第284話 サイツ軍の動き
アルカンテス城。
「そうか……ルンド郡は陥落したか……」
クランは残念そうに呟いた。
ミーシアンに攻め込んできたサイツ、パラダイル連合軍はルンド郡を攻め立て、クランが編成した援軍は間に合わずあっさりと陥落してしまった。
ルンド郡長は何とか敵に捕まらず逃げ切って、敗残兵達をまとめ上げて近隣のマサ郡まで逃げたようだ。
「敵の動きはどうなっている」
クランがロビンソンに尋ねた。
今回はクランは自分で戦の指揮には赴いていない。家臣に任せていた。ただ、敵軍がもっとアルカンテスに近い場所を占領し始めたら、自分で兵を指揮しようと考えていたので、今はアルカンテス城で戦況を見守っている。
「まだ動きはありません。占領したルンド城で一旦待機しています。ただ、動き出すまでそう時間はかからないでしょう」
「だろうな。どこを攻めてくると思う?」
「アルカンテスを直接狙ってくるか……その前にマサ郡に行く可能性もあります」
「アルカンテスはマサに比べたら少し遠い場所にある。マサを先に攻略し、こちらの戦力を大幅に落とすのを狙ってくる可能性が高そうだな」
「そうですね……」
クランはそう分析した。
「ただ、アルカンテス側の警戒を怠るわけにもいきませんし、面倒な状況にはなりましたね」
「ああ……敵の兵が多いのが厄介だ。カナレが上手くプルレード郡を攻めてくれれば良いのだが……」
苦々しい表情をクランは浮かべてそう言った。
カナレがプルレードを攻めて、敵に脅威を与えることが出来れば、サイツは兵の何割かをサイツ州内に戻すかもしれない。サイツ州側としても、プルレード郡は陥とされたくないだろう。
カナレの兵数は、援軍に出した兵と合わせても、プルレード郡を陥落させるには若干心もとない。しかし、それでもカナレ郡の人材なら上手く戦ってくれるだろうと、クランは期待をしていた。
引き続き、今後の戦略を練っていると、兵から伝令が届いた。
カナレからの書状だった。
クランは書状の封を開け、中を読んでいる。
「なんだと!?」
内容を読み、クランは驚いて思わず大声を出した。
「ど、どうしました?」
ロビンソンがクランの声に動揺し、質問する。
「アルスからの書状だ……プルレード砦を陥とし、さらにオーロス城を降伏させて、プルレード郡をほぼ完全に制圧したらしい……」
「な……!? ほ、本当ですか!?」
クランは動揺を隠せないという様子で書状を読んだ。ロビンソンは内容を聞き、クランと同じく驚いて大声を出した。
「流石に早すぎる……俄には信じ難いが……印もしてあるし、筆跡にも見覚えがある。偽物ではないと思うのだが……アルスが嘘を報告するわけではないし」
仮にプルレード砦を陥とせるとしても、それなりに時間はかかると思っていた。
書状が届いたのは、指示を出してから三ヶ月ほどしか経っていない。
書状が書かれてから届くまでの時間を考えると、凄まじい速度で陥落させたことがわかる。
「飛行船という新兵器を使ったと書いてるが……開発していたのは知っていたが、実用化段階まできていたのか?」
「ひ、飛行船ですか……? 空から攻撃をしたのでしょうか?」
「おそらくそうだろうが……もしかすると、敵の攻撃できない場所から一方的に魔法で攻撃でもしたのかもしれない」
「それは確かに強力ですね。カナレ郡にはシャーロットさんという強力な魔法兵もいますし」
「ああ、そうだな」
クランは頷いた。
「もし、本当にプルレード郡が制圧されている場合は、流石に敵は大勢の兵をサイツに戻すだろう。このままだと他の郡も攻略されかねないからな。そうなると、マサへの侵攻はないだろう。となれば、ルンド郡を早急に取り戻す」
「はい、それがいいでしょう。ルンド郡を取り戻した後はどうなされます?」
「サイツはプルレード郡を取り戻しに来るだろうから、まずはそれを防衛する」
元からサイツには攻め込むつもりだった。
サイツはかなり厄介な相手でカナレを攻略しようとしてきてもいる。
敵対していることは明らかだ。
先に攻め込み、脅威をなくすべきだとクランは考えていた。
プルレード郡は今後のサイツ攻略への足掛かりになるだろう。敵は取り戻しに来るだろうが、うまく守りきることが出来れば、かなり大きい。
「ルンド郡を取り戻すのが遅れてしまえば、強兵揃いのカナレとはいえ、プルレード郡を奪還されてしまうかもしれない。一刻も早くルンド郡を取り戻さねば」
「制圧したプルレード郡に向けて、援軍を出してみてはいかがでしょうか? それならば守り切れるかもしれません」
「援軍はありだが……ルンド郡にどのくらい兵が残るかを確認してから出さなければならないな。まずプルレード郡が陥ちたことを確認した敵がどう動くか待つか」
「承知しました」
クランはサイツ軍の動きを待つことにした。
〇
ルンド城。
サイツ州総督のアシュドは、前線まで出て指揮を行っていた。
彼自身は総督になる前は歴戦の名将で、兵を率いた経験も多くある。
総督になっても、アシュド以上に用兵の上手な者はサイツ州内にいないため、大事な戦ではアシュドが自ら兵を率いることが多い。
ルンド城戦も、前線で兵を率いて無事に勝利を収めることが出来た。
失った兵の数も予想より少なくうまくいったが、ルンド郡長を捕縛もしくは討ち取ることができなかったことだけは気がかりに感じでいた。
懸念した通り、敗残兵を郡長がまとめ上げて、マサ郡に逃げられてしまった。
郡長を失った状態だと敵兵はうまく統率を取れず、逃げることはできなかっただろう。敗残兵を討ち取る、もしくは捕縛後降伏させていれば敵の戦力をさらに削ぐことが出来た。
ただ、それでもルンド城を敵の援軍が来る前に陥とせた時点で、優位になったのは間違いない。
このままマサ郡の制圧に成功すれば、ミーシアンは大きく戦力が落ちる。戦の勝利は濃厚になる。
もちろん優位になったとはいえ、まだまだ敵の大部隊が残っており、これを撃破しない限り戦の勝利はあり得ない。今後もアシュドが前線に立って指揮をとることは何度もあるだろう。
「さて、これからの戦の進め方だが……」
アシュドは、集めた家臣たちの前でそう言った。
今後の戦略について話し合うため、部下たちをルンド城の軍議室に集めていた。
「アシュド様! 伝令です!!」
慌てた様子で兵士が軍議室へと入ってきた。
「プルレード郡がカナレ郡からの軍勢の侵攻を受け陥落した模様です!」
「……なに?」
アシュドは眉をひそめてそう言った。基本冷静な男なので、大声で驚いたりはしなかったが、内心は驚いていた。
(プルレード郡へカナレ郡からの侵攻があったのは知っていた。懸念材料の一つであったが、まさか陥とされたのか? 流石に早すぎる……)
前回はサイツの大軍での侵攻を耐え抜いたカナレ郡なので、兵数よりも強力なのは間違いないとアシュドは思っていた。戦は守るより攻めるほうが難しい。兵数も大勢必要になる。いくら強力とはいえ、そう簡単にプルレード郡を攻略できるとは予想外であった。
「プルレード郡が攻略されただと!? 嘘をつくな! その者は敵の間者だ! 切り捨てよ!!」
軍議に出席していた貴族の一人がそう叫んだ。
伝令兵を装った敵の密偵が偽報を流して、サイツ兵を混乱に陥れようとしているという可能性は確かにゼロではなかった。
場にいた護衛の兵士が剣を構える。伝令兵の顔が恐怖にゆがんだ。
「ま、待ってください! この情報はサイツ州の使いから聞いたのを、皆様にお伝えに来ただけです!」
慌てて伝令兵はそういった。貴族は切り捨ての命令を取り下げる。
「ではその使いが間者ということだ。それならもうこの城にはいまい」
「い、いえ、急いできたみたいなので非常に疲れているようでして、休憩しているかと」
「なに!? なら急いでそいつを連れて来い!」
「は、はい」
伝令兵は青ざめた表情で軍議室を出て行った。
「全くプルレード郡がこんな短期間で陥落するなどあり得ぬ。姑息な手を」
「我らが兵の勢いに恐れて、どんな手を使ってでも撤退させたいのでしょう」
家臣たちが話をしているのを、アシュドは黙って聞いていた。
(偽報か……作戦としてはあり得ない話ではないが……もしそうなら、伝令兵がまだ逃げていないのはおかしい……)
仮に敵の密偵なら、普通は逃げるはず。
このように怪しまれた場合、殺される可能性もある。場合によっては拷問を受ける可能性すらあるので、城に残るメリットは何一つない。
「偽報と決めつけるな。本当にプルレード郡が陥とされていたらまずい。事実確認をする。軍議は改めてその後に行おう」
「え? あ、しょ、承知いたしました」
家臣達は頷いた。
アシュドは信頼のおける密偵を複数人抱えていた。移動速度も速いので、情報も早く入手できる。情報の入手に時間がかかりすぎると、ミーシアン侵攻に支障をきたす恐れがあるが、数日遅れるくらいなら問題はなかった。
その者の一人に、急ぎプルレード郡の様子を確認してくるようにと、アシュドは命令をした。
数日後プルレード郡が本当に陥ちていたという情報が、アシュドの元へと入ってきた。
情報を入手次第、アシュドは緊急で軍議を行う。
「まさか、本当にプルレード郡が陥落していたとは……」
「ど、どうすれば……」
家臣達の間に動揺が広がる。
「撤退しかないと思います。このままカナレ兵に暴れられれば、取り返しのつかないことになりかねません」
最初にボロッツがそう意見を言った。
「せっかくルンド城を陥落させたのに、撤退は勿体無い! 州内は何とか残した兵達だけで守り切れると信じて、攻撃を続けるべきです!!」
筋骨隆々の男が大声でそう言った。
「プルレード郡にはある程度兵を残してきましたが、ほかの郡には防衛の兵も最低限しか置いていません。急いで撤退しなければ、深刻な状況になるのは間違いなく、撤退以外の選択肢はないと思います」
軍師であるラダスがそう言った。
「さらにカナレが開発した新兵器、飛行船の存在も脅威です。これで砦の防御力を無効化されたということは、ほかの城も同じように破壊されかねません。対策が分からない以上どんな堅城でも兵数が足りなければ、陥とされてしまうかもしれません」
そう付け加える。
飛行船についても情報は伝わっていた。詳しい性能は分かっていないが、プルレード砦を陥落させたくらいなので、兵器としてかなり脅威なのは間違いないとラダスは考えているようだ。
「兵を戻した方が良さそうだな。他の郡へ攻め込まれても困る。そもそもプルレード郡をこのまま占領されたままにしておくのもまずい。早く取り返さなければ」
領地は陥落した直後が一番取り返しやすい。砦攻めで防御機能がある程度落ちているし、敗残兵が残っているため領地の治安がかなり不安定にもなる。時間が経つと砦は修復されるし、治安も改善されていく。
プルレード郡を完全に奪われてしまえば、ミーシアンはサイツへの侵攻を行いやすくなる。戦に勝つためには、絶対にプルレード郡は取り返す必要があった。
「お待ちを。戻るというのならこのルンド城はどうするというのですか?」
険しい表情で発言したのは、パラダイル州の将の一人、バンバ・ファナマーマフだった。
パラダイルからの援軍の総指揮を総督から任されていた。
数年ほど前は大軍を率いるほどの立場ではなかったが、ここ数年で様々な活躍をし、だいぶ出世をしていた。
「残念ながら守り切ることは難しいな」
「全軍で帰られると?」
「ルンド城を取り返されるのは痛いが、元々マサ、カナレと奪えなければそれほど重要視しなければいけない領地ではない」
ルンド城に行くにはパラダイル州を経由する必要があるので、かなり時間がかかる。今回は奇襲を成功させるためルンド城を落としたが、長期的に保持していても仕方のない城であった。
「それはサイツ州側の意見でしょう。パラダイルからすると、重要な拠点となります」
バンバはそう反論する。
パラダイル州からすると、州境に存在する郡であり、ここを侵略しておけば今後ミーシアンとの戦いを行う場合、攻めにも守りにも使える重要な場所となる。
なるべく手放したくはないとバンバは考えていた。
「それは分かるが、サイツ州側の立場も理解できるであろう?」
「危機なのは分かりますが、こちらも多くの兵糧、魔力石を消費し、また兵士にも少ないですが人死が出ています。ただで帰るわけにはいかないんですよ」
バンバは相変わらず険しい表情を浮かべる。
「両州の今後の関係のため、もっと深く話し合うべきではないですか?」
「……話し合いか」
バンバの言葉を聞き、面倒なことになったとアシュドは率直に思った。
本音を言えば、さっさとルンド城は放棄して、一刻も早くサイツ州の防衛を行いたい。
引き際は早い方がいい。
しかし、パラダイル州との関係が悪化するのも、避けたいところではあった。
敵対すると、ここで危機を潜り抜けれても、今後ミーシアン相手に勝利するのは難しくなってしまう。
(敵軍はルンド城を最初に奪還しようとしてくるだろう。もしここをすぐ陥とされれば、プルレード郡に兵を集結させて、ほかの郡を狙ってくるはずだ。そうなるのも問題はあるな。パラダイルとの同盟維持を考えると、ここは兵をある程度残すのがいいか……)
アシュドは状況を分析し、考えを変更した。
「分かった。ルンド城も防衛しよう。ただ、サイツ州内の状況がまずいだけに、ある程度兵は撤退させてもらう。マサへの侵攻ももちろんなしだ」
「……承知した」
それからどのくらい兵士を残すかも、バンバと協議を重ね何とか決着する。
ルンド城へ残る兵は、サイツ全軍の2割程度となった。それ以外は、サイツ州内へと引き返し、攻めてきた敵軍の撃退とプルレード郡の奪還を行う。
総督のアシュドも、サイツ州に戻ることにした。
パラダイルに残した兵の指揮は家臣のボロッツに任せることに決定した。
アシュドは兵を率いて、急いでサイツ州へと引き返して行った。