第285話 クランからの指示
サイツ軍の動きを受けて、クランはルンド城奪還へ急いで動いた。
大勢の兵士が引き返していったので、クランは全軍で攻めずに、制圧したばかりのプルレード郡に2万人ほど追加で援軍を送る。
残りの兵を率いて、ルンド城奪還を試みる。
しかし、ルンド城に残っていたバンバの指揮により、苦戦を強いられていた。
プルレード郡を制圧したローベント家はプルレード砦を敵に奪還されないよう防御を固めていた。
○
プルレード郡を落としたとクランに書状を送ったら、ひとまず砦を堅守せよとの命令が届いた。
そして、サイツが兵を撤退させなかった場合はプルレード郡に隣接するクアット郡に攻め込めとの指示を受けた。
クアット郡はサイツ州の中でも、3番目の人口を誇る郡である。ここを取れればサイツは大きく弱体化することになるのは避けられない。
正直、攻めるのは少し厳しい状況だ。
飛行船の燃料が心もとない。
プルレード郡には風の魔力水の貯蓄がなかったので、新しく入手することもできなかった。
クランに風の魔力水の輸送も要請する書状を送ったのだが、いつ届くかは不明だ。
元々風魔法を戦で使うことはほとんどない。クランといえ十分な備蓄をしているかは不明だった。
また、爆発の魔力水も少なくなっていた。
爆発の魔力水に関しては、かなりレアなものなのでそもそも出回っている数は少ない。
ただ、ミーシアンの特産品であるので、クランならそれなりに多くの数を備蓄しているだろう。
爆発の魔力水についても、良かったら輸送してほしいと書状を送った。
クアット郡に関しては、だいぶ兵を派遣しているため兵力は少ない。
ただ、重要な郡なので流石に城の守りは強固である。飛行船の力を借りなければ、簡単には陥とせないだろう。
風の魔力水と爆発の魔力水を何とか買ったりして集めつつ、敵の動きを待った。その間、砦の修復も行う。
壊した魔法塔と壁は修復できた。天守も崩れていたのでそこも修復しているが、完全には修復できていない。
まあ、魔法塔があれば砦としてはかなり強い。
飛行船の存在も防衛を行う上では非常に心強い。プルレード砦を取り返しに来るには、敵は大軍を使ってくるはずだ。敵が密集して進軍している場所に、爆発の魔力水を撃っていけば相当な被害を与えることができるだろう。
さらに、いつ飛行船が飛んできて襲われるか分からないのは、兵からすると強い恐怖感を与えるので士気を下げられる。
また、攻城戦の際も敵の大型触媒機を破壊できれば、防壁を壊す手段を失わせることができる。
現状それほど空からの爆撃精度は高くないが、大型触媒機は結構大きいので当たる可能性はある。敵がプルレード砦奪還をしにきたら、飛行船の役割はかなり大きそうだ。
後日サイツは予想通り兵を撤退させた。
全軍撤退ではないがかなり大勢の兵を戻したようだ。
敵が兵を戻したのと合わせて、援軍と風の魔力水をクランが輸送してくれた。
敵が兵を戻したので、これ以上の侵攻は行わず防衛に専念できる。飛行船も稼働できるようになったので、これで敵の侵攻を阻止できるはずだ。
サイツ軍は予想より早く進軍を行う。
クアット郡に兵が戻ってきた。
数は総勢10万ほどだ。こちらは援軍も来てくれたので総勢5万ほどいる。
プルレード郡の兵士も大半はミーシアンの兵となり戦ってくれるようだ。
給金を得るために兵士をやっていた者がほとんどなので、主人が誰かはそこまでこだわりのないものも多いようだ。
五千の兵を殺さずに降伏させたのは、兵力的にもかなり大きかった。
10万対5万は普通に戦えば不利だが、こちらには飛行船もあるので、プルレード砦が陥落することは可能性としては低そうだ。
敵軍もそれは理解していたようで、プルレード郡に攻め込んでは来なかった。
逆に攻め込まれないように、防備を固めているようだ。それだけこちらの戦力を脅威に感じているのだろう。
戦が起きないことはいいことだ。このまま攻めてこなければいいなと待っていると、クランから書状が届いた。
ルンド城奪還に成功した。クアット郡の攻略に入るので、先んじてクアット郡へと攻め込め、との内容だった。
〇
「今度はクアット郡ですか……」
命令を受けて軍議を開始した。
正直攻め込みたくはないが、主命なので従わざるを得ない。
今回の命令はあくまで先んじてクアット郡に攻め込めという命令だ。城を陥とせとかクアット郡を制圧しろという命令ではない。
この後クランが軍隊を率いて攻め込むので、それまで敵を攻めて戦を優位に進められるようにせよということだ。
敵より早く要所を押さえたり、先に要所を押さえられたらそこを攻撃して奪ったりすればいい。
「クアット郡には中心にクアット城が存在しており、その城で郡の中心都市を守っています。クアット城へと攻め込むには、まずプルレード郡との郡境付近にある、ソーカン砦を陥とさなければなりません」
リーツが先にそう説明した。
「ソーカン砦はプルレード砦から割と近い場所にあるので、飛行船からの攻撃で陥とすのは簡単だと思う」
「そうだねー。まあ、敵も飛行船について分析してくるだろうけど、正直分析で何とかなるレベル超えてるからね」
ロセルの意見にミレーユが同意する。
「相手側にもプルレード砦で何が起こったのか、ある程度の情報は知っているはずだ。攻城戦はあえて避けて、野戦を挑んでくるかもしれない」
トーマスがそう言った。
「数では向こうのほうが上だし、あり得なくはないね〜」
「そうなっても、飛行船は攻城戦ほどの力は発揮できないにしろ、野戦でもかなり効果的なのは間違いないよ。空からいきなり攻撃されるというのは、兵士に強い恐怖感を与えて士気を落とせる。それに実際に攻撃をすれば敵の陣形を乱せるはずだよ。敵が大型触媒機とかを持ち出して迎え撃つ構えをとって来れば、それを破壊も出来るし」
「それはそうだが。敵が野戦をしつこく挑んでくると、飛行船の燃料切れが起きて、砦攻めの時使えないかもしれん。爆発の魔力水は十分な量輸送されたが。風の魔力水は十分あるとは言えないからな」
ロセルの言葉にトーマスが反論する。
風の魔力水はクランも大量には持っていなかったようで、輸送されてきた量は十分とは言えなかった。
「うーん、でも野戦で勝利しないと駄目だし……敵軍を多く減らせたなら、砦が落とせなくても大丈夫じゃないの? クラン様があとから軍隊を率いてプルレード郡まで来るんだから」
クランが率いてくる軍は、サイツが戻した兵より少し少ない。取り返したルンド城が再びパラダイル州に取られないため、兵を多く残したのであろう。ただ、それでも現在プルレード郡にいる兵と合わせると敵兵の数を超える。
私たちが先陣を切り、野戦で敵軍に大きな損害を与えることが出来れば、今後の戦は大きく有利になる。
砦は陥とすことが出来なくても問題はない。
「どっちにしろこちらが兵を動かして、敵がどう動くのかを見てから戦略は決めないといけない」
ロセルはそう言った。
敵が攻城戦の構えを取ってきたらソーカン砦を飛行船で攻撃し陥とす。
野戦をする気なら飛行船を使いつつ戦い、敵軍にダメージを与える。
その際、なるべく自軍に被害が及ばないように上手く立ち回る。敵の兵力をうまく削ることを目的にする。
言うほど簡単なことではないが、こちらには優秀な指揮官が揃っている。上手くやってくれるだろう。
軍議にて戦略を決めた後、私は家臣たちにクアット郡への侵攻を命じた。
○
サイツ総督のアシュドは、ルンド城からの撤退を決めた後、かなりの速さでサイツ州に帰還していた。
プルレード郡を取り返すため、クアット城へと入城した。
「敵兵力はどのくらいだ?」
城の一室で、アシュドは参謀のラカンに尋ねた。
「元々は2万ほどでしたが、プルレードの兵が大勢投降しカナレと一緒に戦う者も多いようで戦力が増強されています。その上、追加で援軍も来ているみたいです。総勢五万近くはいそうです」
「五万か……プルレード砦の状態はどうなっている?」
「カナレが陥とした直後はかなり壊れていましたが、修復を進めて現在はだいぶ直っています。特に魔法塔に関しては完全に直っているようです」
「ふむ……飛行船の存在もあるし、陥とすのは困難か……仮に陥とせたとしても、被害が大きく出る可能性が高い。そうなると、その後、クランの部隊に攻められて敗北は必至だ」
アシュドは状況を聞きそう考えた。
「ルンド城の戦況はどうなっている?」
クランがルンド城を陥としきれないようなら、プルレード砦の攻略に踏み切ってもいいとアシュドは考えていた。
「パラダイルの将であるバンバが考えた作戦が効果を発揮しているようで、だいぶ粘ってはいるようですが、やはりあまりルンド城は守りやすい城ではなく、かつ人数も多くはないので戦況は厳しいようです」
「そうか。どうしようもないと思ったら即座に撤退せよとボロッツに指示を送ってくれ」
「パラダイル側のことを考えると撤退しても大丈夫でしょうか?」
「戦況が負けと確定した状態なら撤退しても怒る資格はないはずだ。というより、あのバンバという男なら先に撤退をするんじゃないか? 負け戦で兵を無駄死にさせるほど、無能な男ではなさそうではあったぞ」
「そうですね。パラダイルでは切れ者として最近では知られるようになっているという話ですし、早い判断を下すかもしれません」
「頭は回りそうだったな。ちょっと言動が変なところもあったが」
たまにバンバは個性的な発言をすることもあったので、変わった人間だとアシュドは思っていた。
「まあ、恐らくルンド城は陥落するだろうな。となるとクランはこのクアット郡を狙ってくるはずだ。守りを固めておいた方がいい」
「そうですね……しかし、飛行船についてはどう対処しましょうか……」
「時間があれば対処法もあるが……現状難しいかもな。上空からの爆撃に対して防御を出来るよう城の魔法防御機構を調整するのはそう簡単には終わらないだろ?」
「そうですね……設定を切り替えれば出来ないことはないと思いますが……そうなると今度は正面の防御力が低くなります。全体の防御力を上げるとなると、大規模な調整が必要で最低一年はかかるでしょう」
「ふむ、一応上空に対処できるよう設定は変更しておこう。相手は最強の魔法兵を飛行船に乗せるはずだし、上空からの魔法攻撃に対処する方がいいだろう」
「かしこまりました。指示を出しておきます」
アシュドの指示にラカンは頷いた。
「ただ、ミーシアン最強の魔法兵、シャーロットの能力は脅威で、上空の攻撃に対処しても恐らく魔法防壁は破壊されると思います。もちろん、耐えられる回数は増えると思いますが。向こうだけが一方的に攻撃ができる飛行船はやはり脅威です」
「一方的に攻撃か……塔の高さを上げるとかは……無理か」
「高くしすぎると倒壊します。そもそも、今からの増築は間に合いません」
「こちらも飛行船を開発するか、遠くまで届く新兵器でも作らない限り、完璧に対処をするのは難しいか」
「……そうですね」
アシュドの言葉にラカンは憂鬱そうに頷いた。
「何とかして地上にいる時に破壊するしかないな……ずっと空にいるわけではないし、破壊できる隙はあるはずだ。間者を送り込んでくれ」
「畏まりました」
ラカンは頷いた。
話し合いはそこで終わり、ラカンはアシュドの指示を遂行するため部屋を出ていった。
(仮に飛行船をうまく破壊できて今回の戦に勝つ事が出来たとしても……今後ミーシアンは飛行船を増産するだろうから果たして勝ち目はあろうか……ミーシアンは人口が多く生産力も高い。一隻や二隻はすぐに作れるはずだ。技術者の暗殺を命じても、設計図があれば結局は造られるだろうし、設計図まで完全に抹消するのは難しいだろう。厳重に保管しているはずだ。複製も用意しているかもしれない)
ラカンが部屋から立ち去った後、アシュドは一人で今後の戦の展望を考えていた。
今回クアッド城はうまく行けば守れるかもしれない。しかし、長期的に見ると戦に勝利するのは現状厳しいと考えていた。
(飛行船をこちらも作れるようにするか、完璧な対応策を考えるかのどちらかだが……飛行船を作るには技術者を拉致するという方法があるが……拉致したところで口を割るかどうか。そもそも、一人を連れ去ったところで全ての知識を持っているかは不明だ。飛行船を作っているリーダーでも動力源などの細かいパーツの作り方は知らないかもしれない。設計図を盗めればいいがそれは難しいだろう。飛行船に対する対処法だが……無論今より被害を少なくできるが、空を飛んでいるという優位は相当大きい。こちらも飛行船を開発して応戦できるようにならなければ、互角には戦えないだろう)
様々なことを考えるが、盤面をひっくり返す方法は思い浮かばなかった。
(まあ、最後は負けるにしても今は頭をたれて降伏するような状況ではない。やるべきことをやるだけだ)
アシュドはそう考え直近に迫っている戦について戦略を練り始めた。




