第288話 決着
「アルス、今回も良くぞ働いてくれた。お主の飛行船のおかげで敵は負けを確信して、撤退したのだろう。大手柄だ」
「勿体無いお言葉です」
戦が終了した後、クランに直々にお褒めの言葉をいただいた。
褒められている時の周囲の貴族の視線が若干痛い。ローベント家は古くからサレマキア家に仕えてきたわけでなく、農民生まれの父レイヴンが成り上がって貴族になったので、古くからサレマキア家に仕えている貴族たちにとっては、あまりいい気はしないのだろう。
「飛行船の開発者のシンは何処で見つけたんだ?」
「帝都にいたところをスカウトいたしました」
「帝都? ああ、以前お主を帝都まで行かせたな。あの時か……もし、皇帝にシンが雇われていたら、帝都で飛行船が開発されていたかもしれないのか」
帝都で飛行船が開発されれば、皇帝家が再び力を取り戻したかもしれない。
まあ、シンも飛行船について色々説明していたが、すぐに追い払われていたし、こちらが話を持ちかけなかったら、今も誰か投資してくれる人を探していたかもな。
「さて、今後はクアットとプルレードを安定して統治できるようにする。ここが不安定だと、今後の戦がやりづらくなるからな。その間、カナレには飛行船を何隻か作ってもらいたい。資材と人員、金はもちろん私が出す」
「かしこまりました」
「それから、シンには多額の投資を約束しよう」
「ありがとうございます。シンも喜ぶと思います」
お金があれば、飛行船の増産だけでなく、飛行船研究も捗るはずだ。
さらに進化した飛行船が近い将来見られるかもしれないな。
その後、私たちはカナレへと帰還した。
○
「おかえりなさいませ!!」
戻ると開口一番、リシアが出迎えてくれた。
「ただいま帰った」
今回の戦には流石に連れていけなかった。
本人は同行したいと言っていたが、流石に自重してもらうよう頼んだ。
戦は思ったよりは早く終わったが、それでも数ヶ月会えていなかったので、率直に嬉しい。
「無事で戻られて嬉しいです」
リシアの目には涙が浮かんでいた。
「心配かけてすまないな」
「いえ、貴族として戦に赴くのは、当然のことでありますので。わたくしは妻としてもっとどっしりとしてないといけないんですが……」
「そんなことない。リシアにはいつも助けられている。君がいないと私は生きていけないだろう」
悲しげな様子だったので、私は慰める。
まだ彼女は若いし動揺してしまうのは当然だろう。
「い、生きていけないって……そんな……わ、わたくしも同じですわ!」
照れた様子でリシアはそう言った。側から見ると、ちょっと恥ずかしい会話をしている。今は周囲に誰もいないので問題ない。
「アルスは、今回の戦も大活躍で勝利を収めたようで、妻として誇らしいですわ」
「私というより家臣たちだが……今回の戦に関しては、飛行船とシャーロットだな」
手紙でやりとりはしていた。戦についてもどんなことがあったか、割と書いていたのでリシアも知っている。
「アルスのお力で見出した家臣の方達です! アルスのお力と言っても過言ではないですわ!」
リシアはそう言った。過言だとは思うんだがな。
「それにしても飛行船は大活躍したんですね。凄かったですからね」
「ああ。クラン様も評価してくださったから、今後はミーシアンで何隻か作ることになりそうだ」
「そうなんですわね。いっぱいあれば戦には負けませんわね」
「ああ」
私は頷いた。
「……次の戦はいつくらいになりそうですか? サイツ州との戦はまだ終わっていませんよね?」
不安な様子でリシアは尋ねてきた。
「飛行船の製造をしたり、クアット郡、プルレード郡の統治を安定させるのに時間がかかりそうだから、少し先になるだろう」
「そ、そうですか!」
リシアは少しホッとした様子で言った。
戻ってきて、即戦に行くのではないかと不安になっていたようだ。
「しばらくはゆっくり出来ると思う」
「……よかったですわ」
嬉しそうにリシアはそう言った。
その時はゆっくり出来ると思っていたが、そこからめちゃくちゃ忙しくなった。
原因はプルレード郡とクアット郡である。
制圧したこの二郡は、クランが代官を派遣して統治させているのだが、あまりうまくいっていないので、プルレード郡とクアット郡に近いカナレが人材を派遣し協力することになった。
プルレード郡は比較的安定してきているが、クアット郡はかなり荒れており統治が難しい状態になっていた。
爆撃をする際、町にも爆発魔法が当たっていたため、思ったより町に被害が出ており、民間人に犠牲者も出ていた。そのせいで反ミーシアン感情は高まっているようだ。
レジスタンスも結成されたようである。
クアット郡にはミレーユを派遣した。反乱鎮圧とかは上手そうなイメージがあったからだ。
それから、クアット郡の反乱は何者かの工作によって起こっている可能性もあるとのことで、シャドーも派遣した。ファムは流石にカナレに対する工作を警戒して残ってもらったが、シャドーのメンバーの7割ほどをクアット城に派遣したので、カナレは少し危ない状況になってしまっている。
そして、ランベルクの領地運営は元々ミレーユの補佐につけていたフジミヤの三人に任せた。
彼らはまだ家臣になってからそれほど時間が経っていないため、任せておくのは少し不安なので、補佐としてヴァージをランベルクに派遣した。
プルレード郡にはトーマスとブラッハムの部隊を派遣する。クアット郡ほどではないが、プルレード郡も野盗などが増えて治安は悪化していた。彼らなら兵を率いて野盗たちを退治できるし、適任だろう。
人材が結構少なくなってしまい、カナレではやることが山積みになっていた。リーツも補佐をしていたヴァージがランベルクにいった。カナレの人員が圧倒的に不足してしまったので、リーツの仕事量も相当増えてしまっていたようだ。
そんな状況で、自分だけのんびりしているわけにもいかず、普段自分ではやらないような雑務もやっていった。
リーツからは「アルス様にそのようなお仕事をさせるわけにはいきません!」と言ってきたが、説得して仕事を行った。
リシアも仕事を手伝ってくれた。
彼女は頭もよく物覚えもいいので、普段やらないような仕事でもすぐに覚えてくれた。リシアのおかげで少し仕事が楽になりだいぶ助かった。
また、クランの言葉通り、カナレにはミーシアン全土から職人が集められ、飛行船の製造を行った。
飛行船はそれほど大きいものではないので、作り方さえ分かっていれば、意外と短い期間で作れる。すでにもう一隻完成したようである。
目標は五隻だ。一隻であれだけ効果的なら、五隻あれば敵に勝ち目はなくなるだろう。
サイツに再度侵攻を行うのは、飛行船の製造の終了と、クアット郡、プルレード郡の統治が安定してからだ。飛行船五隻は思ったより早く造り終えそうだが、クアット郡の安定はかなり時間がかかりそうである。プルレード郡はすでに安定はしているので大丈夫なはずだ。
それから数か月が経過。私はずっと仕事を行っていた。
地味な仕事も多く、前世の社会人時代が懐かしくなったくらいだ。
飛行船は目標の五隻を作り終えた。
目標はあくまで目標なので、ほかに作れるなら作ったほうがいい。
六隻目の製造も開始している。
また、クアット郡のレジスタンスが壊滅し、ようやく安定した統治が出来そうだという書状がクアット郡から届いた。
私はもっと時間がかかると思っていたが、予想より早くクアット郡の統治には成功しそうだ。
ミレーユが何かやったのだろう。
具体的な方法は報告を受けていない。怖いので聞くことも出来なかった。
この後、戦が始まるだろう。そう予想し、クランからの招集がかかるのを待っていたら、予想外の展開が起こる。
サイツ総督のアシュドが和平を求める書状をクランに送ったようだ。
もちろん普通に和平するのではクランは飲むわけはないが、サイツ総督が送った内容は全面的にミーシアンの要求を飲むという内容で、和平交渉というより事実上の降伏であった。
戦では勝てないと悟ったので、こういう判断に至ったのだろう。戦って無駄に兵や町を破壊されるよりかは、一旦降伏という形を取るのがいいということだろうな。したたかな判断ではある。
ただ、降伏したほうがいいと分かっていても、反対する貴族も多いだろうし、普通はし辛いはずだ。
反対する家臣たちをうまく説き伏せたのだろう。かなり口の回る男のようだ。
ミーシアンとサイツの交渉の場には直接参加はしなかったが、どういう結果になったかは後日判明した。
サイツ州はサマフォース帝国から独立し、サイツ王国となり、ミーシアン王国に従属すること。
サイツ王国の国王は、総督のアシュドではなく、前総督の甥であるカイル・ポスタノスになる。
ミーシアンが占領したプルレード郡とクアット郡は引き続き、ミーシアンが統治を行い、ほかの郡は引き続きサイツが統治を行う。
その他、両国の友好のためといい、サイツの国王の姫がクランの息子に嫁いだり、その他有力貴族の娘がミーシアンの有力な貴族たちに嫁いだりと、人質のような形である。逆にサイツの監視を目的にしたのか、ミーシアンからサイツへ貴族の娘たちが嫁いでいった。
サイツの総督だったアシュドについて、クランはどう処分をするのか悩んだ。
今回の降伏は何かを企んでのことかもしれないし、殺してしまうのが一番安全はあるが、アシュドはサイツ州内の貴族から慕われていたため、無下に扱うとサイツは方針を変えて、抗戦してくるかもしれない。
そうなると面倒なので、総督の座から降ろすという処置に終わった。
総督ではなくなったといっても、アシュドの影響力はサイツ内では大きいままなので、注意が必要な相手ではある。
予想外の展開ではあるが、サイツはミーシアンに従属することになり、サイツとの戦はミーシアンの完全勝利に終わった。
〇
戦が終結した後、私はアルカンテスに呼ばれた。
プルレード郡とクアット郡はサイツに返還せず、引き続きミーシアンで統治を行う。
現在はクランが代官を派遣して統治しているが、正式に誰が領主になるかは決定していない。
誰が領主になるか決める会議が行われるので、それに参加することになった。
最終的な決定はクランが下すが、各貴族の意見をその前に聞きたいという事だ。
自分で意見を言わないといけないが、どういう意見を言うかは割と大事だ。
特定の貴族を統治するよう意見すれば、その貴族とあまり関係がよくない貴族から反感を買う恐れがあるからだ。
今はクランが代官を派遣して統治しているので、現状はクアット郡とプルレード郡はクランの領地という感じになっている。今後も同じように統治すべきだと意見するのが一番無難な気がする。
クランが統治すべきと言って、反感をかうことはないだろう。
そう決めて会議に出た。
「予定通り、クアット郡とプルレード郡の領主を誰にすべきと思っているか、皆の意見を聞かせてくれ」
クランがそう言って、会議は始まった。
「私はアルス・ローベント殿が統治すべきだと思います。前回の戦でもプルレード郡を見事陥としてみせたり、飛行船にてクアット城を陥落させるのに大きな働きをしたりと、戦功の大きさなら右に並ぶものはおりません。カナレ郡はプルレード郡、クアット郡にも近いですし、統治も行いやすいので適任だと思います」
いきなり私の名前が出てきた。予想外のことだったので面食らう。
確かに前回の戦では一番活躍したのは間違いないだろうが、成り上がり者であるローベント家をよく思わない領主も多いだろうから、名前が上がるとは思っていなかった。
正直、今からプルレード郡とクアット郡の二郡を新しく領地運営するのは手に余る。
人材の獲得に関しても暗殺されかけたことから、以前よりは慎重に行わざるを得ないので、人を増やして経営できる領地を増やすという手も使いづらい。
領地が強くなるのは嬉しいが、段階というものがある。
反対の意見が多く上がると思ったが、ほとんどの貴族がその意見に賛成した。
どういうことかと混乱しながら、賛成している貴族たちの表情を見た。
本気で私が領地を持つべきだと思ってそうな者もいたが、半数くらい意地悪そうな笑みを浮かべていた。
どうも二郡をいきなり治められるわけないと思っているようだった。
これで統治に失敗し、クアット郡やプルレード郡で反乱でも起こしてしまえば、私の評価は大きく下がるだろう。
戦で活躍は出来てもいきなり二郡をもらってうまく領地経営できるわけない。そう思っているのだろう。
もちろん賛成の意見だけじゃなく、まだ早いと反対する声も上がるが、少数派のようだった。
私は自分の意見は言えずに、成り行きを見守った。
「クラン様はどう思われますか?」
貴族の一人がそう質問をした。
クランが意見を却下してくれることを祈っていたが、
「確かにアルスの働きは大きいからな。アルスは人材を発掘しうまく使う能力に優れておる。クアット郡とプルレード郡の二郡を獲得しても領地運営をうまくやってくれるはずだ。それにサイツも今回は降伏し、従属を誓ったが、元総督のアシュドが生きている以上、どう動くか侮れない。クアット郡とプルレード郡はサイツを抑えるため、重要な郡になるため、そこをアルスに治めさせるのは理にかなっているだろう。サイツはローベント家に何度も痛い目を見せられ、苦手意識を持っているだろうからな。アルスが治めている間は歯向かっては来ないだろう」
賛成の言葉を口にした。
この言葉が決定打になり、反対派も口をつぐんだ。
ここはどうするべきか。
辞退したいが、これだけ周りが賛成しているのに辞退するとは正直言いづらい。
まあ、本当に治められるか不安はあるが、考え方によっては領地がもっと強くなるということだ。
クアット郡とプルレード郡の規模を考え、きちんと運営さえできれば、ミーシアン内でも二番目くらいに力を持った貴族となるだろう。もともとある程度強い領地を得たいと思っていたので、そんなに悪い話ではないかもしれない。プルレード郡とクアット郡は領地運営に力を貸していたので、ノウハウはあるしな。
それにほかの貴族たちに侮られているのは、あまり気分はよくない。
私自身の力は大したことはないが、家臣たちは有能な者がそろっている。
領地が増えても何とかなるはずだ。
「それではクアット郡とプルレード郡の領主は、アルス・ローベントとする。皆の者、反対意見はあるか?」
クランが尋ねた。
反対の意見を言う者は誰もいなかった。
「それでは決定だな。アルス。新しく二つの郡を治めるのは大変だろうが、お主なら大丈夫だと信じている。頼んだぞ」
「必ずやクラン様の期待に応えてみせます」
クランの期待の言葉を聞き、私はそう返答した。
こうして私はカナレ郡に加えて、クアット郡とプルレード郡の領地を貰いミーシアンでもトップクラスの大領主になった。




