の領主という立場になっていた。
彼を処刑したり完全に追放したりすると、サイツ側の大反発を招くと考え、このような措置をミーシアン側は取った。
しかし、アシュドは現国王カイルの補佐を行っている貴族達ともコネクションがあるので、サイツの国政にも相変わらず影響力を持っていた。
現国王カイルは、元々自分で美術品を作ったり、芸術家の支援を良くしたりしている人物だ。政や軍事には一切興味がなく、今まで距離を置いてきていた。
今回、国王になるという話も最初は断っていた。
だが、収集していた美術品を人質に取られて、渋々国王になることを引き受けた。
カイルを国王に据えたのは、ミーシアンがサイツを支配しやすくするためだろう。
しかし、カイルはまともに政を行う気がなく、全て家臣たちに任せている。
そのおかげで、辺境に放逐されたアシュドがいまだに国政に影響を与えることができていた。
「さて、そろそろ行くか」
アシュドは屋敷を出て、町へと向かう。
酒場に入った。
アシュドの顔を見た瞬間、マスターが慌ててアシュドに近付く。
「こちらです」
マスターは別室に移動する。
その後、部屋の床を開けて、地下に入った。
薄暗い地下通路を通り、部屋に到着する。
少し広めの部屋。真ん中に円卓があった。
ハーバル領主になってから、アシュドは隠れて軍議を出来る場所を作っていた。
大っぴらに屋敷に人を呼んで会合などを行うと、クランに報告されかねない。アシュドの動きはある程度注視しているだろう。
円卓にはすでに貴族たちが座っていた。
アシュドの腹心だった人物ばかりである。
その中にはボロッツもいた。
彼は追放されたりせず、国王の側近として地位を保っていた。
アシュドが円卓に到着すると、貴族たちは頭を深々と下げる。
追放されて辺境の領主と言う、低い立場になったアシュドであるが、それでも彼らはアシュドに忠誠を誓っているようだった。
「それでクアット郡とプルレード郡を誰が統治するかは分かったか?」
「アルス・ローベントが二郡とも統治するようです」
アシュドの質問に、ボロッツが答えた。
「そうか。まあ、予想通りだな。飛行船の開発者を発掘した功績は大きい。文句を言える者はいないだろう」
「これでローベント家は大貴族となりましたね。今までの功績に比べれば、治めている領地は少なかったくらいですが」
「今後はもっとミーシアン内で存在感を高めていくだろうな。果たして、クランにアルス・ローベントを御せる力があるか」
アシュドは今後ローベント家が、クランの家臣で居続けるかどうか、疑問視していた。
「それで、サイツはこれからどう動いたらいいでしょうか?」
ボロッツがアシュドに質問をした。
「今後、ミーシアンの力に対応するため、他州が一時的に同盟を組むだろう。もしかするとだが、ミーシアン、サイツ以外の州で同盟を組み、ミーシアン包囲網を組むかもしれない。流石に飛行船がいくら強力とはいえ、相手が五州ともなると、勝つのは難しいだろう」
「そうなると、サイツとしてはミーシアンから独立するチャンスですね。ミーシアンが攻め込まれたら、すぐにこちらもミーシアンに敵対して攻め込んでもいいのではないでしょうか?」
「そう簡単には事は運ばんだろうな。シューツ州辺りは、ミーシアンを狙うというより、むしろサイツを狙ってくる可能性が高い。連中はサイツ領土を昔から狙い続けているからな。シューツはミーシアンと領地が接していないため、攻略してもそれほど旨味がない」
「シューツ州ですか……厄介ですね……」
「まあ、連合が組まれるなら、その動きを早めに察知しておきたい。各州に密偵を忍び込ませて、情報収集を行わせるべきだろう」
「承知しました……現状密偵の数が足りていませんので、新たに雇う必要がありますね」
「信用のおける奴を雇うのだぞ」
アシュドの忠告を聞き、ボロッツは頷いた。
「今はミーシアンに従っておけ。なるべく従順に思わせるのだ。裏切ると思ってない相手に裏切られるのが一番ダメージがある。現状、サイツが反乱を起こしても、すぐに鎮圧されて終わりだろう」
「はい」
「それから……アルス・ローベントがどうなるかについても、注視しておかなければな。大貴族となった今、奴がミーシアンに与える影響も大きくなった。支配している領地も増え、人材の発掘も今まで以上に行ってくるとなれば、どれほどの人材を新たに採用するのか……連合軍を組まれても、数の差をひっくり返してくる可能性がある」
「それは否定できませんね……」
ボロッツはサイツとミーシアンの戦の流れを思い出しながらそう答えた。
「国王の様子はどうだ?」
「今までと特に変わりはないです。美術品にしか興味がないようで、国政は全て家臣たちに丸投げしています」
「そうか。地位を手にしたら人が変わったように振る舞い出すことはあり得るからな。ただ、あの男に関してはそれはないだろう。たまには他州から美術品を仕入れてきて、ご機嫌を取っておけ」
アシュドにとってカイルの事は知らない相手ではないので、制御の仕方も理解していた。
話し合いはそこで終わり解散し、アシュドは自分の屋敷へと戻った。
○
アルカンテス城。
「サイツを従属させた。これからどう動くべきか」
執務室にいたクランは、右腕であるロビンソンと今後の戦略について話し合っていた。
「まずは国内の軍事力の強化と、サイツへの支配力を高めることが先決でしょう。従属させたとはいえ、まだまだ元総督のアシュドも生きており、油断は出来ません。完全に牙を抜いて、歯向かえないようにしなければ」
「そうだな。アシュドは確かに油断ならんやつだ。こんなに早く降伏したのは、何らかの策を用意している可能性もある。それから軍事力の強化だが、すでに飛行船を全力で作り出す準備はできている。さらに、カナレにいるシンに開発費を投資して、性能の高い飛行船の製造も行わせている。あれ以上の物ができれば、敵は完全に対処法がなくなるだろう」
クランは今後の戦略について語った。
「軍事力を高めサマフォース他州に戦を仕掛け勝利し、サマフォース大陸を全土を支配下に。ミーシアン帝国が完成するだろう」
そう言うクランの目つきは野心に燃えていた。
ミーシアンが他州を支配し、サマフォース大陸の覇権を握る。それがクランの野望であった。
「恐らく他州が警戒を強めてくるでしょう。場合によっては、同盟を組んでミーシアンに戦を仕掛けてくる可能性もあります」
ロビンソンが諌めるように言った。
「どうだろうな。いくらミーシアンが脅威に見えても、しがらみを捨てて同盟など組めるかどうか。仮に組めたとしても、綿密に連携しながら戦を行うことは到底できまい」
クランはミーシアンの勝ちは揺らぐことはないと、あくまで思っているようだった。
「仮に束になってかかってきても、返り討ちに出来る。それだけの力が飛行船にはあるはずだ」
「……」
ロビンソンは不安げな表情を浮かべていた。
確かにサイツとの戦では無双と言って良いほどの活躍をした。しかし、本当に次もそうなるという保証はない。
何だかんだ言って、サイツの戦力的にはミーシアンより下であり兵力で勝っていたが、征伐軍が組まれると、人口も資源も完全に負けた状態で戦わなければならない。
それでも本当に勝ち切れると、ロビンソンは断言することはできなかった。
「まあ、どの道、今から政治的に上手く立ち回って、ほかの州を味方にすることはできまい。侵攻して来られたら、迎え撃つのみである」
「そうですね……」
クランとしては、従属させたサイツを今更手放すわけには行かない。
サイツを従属させたことで、他州が危機感を持ち連合軍を組むのなら、それは避けられないことであった。
「それから……ローベント家に二郡を与えたことですが、本当に良かったのでしょうか?」
「……良かったとは? 飛行船の開発者はアルスであるし、戦での働きからして順当な結果だ。まあ、いきなり大領主になって対応できるかというところもあるが、アルスの家臣には優秀な人材が豊富にいるし大丈夫だろう。むしろ、アルスに領地を与えなければ、人材たちが手に余ってしまいそうだ」
「アルス殿の働きには文句の付けようがございませんし、領地を治める能力にも不安は持っておりませぬが……これだけ領地を与えると、ローベント家の力が強くなりすぎてしまうという懸念があります」
それを聞いたクランは、ロビンソンが何を言いたいのか察して、不機嫌な表情を浮かべる。
「アルスが力を持ったら何だ。下剋上を狙ってくるとでも思っておるのか? 今のところアルスは良くミーシアンのため力を尽くしている。謀反など起こさないだろう」
「今のところはそうですが……力を持つと人間何を考えるか分かりません」
「ふん、お主は心配性だな。案ずるな。もし、謀反を起こしても、簡単に討伐できる。アルスは確かに三郡を治める領主だが、カナレとプルレードは規模の小さな郡だ。クアットは確かに大きい都市だが、ミーシアン四番手の都市であるベルツドより規模は小さい。そこまで巨大な力はアルスには持てないさ」
クランはそう言った。
「しかし、ローベント家は辺境で規模の小さかったカナレを、領主になり僅か数年で大きい都市へと発展させたことがあります。プルレード、クアットも同じように発展していくと考えると、相当な大きな力を持つかもしれませぬ。それに今回の飛行船のような発明をまたするかもしれません」
「……」
クランは少し考えるが、ローベント家の人材の豊富さを考えると、将来的にミーシアン全土を敵に回したとして、勝利を収める奇跡を起こしても不思議ではないかもしれないと感じた。
「分かった。お主の懸念も一応尊重して、誰か信頼のおけるものをローベント家に送り込もう。新しい領地を得たことで人手が足りないだろうと理由を付ければ、怪しまれることもないだろう。疑っていると思われるとアルスの心象を悪くする恐れがあるからな。それはなるべく避けたい」
クランはそう決めた。目つけ役を派遣すれば、万が一ローベント家が謀反を企てていても、その情報を謀反を起こされる前に掴むことが可能である。
「そうですね……それならば謀反は起きないでしょう。本当は私も疑いたくはないのですが」
「良い。疑うのもお主の仕事の一つだからな。杞憂に終わるだろうが、万全を期すのは悪いことではない。これからもよろしく頼むぞ」
「はい……クラン様のためにこの身を粉にしてお仕えいたします」
クランの労いの言葉を聞いたロビンソンは、深々と頭を下げてそう言った。